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* * *
聖也くんは歌が苦手らしい。
それが分かったのは、今日の音楽の授業で『翼をください』を練習したときだった。
音程をはずしまくって、空回りする、聖也くんの『翼をください』。
クラスメートのみんながたまらず笑い転げて、聖也くんが「うるせえよ、おまえら!」と真っ赤になって負けじと叫ぶ。
そんな中、ボクは一人「もったいないな~」と感じていた。
せっかく、あんな大きくて、いい声なのに。
彼ならきっと、少し練習すれば、素晴らしい歌が歌える。何より、聖也くん本人が、自分の声と歌に自信を持てていないのが、もったいない。
先生が歌のテストの告知をすると、案の定、聖也くんは真っ青になって固まっていた。
学校からの帰り道、ボクは腕を組んで考えこんでいた。
なんとかして、聖也くんの歌を上達させたい。そして、テスト当日にクラスのみんなを驚かせてやりたい。
音楽は本来、とても楽しいものだ。
聖也くんに、それを知ってほしい。
そんなことを考えながら歩道橋を登っていたら、
「ウソだろ公開処刑か、オレを精神的に殺す気か! 歌のテストとか、オレが大恥かくの、火を見るより明らかだろおぉー!」
聖也くんが歩道橋の上で叫んでる場面に出くわした。たぶん、ボクがそばにいるの、気づいてないな。
そのとき急に、頭の中で、母さんの言葉がよみがえった。
『特別な友達になりたい、て思う子がいたなら──そのときは絶対、逃がしちゃだめよ?』
ボクは、これはチャンスだと直感した。
彼と、仲よくなれるチャンス。
最初は友達になれなくていい、と思ってたはずなのに。彼を観察するだけで、じゅうぶん楽しかったはずなのに。
欲が、生まれてしまったのだ。
ボクは深呼吸をして、どきどき跳ねる心臓を落ち着かせた。なぜだか、ピアノの発表会のときより、緊張している。
呼吸を整え、平静を装って、
「聖也くん?」
ボクは彼に声をかけた。
聖也くんがびっくりした表情でふり返る。ボクは勇気を出して、なるべく明るい声音で、彼にむかって語りかけた。
「どうしたの。もしかして音楽のテストのことで悩んでる?」
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