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マックの隅で怒る
「何が外に出ろだ!ふざけんな!
うるせーだろうが!
外はうるせーし、あぶねーだろーが!」
太郎は、声には出さずに必死でスマホを叩きながら、池袋のマックの片隅で訴えていた。
「俺は外出なんて大嫌いなんだ!
外に出て明るい太陽の下で歩くのにも怒りを感じるんだ!
夏でくそ暑いくせに、街は人が多いし!ふざけんな!クソが!」
ああ、太郎の訴えのなんと虚しいことか。
マックの店内は人が多く、非常にうるさい。この喧騒に太郎は耐えられないのだ。しかし、マックでポテトを食べながら、席を動こうとはしない。
なぜなら、ここが電源席だからだ。電源席でなければ、充電がスムーズにできない。
太郎のような人間でも、スマホの充電器は持っていたが、あいにくこの日ふ充電器の充電を忘れてしまい、単なる荷物にしかなっていない悲しい状況だったのである。
「ああ、マジでムカつく!うるせーんだ、クソ客どもが!俺が静かに黙ってスマホ画面に怒りを封じ込めてやってるんだから、俺に合わせて静かにしろ、クソが!」
太郎の怒りはおさまらない。
唐突に、隣の席に女が座った。スーツを着た美人だが、妙に冷たいオーラを放っている。
「隣、いいかしら?」
太郎に対し、わざわざそう話しかける女。太郎は恐怖で警戒心がわいた。
(なんだ、この女。やべえぞ、きっと壺を買わせる気だ、無視するに限る)
きっと太郎は心の中で、こう考えていたことだろう。こうして、太郎は積極的無視を試みる。
だが、スーツの女は冷たい眼差しで太郎の顔を覗きこんでくるのだ。
「太郎さんでしょ?あなた、ライトヘイト発言が多くて、危険人物候補になってるわよ」
太郎はゾッとした。見ず知らずの女が、自分の名前を知っているのだ。
「なぜ俺の名前を知っている?そしてなぜ俺にネット上の書き込みまでご存知なんだ?」
太郎は、スーツの女に問うた。その顔は恐怖で怯えている。ああ、なんと情けない太郎だ、心構えがない。
「私達の情報網は凄いのよ。国や警察のネット監視網よりもさらに細かい。ご存知のとおり、昨今では凶悪な犯罪が後を絶たない。昨日までは普通の人だったはずなのに、今日は犯罪者になっているパターンなんて星の数ほどあるの。
だから、少しでも犯罪しそうな人間、ネット上で虚しくヘイトを撒き散らしているあなたのような人間への監視は厳しくなっているの」
「ちくしょう、なんて住みにくい世の中だ。ネット上で好き放題にしゃべることすら出来ないなんて」
太郎は嘆くことしか出来ない。
「そんなあなたに朗報よ。月々480円で好き放題に発信できて、かつ国家権力にもバレないサービスがあるの。我が社の特殊なサービスを使用すれば表現は思いのまま!」
そう言って、スーツの女はご丁寧に自社サービス内容が記載されたパンフレットを取り出す。
太郎は苦笑いするしかない。
「おお、お姉さんよ。俺がなぜ外出が嫌いで、客の多いマックに来るのが嫌か、分かるかい?」
女は太郎の問いに対して無表情を決め込む。
「おとりになるのが嫌なんだよ。心の底からヘイトをためた人間を演じなければならないし、ある意味卑怯な手を使っているので、自己嫌悪に陥るのさ」
女の顔が曇りはじめる。
「怒りを溜めたダメ野郎を演じるの上手いだろ?俺の特技さ。お姉さん、あんたが詐欺グループの一員で、マックでカモになりそうな男に声をかけていることも知っている。あんたの会社が脱税していて、詐欺で儲けていることも知っている。
これから署で詳し話を聞かせてもらうよ。後ろの席と斜め前にも俺の仲間がいるから、逃げられると思わないように。な、俺の仲間もマックの客を演じるの上手いだろ?
もちろん、マックの前で見張りしているあんたのお仲間も同行してもらうよ。
ガッカリした顔をしてるな、お姉さんよ。俺もこんな仕事をやらざるをえない人生にガッカリさ」
おお、太郎。私こそお前にガッカリだ、きっとお前はマジなクズだと信じていたのに、演技だったなんて。
苛立つ足をいつも守っていたのは、お前がクズだからだと信じていたからなのに。
クズが履く靴としての私の誇りを返して欲しい。
これだから、嘘をつく人間の足は嫌いなんだ。
足元が不安定なフリして、私のような心優しい靴をぞんざいに扱うからだ。
(終)
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