そこがあなたの嫌いなところ

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そこがあなたの嫌いなところ

網戸の外から聞こえてくる蝉の鳴き声は不思議なもので昼に聞くと暑さを助長させるが、夜に聞くとなんだかヒンヤリとした涼しさを感じさせる風鈴的な効能があるらしい。 ど田舎の古民家。彼女の父親、つまりお義父さんから譲ってもらったこの家は、いつ来ても畳の良い匂いがする。近くに小さな川が流れているので、清流の音が耳に優しい。 「お互いの嫌いなところ言い合ってみない?」 彼女がそんなよくわからない提案をして来たのは、縁側に座って田舎の魅力を満喫している時だった。隣で足を縁側の外に放り出してプラプラとさせるその姿は、彼女の年の割に幼いその外見とか雰囲気を助長させたような気がした。 「突然なんだよ」 俺がそう問いかけると、彼女は空に鎮座する大きな月を眺めながらクスクスと笑みをうかべる。 「私ら結構な時間一緒にいたけどさ、喧嘩の一つもしたことないじゃない?これってどうかと思うんだよね」 「いや、別にいいだろ。喧嘩しないに越したことないんだからさ」 彼女の割と大きな瞳が俺の姿を映す。今まで見飽きるくらい見てきたその大きな目をさすがにあの頃のように「可愛いな」などとは思わないけれど、それでもどこか引き込まれそうになってしまう。 「でも、1回もしないのはやっぱりおかしいって。ていうかあなたも結構我慢してたんじゃない?」 「いや、別にしてないけど…。何?お前は我慢してたの?」 彼女は顎に右手の人差し指を当てながら「うーん」としばし考えるポーズをとった。 「してたって言いたいところだけど、これと言った不満はないのよねぇ」 「いや、なんかリアクションおかしくない?」 「とにかく!やるって言ったらやるの!はい、スタート!」 と、そんな流れでこの不毛な遊びはスタートしたのだった。正直俺としてはそこまで乗り気ではなかったけれど、逆に他になにかすることがあるわけでもなかったのも事実だった。
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