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そんな事、杉岡さんに言われたか? 記憶を辿ってみるが彼女からそのような言葉を聞いた事は……もしかして――
「あの……杉岡さん。それはもしかして、ナンテンから帰った駐車場での時の話ですか?」
「うん、私が『やっぱり子持ちのバツイチは嫌だよね?』って聞いでしょ? そしたら桑野さん黙り込んじゃって、ああ、嫌われちゃったって思ったの」
「い、いえいえ、あの時は、どうやって生計を立てていくか考え込んでしまっていて、実はよく聞いてなかったので……すみません」
「……そうなの?」
「ええ、それにうちの両親だって再婚だとその時言ったじゃないですか。――まぁ、僕の場合は父の連れ子ですけど」
「あら。でしたらお父様は男手一つで桑野さんを?」
「まぁ……そうなりますね。実際のところ父は相当な自由人で、それが原因で母に見放されたらしいのですが。それが反面教師となったのか、僕自身は馬鹿が付く程の真面目人間になってしまいました」
「そうなんだ……」
僕の話を覗き込む様に聞いていた杉岡さんは、視線を宙に浮かせて首を傾げる。そのまま暫く思案した彼女は、何かに納得した様に大きく頷いて見せた。
「――よし。今日からたくさん、桑野さんのお父さんに感謝しよ」
「感謝? どうしてですか?」
「だって……今の桑野さんが桑野さんなのは、お父さんのお陰なんでしょ? 桑野さんが桑野さんだったから、大好きになれたんだし……だめ?」
「だっ、駄目ではないですけど……というかそれを言ったら僕も同じです。初対面のご本人を前にして口にするのも少々気恥ずかしいですが……」
杉岡さんは僕の言葉をすぐに汲み取れなかったのか、キョトンとこちらをしばし見つめる。しかし少し遅れて理解が追いつくと、にへら、と破顔して掌で顔を扇ぎ始めた。その一連の流れに杉岡さんのお母様はたまらず吹き出し、僕達二人は同時に彼女の方に視線を戻した。
「なぁんだあなた達、最初からずっとラブラブじゃないの」
「えへへ、そうそう、私達はラブラブなんだよー」
「はいはいご馳走様で……わたし? ねぇ、今わたしって言った?」
「あ、あはは……今日から私に戻りまーす」
杉岡さんのお母様は彼女の一人称に目を丸くするも、すぐにそれを受け入れる。どんなお人柄かと直前まで不安に思っていたが、とても物腰が柔らかく気さくな方で本当に良かった。
「まぁ、ここで立ち話もなんですから、どうぞ上がってくださいな」
「は、はい。お邪魔します]
「にゃー」
「あ……」
靴を脱ぎ、上り框を跨いだところで動物の鳴き声に迎えられる。声のした家の奥に目をやると、恰幅の良いサバ柄の猫が目を半開きにして鎮座していた。そしてその後ろにはまるでそれに守られている様な形で、幼い少女がこちらを覗き見ていた。
「ママ……と、だれ?」
彼女は自分が視認された事を知ると、たどたどしい歩調で猫の横をすり抜け、僕の前で足を止めて顔を上げる。
その時突然、僕の中で生まれて初めての感情が芽生えた。
自分でもどうしてなのか分からない。だが、何の前触れもなしに思ってしまったのだ。『この子を守りたい』と。それは杉岡さんを守りたい気持ちとは少し違う。彼女の場合は『運命を共にしたい』、そういう感覚だ。しかしこの子は違う。上手く言えないのだが、『自分の命を繋いでほしい』、そんな風に思ったのだ。
「桑野さん、この子がうちの娘で――」
「ええ、大丈夫です」
僕が何かを感じたのと同様に、この子も何かを受け取ったのだろうか。目の前に来てから言葉は発さないものの、こちらから何かを読み取ろうと一生懸命僕の目を見つめていた。その姿に、自然と笑顔になっていくのが自分でもよく分かる。ゆっくりと、彼女を驚かせないように腰を落とした。
「ええと――」
――この子の名前は知っている。先程杉岡家の表札に、三人の名前が書いてあったからだ。杉岡さんの名前が真ん中に会った事から、この子は一番下のあの名前だろう。上から、玉枝、愁子、そして――
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