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「なんだとコラ」
思いっきりにらみつけてやったけど、天野は特にひるまない。
それどころか、
「なら、練習すればいいじゃない」
と、軽い調子で提案してくる。
能天気なこいつを見てたら、なんだか、言い返す気力が失せてきた。
「一人で練習したって、上手くなるわけねえじゃん……」
つい、本音がこぼれた。
我ながら元気のない声で、余計に心が沈んだ。
ふむ、と天野はあごに手をそえる。でも、すぐにそのポーズをやめて、ぱっと顔を上げた。その表情はなぜか、きらきらしていた。
「なら、二人で練習すればいいんだ!」
「……へ?」
「一緒に練習しようよ、ボクんちで今から!」
「お、おまえん家!? 今から!?」
突然の展開についていけない。そんなオレの手を天野がひっつかむ。
「よーし、そうと決まれば行くよセーヤ!」
「って、しかもいきなり呼び捨て!?」
「だめ?」
こてん、と小鳥みたいに首をかたむける天野永遠。
「べ、別にだめじゃねーけど……。ていうか、なんでオレのこと、そんなに構うんだよ?」
だってオレたちは、そこまで仲がいいわけでもないクラスメートで。
仮にオレが音痴を克服できたとしても、天野には何の得もない。
いぶかしがっているオレに、天野は目をぱちくりしたあと……日の光みたいな、まっすぐな笑顔で言った。
「ボク、セーヤの声が好きなんだ!」
「え?」
「セーヤの声は、大きくてよく通って、いい声だ。セーヤなら絶対に、いい歌が歌える。だから練習しないと、もったいないよ!」
たぶん、このときオレは、真っ赤になってたと思う。
無駄にでかい声をほめられたのも、歌がうまくなると言ってもらえたのも、初めてだったから。
と同時に、オレは改めて、天野永遠のことを、すごいと思った。
だって、相手のいいところを見つけて、素直にほめるのって、意外と難しいだろ?
なのに天野は、それを難なく、やってのけてしまう。
オレは気恥かしくて、でも、お礼はちゃんと伝えたいと思って、頑張った。
「あ、あ、ありがとう…………ち、ちなみに! お前がオレを呼び捨てにするなら、オレもお前を呼び捨てさせてもらうぞ、トワ!」
赤い顔のまま宣言すると、天野永遠──トワは、両目をまんまるに見開いた。
おい、なんだよその顔は。まさか、やだって言うんじゃなかろうな?
オレだって自分だけ呼び捨てにされるとか、ごめんだ。だって対等じゃない。
思わずにらみつけると、トワは再び笑顔をはじけさせた。
「もちろん、いーよ! じゃあ改めて、行くよセーヤ!」
トワの太陽みたいな満面笑顔に、オレは負けじと声を上げた。
「お、おう、のぞむところだ! トワ!」
トワはころころと笑い、『翼をください』を歌いながら、オレの手を引いて走った──ものすごい速さで。
「ちょ、速い速い速い! お前そんな足速いキャラだったのかよ!?」
「セーヤだって足は速いじゃん」
「足は、ってなんだよ! 運動はなんだって得意だ! でもお前は体育苦手そうに見えたのにっ」
「あー、あれねー、走るのは得意だけど疲れるから、ほどほどに走ってた」
「いや真面目にやれよ!」
トワに大声でつっこみを入れていたら、さっきまでの鬱々とした気持ちに翼がはえて、大空へ吹っ飛んで、消えていった。
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