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「どういうこと?」
問いを重ねる彼女の口調にはかすかな不快感が漂っていた。
答えることを放棄した私に気づいたのか、マリーが悪戯げに微笑んだ。
「私はね、女優なの」
「女優!?」
探偵の少女が眼を見開く。女優だったという噂が広まったのはヴィナだった。誰もマリーがそんな華やかな世界と関連があるだとは想像もしないだろう。
「え? どういうこと?」
探偵の少女はまだ言葉を止める気がなさそうだ。そんな彼女に対して苛立ちのような気持ちを覚えるが、マリーはさっぱりとした声で言った。
「言ったでしょ。そんな些細なことはどうでもいいの。さぁ、手当てをするわよ。あなた早く手伝ってちょうだい」
探偵の少女はまだ何か言いたげな表情をしていたが、ようやくこちらに駆け寄ってきた。
マリーの指示に従って探偵の少女が私に手当を施す。
マリーに抱えられたレース編みの少女の顔は蒼白で、ただひたすらにわたしの血が流れた跡だけを見続け、他の何物も目に入っていないようだった。小さく膨らんだ果実のような唇で、喘ぐように何かつぶやいていたが、私の腕の手当がおわること、マリーの腕の中で眠るように目を閉じ動かなくなった。
「さて。あなた、次は用務員を呼んできて」
マリーは涼やかに命じる。探偵の少女は大きな瞳を見開いたままうなづくと、管理棟に向かって駆け出した。
「さて、と」
レース編みの少女が逃げ出す気配がないことを確認すると、マリーはそっと彼女を横たえる。わたしの腕をとって血が固まった部分に泉の水をかけてくれた。ひんやりとした泉の水に溶けたわたしの血液はゆらゆらと深い泉の底に消えていった。そういえば。清らかなものの中に汚れたものが混じった場合はどちらが勝るのだろうか。漆黒に見える泉の底で何か蠢いているものがないか見極めようとしたけれど溶けゆくわたしの血液だけがゆるやかに蠢きながら消えていった。
「久しぶりね。無茶をするのはあの子にそっくり」
わたしは彼女の声が聞こえなかったようにふるまおうとした。
「まだ、あの塔の鍵は持っているの?」
ようやくわたしは彼女の瞳を受け止めた。
夜だというのにどこか眩しげに見えるその瞳はわたしを優しく見つめていた。
「えぇ。この子たちも招待したの」
かすかにマリーがたじろいだ気配がし、口を開こうとしたように見えたけれど、どこか遠いところから響く足音に耳をすませるように首をひねる。そして小さく首を降ると彼女は立ち上がり、大切そうにレース編みの少女を抱え上げると、わたしに背を向けて歩き出した。
懐かしい香りがゆっくりと遠のいていく。
どこからかふってわいたように見える白い細い道の上を歩く彼女の姿がぼんやりと夜に溶けていく。
「さようなら」
わたしはあの日言えなかった言葉を口にした。ほとんど夜に飲み込まれたような姿で彼女は振り返ると、微笑んでうなづいた。口が動いたのが見えた。
「××××によろしくね」
そして、彼女たちは薔薇の茂みの向こうに消えていった。
探偵の少女が戻ってくるまでの間、わたしは泉のほとりに1人腰を掛けていた。
マリーの部屋から血に染まったレースとピアノ線が見つかったのは翌日だった
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