山の花嫁

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「むり」 三番目の御子は、花嫁を見るなりたった一言、言い放った。 花嫁の手を引いてきた母君は、口を開きかけた途中で固まる。 屋敷の奥に隠れていた御子の目前に、花嫁を連れてきた途端の拒絶だった。 「お前のために花嫁が来てくれたわよ。嬉しいわねー?」 一瞬、鬼の形相になりかけたが、なんとか笑顔を張り付かせた。 拒絶の言葉は聞こえなかったふりをする。 しかし、猫なで声には、うむを言わせぬ圧力が込められている。 所作だけは穏やかに、押し出したのは赤い着物で着飾られた娘だった。 化粧を施されているものの、紅を引いた口はぽかんと開いている。赤い頬とおかっぱ頭の田舎娘だ。 山の上の貴族の屋敷には、ふもとの里から花嫁として娘が奉げられる。そういう決まりとなっていた。 「むり」 御子は目の前の娘から、顔をそむける。 「いい加減になさい! もう三度目でしょう!」 末の御子のために花嫁を迎えるのは三度目だった。 しかし御子はいつも、むりむり言って追い返していた。 「なにがそんなに気に入らないの」 「全部。見た目からむり」 「なんてひどいこと言うの。お前がそういうから、今回は可愛くしてあげたのに」 母君自ら、着いたばかりの田舎娘に、屋敷の奥から引っ張り出した着物を着せ、化粧を施した。 三人いる御子は全て男の子なので、「娘が出来たみたいねー」と、けっこう楽しみながらやっていた。しかし、せっかくの努力を無駄と言われ、不機嫌をあらわにする。 そういう問題じゃない。むりむりむり、と顔の前で手を振る御子。 「飾ってもいっしょだし。元は変わらないからむり。ちびだしむり」 娘は数え年で七つになったばかりだった。 貴族の屋敷が珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回している。 あまり状況を理解していない。 「お前もちびじゃないの」 ちょうどよい。お似合いじゃないの。と母君が納得いかない顔をする。 御子は十歳だった。 「ちびっていうな」 顔をしかめる御子。 「とにかくむり! 生理的にむり!」 「この甲斐性なし!」 お互い不機嫌になって怒鳴りあう。 らちがあかない。 「ごめんねー? あのお兄ちゃん照れてるだけなのよー? 仲良くしてあげてねー?」 御子が、どうにも頑固なので、母君は娘に媚びを売る。 娘がこくりと頷く。 それを見た御子はますます顔をしかめていたが、母君が娘をあやしている間に横をすり抜けた。 「あ!待ちなさい!」
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