私と「私」

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 また、眺めている。私を見つめるその目は、いつも悲しそうだ。今日も溜め息をつきながら、私を眺める。悲しいのなら、溜め息をつくのなら、私を見なければ良いのに。  私はその目が嫌いだ。できることなら、前みたいに笑ってほしい。 ・・・  彼とはバイト先で出会った。イケメンで、お客さんからも人気があった。彼目当てで来店するお客さんも少なくなかったと思う。  私は決して目立つ方ではない。だけど、彼は私に対しても優しかった。その優しさに、私は惹かれていった。2人で残って後片付けをしているとき、ディナーに誘われた。そこはちょっぴり大人なイタリアンで、周りはカップルばかりだった。彼とカップルであれば良いのに、と少し思った。  それから遅番が重なることが増え、バイト先での会話も増えた。私はどんどん彼を好きになっていった。でも、私には分不相応だと思った。  そんなとき、帰りに呼びとめられた。公園に誘われ、そのベンチで告白された。私が頷くと、彼は私にキスをした。ファーストキスだった。この時間がずっと続けば良いのに、と思った。  バイト先では付き合っていることを内緒にした。ただでさえ人気のある彼なのに、私が付き合っているなんて知られると、きっと嫉妬されるに違いない。だから、今まで通りを装った。  デートは人目につかないところを選んだ。お祭りなんかに行けないのはちょっとだけ寂しかったけれど、嫉妬心に晒される方が嫌だった。デートの帰り道、1枚だけツーショット写真を撮った。私は上手く笑えただろうか。緊張のあまり、笑顔を作れなかったかもしれない。  そんなときの話だ。学校から帰るとき、たまたま彼を見つけた。バイト先以外で偶然出会うのは初めてだ。彼の隣には、美しい女がいた。どこを見ても敵わないと思った。彼女は彼と腕を組んで歩いていた。お似合いだなと思った。私よりも随分お似合いだな、と。ずっと浮気されていたのだろうか。  彼はそんな素振りを見せなかった。私だけを愛しているかのような、前と変わらない態度だった。  それだったら。それだったらそれで良い、そう思った。今の幸せが壊れてしまう方が怖かった。  バイト先で、集団の女子が入ってきた。それ自体は珍しいことではないのだが、その中に、以前彼と歩いていた彼女がいたのだ。私は顔を強張らせた。 「えーあれ?マナの彼氏が遊んでるって女」 「遊んでるって、ちょっとからかってるだけだよ」 「ま、そうだよね。あんなブスに何もできやしないって」 「マナって独占欲とかないの?からかってるだけっていっても、私は嫌だなぁ」 「あのね、彼はイケメンでモテるんだから。ちょっとくらい余裕がある女の方が良いのよ」 「きゃはは、大人ぁ」 「どっちが遊んでんだか」 「ちょっと!私は本気なんだから。でも安心したわ。やっぱりブスだって確認できて」  大声でこちらを見ながら喋っている。 —そうか、私は遊ばれていたのか。ブスだと、嫉妬すらされないのか。  彼女たちがこちらに歩いてきた。私は知らぬフリをしたが、名指しで注文された。名前も共有して遊んでいたのか。 「タカギさん、注文良い?」 「私はカフェラテ」 「私は…この期間限定のにしよっかな」 「私は抹茶ラテ。ねぇ、タカギさん、聞こえた?今日彼休みでしょ?寂しいわね。だけど、あなた、遊ばれてるだけなのよ。寂しくもなんともないわ。彼が愛しているのは、私だけ。自分が彼に相応しくないって、鏡を見たらわかるはずよ」  彼女たちは笑いながら言った。  私は何も考えないようにしてレジをした。考えないようにはしたけれど、頭が真っ白になったという方が正しいかもしれない。何も考えられなくなった。  その日、店長に辞めたいと言った。店長は私を引きとめなかった。彼女のように美しかったら、ここでも引きとめられるのだろうか。 ・・・  今までは幸せそうな目で私を見ていた。だけど今は、溜め息をつきながら、悲しそうな目で私を見る。それなら私を見なければ良いのに。悲しいのであれば、どうして私を見るの。  また今日も、引き出しから私を取り出す。そこには悲しい「私」の目があった。 「写真なんか撮らなければ良かった…」  今日はそう言って、私を引き出しに収めた。その言葉を聞いて、私は「私」をもっと嫌いになった。  思い出に浸って前に進めないのであれば、私…写真…の意味はないのかもしれない。それだったらいっそのこと、私を捨てて前を向いてくれれば良いのに。「撮らなければ良かった」写真を、明日もまた見るのだろうか。その悲しい目で。  私は悲しい思い出になるために生まれてきたのだろうか。
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