九―四

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「今気付いたのですが、手ぶらでお邪魔するのも失礼ではないでしょうか……?」 「大丈夫だいじょうぶ、桑野さんが来てくれたのが一番の収穫だーって、ママはきっと喜んでくれるから。あ、そうだ。ん――」  アパートの駐車場に到着したところで、今更ながら不安に見舞われてきた。そんなこちらの心配を他所に、杉岡さんは僕の眼前で軽く顎を上げて目を閉じる。勇気のキス……そう思いたい。一応辺りを確認して―― 「えへへ……あ」  顔を緩ませた杉岡さんの表情は、急に悪戯が見つかった子供の様なものに切り替わる。 「どうしました?」 「うん……あのね? もういっこ、桑野さんに嘘ついてた。前に、お部屋が散らかってるって言ったでしょ? あれも実は……」 「ええ、分かってましたよ。多分何かの――今思えば、家族構成を知られたくない為の方便だと」 「え? そ、そうなの? どうして……?」 「杉岡さんのデスクや仕事を見ていればそれくらい分かります。いくらオンオフの差が激しい人だとしても、部屋の片付けが出来ない人があそこまで見事にソフトを整理できる訳がないと思っていましたから」 「あ、あはは……さすが桑野さん。じゃ、じゃあ、いこっか?」 「ええ、お邪魔します」  よし、ここが正念場だ。結局スーツでお邪魔する羽目になったが、仕方ない。重ねて朝帰りの事実を払拭する事もできないが、まずは誠意を持ってその事をお母様に謝罪しよう。 「たーだいまー」 「おかえりなさい、早かったじゃない。ええと、そちらに見えるのが桑野さんよね? 初めまして、娘がいつもご迷惑おかけしてるみたいで」 「は、初めまして! 桑野と申します。こちらこそ日ごろからお世話になっており……その、この度は娘さんを、日を跨いでご自宅に送り届ける事になってしまって誠に申し訳なく……」  開錠した杉岡さんに続いて家に入ると、すぐにお母様が出て来れられた。一見して親子だと分かるほど雰囲気がよく似ており、見た目も杉岡さんを少し小さくして丸っこくしたような可愛らしい女性だった。 「あらあら、そんなにかしこまらなくても。それに、もう少しゆっくり遊んで帰って来てもよかったのよ?」 「そ、そうですか? とは言え事前にご挨拶もせずに、その……」 「いいのいいの、この子だってもう『娘』って呼ばれるような歳でもないんだし、あんまり気を使わないでくださいな」 「はい……恐縮です」 「確かにそんなに若くないけど……ママひどい。桑野さんもそこは否定してよー」  彼女は口を尖らせ、僕の腕に自分のそれを絡ませる。これは……お母様の前でもこういう事はしてもいいのか? 我ながら微妙な表情をしているのが分かるが、当の本人とその御母上はさも当たり前の様にニコニコしている。 「ふふ、でも仲がよさそうでよかったわぁ。実は結構心配してたのよ? この子、ちょっと前に『自分の事“子持ちのバツイチ”って言ったら桑野さんに嫌われた―』って年甲斐もなく泣いてたんだから」 「子持ちの……?」
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