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CAUSE
なんなんだよ!!
朝から、知らない場所で武装兵みたいな恰好で戦って殺されるなんていう夢に飛び起きたボクの目に入ったのは、高校生に上がる年──二〇四五年の四月一日の朝七時四十分を示す時計だった。
当然、ここは部屋のベッドで戦場じゃないし、一人きりだ。
春休みなのを良い事に、もう一度気分直しに寝ると、次は九時半にインターフォンで起こされた。
親は仕事でいないから、玄関に寝惚け眼で向かうと、「さっさと出ろよ、こっちは忙しいのに」的な顔の郵便局員がいて、段ボール箱を持っていた。何も注文していないし何かに応募した覚えも無い上に、知らない宛先から贈り物が来てボクは気が滅入る一方だった。
開けたら爆発するんじゃないかと思ったけど、一学生のボクにそんな事をする意味がわからなかったから違うはずだ。
とりあえず、両親に何か送ったか聞くためにメールしたけど、仕事中だから返事は無く、贈り物は自室の机に置いたままにしておいた。
キッチンの戸棚から、朝ごはん用の菓子パンを持ってきて、ベッドに寝転がって、昨日読みかけで終わった小説の続きをタブレットで読んでいると、携帯端末がメールの着信を告げた。両親のどっちかから返信が来たのかと思ったけど、アドレスは知らないし、本文に至ってはとても簡素でわかりやすい。
『何をしているかわからないが、早く箱を開けて接続してくれないか?』
接続? 机の上にあるさっきの物が気になる反面、とんでもなく面倒な物に思えた。
勝手に送られた挙句に開ける事を強要させられるなんて聞いた事が無い。
『身に覚えの無い物は触らないようにしているので』
送信するか一瞬迷って、やめた。
メールが来た以上、こっちのアドレスは知られている事は確定しているけど、何かに登録されるような事があってもまずい。
だからデバイスの画面を消して、タブレットの画面に目を戻した。
ボクはそうした方が良いと判断した。
書籍に換算したらハードカバーの分厚い本を五分の一ほど読んだ所で、ボクもさすがに我慢の限界だった。ずっとメールが来ているのだ。五分置きくらいだったものが、振動しっぱなしになっている。実際に、この人が部屋に一緒にいたら、本を読んでいるボクに延々と話し掛けて来ているわけだ。
メールの相手は全て同一。どうあってもボクにあの箱を開けさせたいらしい。脅迫めいた文言まであった次には謝罪のメール。押しては引き、どうにか開けさせようとしてくる。よれよれのスーツ姿で、ビジネスマンのおじさんが四苦八苦しているのを想像して喜ぶような頭はしていない。
だからボクは仕方なく開ける事にした。それが手だったのかもしれないけど、まんまと引っ掛かってあげる事にした。
中には何をするかわからないような、コードが延びた機械の黒い正方形の箱。天面にはCが三つ重なり三角形を作っているロゴのような物。正面には電源を入れるスイッチしかない。それと、プレート状で耳を覆うヘッドフォンとマイクの付いたアイウェアとグローブが一組という、見た事もない物だった。
『開けました』
とだけ、メールを送った。きっとこのよくわからない物の説明をしてくるはずだと思いながら。
『まず、コンセントに電源コードを繋いでください』
メールの指示通りに刺すと、本体のスイッチが赤く光り、スタンバイ状態になった。もうメールしなくても、次に言われる事の想像はついたから、電源を入れた。光は青に変わる。すると、本体の真上からホログラムの画面が現れた。
『ヘッドギアとグローブの信号が検出されていません』
真っ黒い画面に、着けろと言う様に、赤い文字が『WARNING』と共に点滅している。
仕方なく、それらを装備する事にした。そうしなければこの事態は収拾出来そうにもなかった。
ヘッドギアと言うような、フルフェイスヘルメットみたいな物ではないから重くない。装着感はといえば、締め付けられる感覚も無く、真っ暗に視界を遮られる黒いレンズのサングラスと思えばいいだろう。耳当ては遮音性が高く、一気に、サーっという静寂の音ホワイトノイズが聞こえた。
さっきのホログラムの映像が、アイウェアの中で展開している。それ以外に部屋の風景なんかは全く見えなくなった。
グローブはというと、スキー用みたいな厚い物で、これから夏になるのに使いたいとは思えない。中はメッシュみたいだから実際使ってみると暑くはないかもしれないけど。右手を動かすと、画面上に現れたポインタがリンクしたように動き始めた。
画面は一旦暗転し、広大な空が広がった。その眩しさに目を細めると、『World Wars』なんていう何十世代か前にありそうなチープなゲームのタイトルみたいなのが浮かんだ。
「これ……ゲームだったのか……」
聞いた事も見た事も無い機種だし、テレビに繋がない、単独のホログラム映像のゲームなんて知らない。家庭用のゲームというよりは、ゲームセンターとか遊園地のアトラクションみたいだ。
キャラクター名は決められていた。『You Hiizuru 』と。ボクがこのゲームをやると決め付けられていたみたいに。
身長と体重を、宙に現れたキーボードを叩いて設定。傍から見たら、エアギターならぬエアタイピングと言ったところだろう。
暗転ののちに、テレビ電話みたいにリアルな、黒い軍服を着た強面のおじさんが歓迎してくれる。昨今ではどのゲームにも、CG技術の発達で、いかにもという感じはもう無い。そういう一般的なレベルじゃなくて、これは本当に本物みたいだ。
『 柳勇大』と表示されたおじさんは実に無愛想だ。
voice<<柳雄大:俺は柳。この部隊の隊長を務めている。お前は今日からこの部隊で共に闘う事になった。日出、まずは訓練生を脱却してさっさと一人前の兵士になれ。話はそれからだ。
アイウェアに骨伝導スピーカーがあるらしく、音は鮮明に聞こえた。チュートリアルに入りそうなお馴染みの流れだ。
暗転して、視界の右にコマンドが並ぶ。
そこに『チュートリアル』の選択肢は無い。一人前になる前に、この意味不明なゲームの世界に放り込まれたというわけだ。
『訓練所』『自室』『ロビー』それだけだった。他のゲームと比較して考えると、まずはロビーだ。そこで情報収集するべきだ。
右手でポインターを動かして選択。画面が暗転すると、ロビーの場面に切り替わる。同じく黒い軍服を着たプレイヤーは結構多数ウロウロしていた。みんな、等身も顔も、それらは柳隊長みたいにリアルだった。
だけど、誰もがこれからどうしたら良いのかわからないみたいにしていた。
Voice<<東春海:なぁ、これからどうやったら進めるんだ?
背後から掛けられた男の声に、ボクは振り返る。同世代くらいの顔だ。キーボードが出て来て返すのかと思ったけど、何も起こらない。戸惑っていると、再度声が聞こえた。
Voice<<東春海:マイクあるだろ? 普通に話せば良いみたいだぞ。
Voice>>東春海:あー、あー……聞こえる?
短髪で、いかにもスポーツをやっているように爽やかな男は、ニカっと笑って親指を立てる。実際に声を出して話すと、本当にこのゲームの世界にいるような気分にさせられる。
Voice>>東春海:ボクも何をしたらいいのかわからないんだ。きっと、みんなも。
Voice<<東春海:つーかよ、俺結構ゲームだネットだやってんのにこんなゲームしらねぇんだけど……お前は?
Voice>> 東春海:ボクも。こういう漫画あったよね。クリアするまでログアウト出来なくなって、ゲームの中の死は本当の死みたいな。
男は大きく頷く。有名な作品だから同じ世代なら知っているはずだというのは予想が当たった。といっても、昔からある設定だからもう使い古されてそんな新作は出てこない。
Voice<<東春海:でも、そういうのじゃないみたいだぜ。俺もそう思って自室に行ったけど、ログアウトは簡単に出来る。それに、他の奴に話を聞いたら、実際に死ぬなんて事も無さそうだ。
Voice>> 東春海:じゃあ、これは本当にただのゲーム?
Voice<<東春海:みたいだな。せっかくだから一緒に訓練所ってのに行ってみねぇか? 俺は東春海。お前は?
Voice>> 東春海:日出陽。良いよ、行ってみよう。
話が進むだろうと思って、ボクは同行する事にした。ただのゲームならそれで良い。リアルなこの世界が、少し面白くもあったし。
二人でコマンドを開いて、せーので訓練所を選択。暗転するのかと思ったら、勝手に走り出してロビーにあるゲートを抜け出た。倉庫みたいなフロアにあるゲートを更に抜けると、だだっ広い岩場が現れた。天井はあるから外では無いみたいだ。
人だかりの方に行くと、先ほど登場した柳隊長が目を瞑り、質問攻めするボクらの声を無視していた。
Voice>> 柳雄大:日出と東です。訓練希望なんですけど、ここでどうすれば良いんですか?
Voice<<君島武:やめとけよ、こんな胡散臭いゲーム。アカウントから個人情報引っこ抜かれんぞ!
どこからともなく怒鳴るような声がして、ボクはこのゲームについて一つ思い出した。
Voice>> All:ボクが入力したのは身長と体重だけだ。このゲーム機自体がLANケーブルで接続されているわけでもないから、それは無理だと思う。大体、ボクらは名前も住所もメールアドレスもばれてる。
もしかしたら、それはボクだけかもしれないなんていう可能性もあったけど、誰も否定しないところをみると、同じ状況みたいだった。
ボクの声に反応したように、柳隊長は静かに目を開いた。
Voice<<柳雄大:これで五十人だな。ではこれより訓練を始める!
ゲームのチュートリアルと言うには、それはあまりにも基礎的な事だった。ゲームの基礎ではなく、人間としての基礎だ。
右を向きたいときは『右を向く』ということをイメージする。目だけを実際に動かす必要も無い。本当にイメージするだけでゲーム内のボクは思った方向に視界を動かす。もしかしたらと、歩く動きをイメージして、次は走ってみた。本当にそのままだ。
Voice<<柳雄大:そこォッ!! 勝手な動きをするなァ!!
きっと、全員がボクを見ると言う事をイメージしたのか、柳隊長含む五十人の視線が向いた。
平謝りした後、四肢を動かす訓練。その場で足踏み。そのまま隊列を作り、行進する。次にはジャンプ。散々動いた後で、視界の左下に自分の動きをモデリングしているキャラクターの俯瞰図がある事に気付いた。小さくて見えにくいけど、顔はボクにそっくりだった。画像を登録もしていないのに。
Voice<<柳雄大:動きの基礎はわかったな! では二人組みを作れ!
作るも何も、ボクは既に東といるからそのまま組む事にした。他も見知った者はいないのかポツリポツリと組が出来上がった。
Voice<<東春海:二人三脚でもやんのかな?
Voice>> 東春海:それは……難しいかも。
実際に脚が繋がっている感触があるから、二人三脚はリズムが取りやすいのであって、実際のボクは部屋で胡坐をかいている。歩幅も知らない人と、イメージだけでそんな事が出来るような気がしない。
二十五組のペアが出来上がったのを見て、柳隊長は声を挙げる。
Voice<<柳雄大:全員、今組んだ者と背中を合わせて、互いに三歩離れろ。
計六歩分の距離が、ボクと東の間には出来た。
Voice<<柳雄大:向き合え。
振り返り、全員が戸惑いながら次の指示を待つ。
Voice<<柳雄大:戦え。ルールは簡単だ。相手を降参させた方の勝ち。以上だ。
柳隊長は腕を組み、それ以上説明しようとはしない。戦えと言われても、HPライフゲージが出てくるわけでもない。現実に、そんな物は存在しないから、どこまでもリアルさを追求してくる。
voice>> 東春海:終われるのかな? 別に死ぬわけでもないのに。
Voice<<東春海:確かに。まぁ、所詮ゲームなんだし気軽にやろうぜ。あ~、日出だっけ? 格ゲーとか得意か?
Voice>> 東春海:多少は。
オッケー! そんな感じで東は両拳をぶつけて気合充分に特攻して来る。それを皮切りに、他のペアも戦闘が始まった。
大きく振りかぶった拳を、ボクは右に避けるイメージでかわす。左下のモデリングはまだ両手をだらんと下げたままだ。だから一応それらしく構えるイメージをした。モデリングも構える。
Voice<< 東春海:お! やる気じゃん日出!
Voice>> 東春海:それなりにね。
実際に喧嘩なんてした事は無い。ボクは真面目に大人しく目立たないように生きて来たから。彼は真反対みたいで、血気盛んに攻撃を繰り返す。
軽くいなした後で、顔面に向かって軽くジャブのイメージ。当たった。鼻っ柱に当たった拳が離れると、東の鼻からは血が流れていた。
Voice<<東春海:マジかよ……俺結構やると思ってたんだけど。
Voice>> 東春海:……何か変化は無い? 実際の東君が鼻血出てるとか。
Voice<<東春海:ん~……何も……あ! 左下のモデリングの顔が鼻血顔になってんな。
ボクはこのゲームの終りが見えたような気がした。
Voice>> 東春海:東君、ちょっと腕折らせて。
Voice<<東春海:はぁ!? なにサラッとあぶねー事言ってんだよ!! 折りたきゃ自分でやってみろってんだ!!
鼻血のお返しも込められた蹴りが勢い良く向かってくる。それを防御した腕にも、確かに本物の衝撃があるわけでもない……が、構える為に上げようとした腕の動きが重い。メーターや数値が無くてもダメージは蓄積されるらしい。実に現実的だ。
『終わり方』は思い付いた通りだ。相手を動けなくすればいい。四肢を破壊してでも。
さっき東が言ったように、これは格闘ゲームをイメージしたら良いのかもしれない。やたらリアルにこだわるようだから、真空波だとか気を飛ばすような技は無いはずだ。そうなると、自然に体術だけの接近戦になる。体格を登録させたのはその為だろう。
頭が、『意識』が普段の何倍にも敏感になった。実際に喧嘩をした時、こんな風にはかわせないだろう。それはゲームがもたらす補正なのかもしれない。
東の息が上がってくる。身長も骨格もボクよりもがっちりしている彼は、中学の部活は運動部だったはずだ。一方で、そんな彼の拳の弾幕をかわしているボクはと言えば、ほとんど活動していない地域研究部という、所謂帰宅部に入っていた。この体格差を埋めたものはきっと一つ。『才能』だ。ボクには戦う才能があるみたいだ。
そう思った『意識』は更に過敏なものになる。どんどん針先に向かっていくように、鋭いものに。
その針で刺すように。一瞬よろめいた東の腹に、全力で拳を打ち付けると、くの字に曲がった。反撃を許す間も与えない。今度はサッカーボールみたいに歯を食いしばった顔をボレーシュート。
他のゲームみたいに。身体が一回転して吹っ飛ぶような派手な演出は無く、ただ蹴られた勢いで倒れただけだった。
モデリングの右足が赤く点滅している。実際に殴ったり蹴ったりした方にも痛みがあるのだから、そういう事の表現だろう。
Voice>> 東春海:降参してよ、東君。
にじり寄るボクに、東は倒れたまま中指を立てる。
Voice<<東春海:バーカ、俺は負けず嫌いなんだよ……え? ちょ……待って。いってぇ!! 母ちゃん! 手伝いするからもうちょい!! あーッ……。
東が消えた。
今の会話から察するに、母親からアイウェアを無理矢理取られたみたいだ。自信満々で堂々としていた彼の見たくない場面だった。
敵が居なくなったから、自動的にボクは勝者になった。いても、あのまま勝っていただろうけど。
周りを見ると、みんな動きがぎこちない。多分、他の人と組めば東は勝っていた……いや、結局強制的にログアウトさせられていたからそうとも言えないか。
勝って次の指示を待っているプレイヤーに、ボクは声を掛けた。
Voice>>仁科冬真:もう一戦やる気無い? ボクの相手はログアウトしたからいなくなったんだ。
Voice<<仁科冬真:良いよ!
痛くないから何度でも戦う。ただのゲームだし。相手はそんな感じだった。小柄だし、大した動きはしていないから申し訳ないくらいボコボコにしてやった。適度に動くサンドバッグの彼は、現実ならもうとっくに許しを乞うはずだ。特に痛みも無いからそれでも彼は笑って「強いねー!」なんて言って来る。
意外に面白いと、ボクはこの時に思い始めた。別に一方的に殴るのが楽しいサド野郎というわけでもない。ボクが面白いと思ったのは完全に『意識』が支配するということだ。それでいて世界観はリアル。機種名も知らないこのゲームが楽しいと思えたところで、今日の訓練は終わりだった。ゲームなのに、一日の訓練が終わったら何もやることは無いらしい
ログアウトする為に、情報収集も兼ねて『自室』に向かう事にした。東も色々調べたみたいだし、今日は体術で勝てたけど、次は何かゲームのシステム的なところで負けるかもしれない。
予想通り、部屋のテーブルに置いてあったタブレット端末でこのゲームの大方の事は知れた。
ネットは独自の回線で、デバイスみたいに無線で繋がっている。
このゲームを送られたのは未成年のみ。それも、無作為に選ばれた男子のみ。
そして、重要なのは、このゲームを他言してはならないということだ。
Voice:ネタバレ防止か?
やっぱり体格差を埋める為の『何か』が存在する。それも、ゲームバランスを崩壊させるようなチートコマンドかもしれない。つまり、ネットでの情報収集は不可能。
そう思うのが自然だけど、反面では、どうせゲームの話だし、そんなルールは守られない。誰かがネットに上げるだろう。
ボクは気楽にそう考えて、今日はログアウトした。
それから一週間が経った今日まで、ボクは毎日ログインして、基礎運動と戦闘を繰り返し、遂に訓練兵というチュートリアルを終えた。
現実世界では、未だにネットに情報は上がらない。珍しく馬鹿正直にゲーム内のルールが守られているらしい。これじゃあ本当に攻略方法は自分で見つけるしかないようだ。
日課となった、起床後すぐの電源オンは今日からは難しい。高校生になるからだ。
あれから、東も毎日ログインして一緒に訓練を受けている。訓練後にロビーで交流を取っているうちにわかった事だけど、学校も同じ『舟橋学園』で年も同じ。つまり、彼も今日から高校生活が始まって、ログインするのは夕方からになる。
疑り深いボクは、一応他のプレイヤーにも聞いてみたけど、その人は一つ上の学年だし学校も違った。だから同じ学校の生徒ばかりが集められているというわけでもなさそうだった。
それに、国内の色々な所からプレイヤーは集まっているから、本当に無作為にあのゲーム機は送られたのだろう。応募してもいないのに、勝手にテストプレイヤーにされてしまっているのだ。
面白いからまぁ良しとしよう。
それが東と色々詮索した結論だった。
電車で二駅。七分。船橋駅から更に徒歩で十五分。その間、ボクは今日から始まるであろう『実戦』の事で頭がいっぱいだった。
三日前から、銃の扱いがレクチャーされるようになった。四肢だけを駆使して戦うゲームなのかと思っていたから驚いた。
その銃は仮想世界ゲーム内にあるわけだけど、掴むのとトリガーを引く事だけはイメージではなく、現実のボクの手だ。何も無い所で手を動かして銃を掴み、人差し指を動かしているだけ。胡坐をかいて。現実世界のボクの姿は滑稽なはずだ。
実際に銃を撃った事は、日本に住むボクは当然無いけど、トリガーの重さに妙なリアルさを感じた。
その銃で何と闘うのかはまだ知らされていない。ゾンビなのか、エイリアンか、或いはまた別なゲーム── W ・ W オリジナルの敵かもしれない。いずれにせよ、楽しみで仕方が無い。
学校に着くと、玄関の大型モニターにクラス分けの表が映し出されていた。七クラスある中、ボクはB組で……出席番号一番には『東春海』の名前があった。
オンラインゲームはいくつかやったことがあるし、プレイヤーと交流を取った事も勿論あるけど、リアルで会うのは初めてだ。しかも同じクラスとは、運命めいたものを感じる。
教室のある四階に行くと、ポツリポツリと集まったグループが固まって話していた。小中高一貫のこの学校では顔見知りではあっても、全員と話した事があるわけでもないからやっぱりそうやって隔たりはあるみたいだ。
少子化から学校の数は減少を続け、今この千葉県では小中高とまとめられている学校が四つあるだけ。小学生には希望すれば送迎バスがあるし、中学生からは寮もある。
一つ一つの学校を維持しながら少人数で継続するよりも、元々あった学校を改装してグラウンドを拡大したりした方がこれからの将来を考えたら安く済むらしい。廃校になった学校は取り壊されてまた新たな何かに変えられていく。地方は何年も前から学校が減っていたけど、主要都市もこれからそういう流れになって行くらしく、舟橋学園も時代の流れの過程の一つだ。ということだから、三十年以上も前から続いていたらしい少子化に対する解決策は諦められたみたいだ。
春休みに他県から引っ越して来たボクには、そんな隔たりも共通点も無かった。代わりに、『戦友』がいる。
「よう、日出! こいつ見た事あんだろ?」
教室に入るなり、待っていたかのように東春海──ハル(そう呼ぶように本人から言われた)が声を掛けて来た。やっぱり、ゲーム内の画像と顔が同じだった。それに、『こいつ』と言われたクラスメイトは……。
「知ってるよ。初日は悪かったね、ボコボコにして」
ハルがいなくなった後で、練習がてらに戦った相手だ。名前も覚えていない。
「初めましてっていうのもおかしいけど……僕は仁科冬真。日出君は最初から強かったし凄いね」
「たまたまだよ。仁科君は訓練生終わった?」
「うん。今日から実戦に出られるよ」
高校生活初日の入室一分から物騒な話だ。よくみると、他にもプレイヤーはいたけど、関わった事が無い人ばかりで向こうから来る事も、こっちから行く事も無かった。
このクラスだけで、二十人いる男子の四分の一がプレイヤーだと言う事を考えたら、他のクラスにも同じくらいいるはずだ。他の学校にも同様に。他県にも同様に。それだけの数のゲーム機を無料配布するような会社はどんな会社なのだろうかと気になった。ボクらはそれすらも知らない。
誰が創ったかもわからない世界で楽しければいいやと、これから戦う。重要なのだろうかとも思う反面、どこかで安心感が欲しかったのかもしれない。
「結局、あれってどこのゲーム会社のものなんだろう?」
「あ~……そういえば……トーマ知ってっか?」
早速、親しげに下の名前で呼ばれた仁科君は首を振った。
「ゲーム内のタブレットで細かく見たけど、何も無かったよ。ライセンスの記載も」
「個人製作インディーズってことか?」
「個人で作って配布するような物じゃないと思うな」
巨額の金を手にする機会を棄てたような物だ。このテストプレイが完了したら企業に売りつけるのか? そんな考えても仕方が無いことを討論していると、担任の先生らしき女の人が入って来る。入学式だというのに、ボクの隣の列の、女子の席はまだ空いたままだった。
らしきというのは、あまりにも先生に見えないからだ。タイトスカートのスーツを着てはいるけど、小柄で童顔で真っ直ぐに伸ばした髪のキューティクルが光っている。制服を着たら生徒こっち側にいてもおかしくない……六列並ぶ席の最後尾の席から見たらだけど。二列目のボクには、結構化粧で塗りたくられているように見える。
それを合図に教室の生徒達は何も言わずに席に着く。ボクの前の席は仁科君だった。ヒソヒソと振り返り彼は言う。
「日出クンもトーマで良いよ。ずっとそう呼ばれているし」
「わかった、そうするよ。ハルとトーマか……」
春と冬……か。
「日出クンは? あだ名無いの?」
「好きに呼んで良いよ。ナツでもアキでも」
声を潜めてボク達は笑った。廊下側から男・女と交互に並んで三列挟んだ向こうから、ハルが仲間外れにされまいとこっちを見ている。それを先生は睨んでいた。全く恐さは無いけど。
「入学式の前に、まずは先生の自己紹介を済ませておきますね~。名前は川本輝星です。キラリンて呼んでね~。授業では国語を担当します。これから三年間よろしくねぇ~」
黒板に頑張って可愛く書いたような字で名前を書くと、まるで友達かのように手を振る先生に、「可愛い!」なんて本心か冷やかしかわからないような男子の声が飛ぶ。
「質問良いっスか!」
ハルが挙手。それに先生はにっこり頷く。
「キラリンは歳いくつっスか?」
「国家機密でぇす」
語尾にハートマークを付けてニッコリ。そんなわけあるかと誰もが言いたいところなはずだ。別な男子が声を張る。
「彼氏いますか?」
「キラリンは~、みんなのキラリンだからね!」
もはや失笑レベル。桜も散りそうな寒さに、思わず、手でピストルを作り、先生に向けた。
バーン……心の中で呟く。
「あ、日出君も質問?」
教室中の視線がボクに向く。そんなつもりは全く無いのに。全く興味も無いのに。困っていると、そんな空気を裂くように、教室のドアが開く。遅刻なのに、前のドアが堂々と。
入ってきたのは、やたら髪色の明るい耳元でツインテールにした女子だ。何故か手にはロングブーツを持っている。多分、いや、絶対下駄箱に入らなかっただけだ。
「え~っと、須山さん? だよね? 遅れて来たんだし先生に言う事あるでしょ?」
まず髪色の問題じゃあないのかと思うけど、とりあえず遅刻の件からなのだろう。それに、目の周りも黒く塗られたパンキッシュなメイクで、校則なんてどこ吹く風だ。先生とは別なベクトルでみんな引いている。
須山さんは、先生を上から下まで見るなり、小さく会釈して終わった。
「謝るときはちゃんとすいませんでした。でしょ? 須山さん……あ~!! もう入学式行かないと! 早くみんな廊下に整列して!!」
総員整列!! 柳隊長ならそう言うだけでバラバラの隊員達は並び始めるし、この生徒達みたいにダラダラしない。ゲームだし特に罰則があるわけでもないのに、『軍隊』という空気が、意識がそうさせる。現にプレイヤーは整列が早い。
空いていた席に鞄(勿論学校指定じゃない)をドンと置き、須山さんも整列する為に廊下に戻る。ゾロゾロと並ぶ黒山の中に、チラホラ遠慮がちに茶色いのもいるけど、かなり目立つ。
さっきの喧嘩上等な態度も加わって、完全に浮いていた。
何事も無く入学式は終わり、教室で自己紹介も終わり、タブレットを配られる。授業はこれで行なわれて行く。中学も同じだった。中身は勝手にゲームとか不要な物をダウンロード出来ない様にしてあるけど、高校生仕様なのか、学校のSNSアプリが入っていた。これで他のクラスとか色々な人と交流を取る事が出来る。
もしかしたらと思って調べてみても、やっぱりW・Wについての話題は無かった。まるで、あのゲームなんてこの世界に存在しないみたいに。でも確実にW・Wは存在する。ハルとトーマもあの世界を共有しているのだから。
舟橋駅で反対方向の二人と、ボクは一人別れた。
「じゃ、また後でな!」
勿論、ゲームの中での話だ。二人が乗る電車の方が来るのが遅いし、帰るのも遅くなる。急いで帰る必要も無い。歩きながらデバイスでしつこくW・Wを検索した。思わず脚が止まった。一件だけ、トップページに出て来たのだ。
クリックしてみると、既にページは消されていた。この数秒足らずで……。
誰も馬鹿正直にネットに上げてないわけじゃない。消されているだけだ。常に監視されているとすれば、製作者はやっぱり個人じゃない。或いは、自動で検出して削除するツールを使っているか。
でも、こうやって自由にログアウトも出来るし、何か身体に異変があるわけでもない。課金したわけでもないから一切不利益は無いし……。
「まぁいいか……」
ハルじゃないけど、こうやって済ませられるのも事実だ。
家に帰るなり、ボクはゲーム機の電源を入れてアイウェアを着ける。そしてグローブを着けてログインをタッチ。
まだ二人は来ていない。ハルとはロビーの中央にある噴水を目印に待ち合わせする事にしている。
W・Wはほぼロビーがメインになる。そこにある受付カウンターで実戦の申込みをしたり、他のプレイヤーとコミュニケーションが取ったり。
噴水を中心に、南に受付。北のドアを抜ければ自室のある棟に。東のドアを抜ければ訓練所に行ける。西には何故か自販機があるけど、飲めるわけでもないからそれはただの飾りだろう。メニューが実際にあるものばかり並んでいるのは、スポンサー契約しているからなのだろうか?
Voice<<東春海:おう! イズ、やっぱ早いな。
二人が手を振りやってくる。呼ばれ馴れない名前に、返事に困った。
Voice>> 東春海:……イズ?
Voice<<東春海:日出だからイズで良いだろ。
Voice>> 東春海:まぁ、それでもいいけど……。
トーマもそう呼ぶことになったみたいだ。初日にボコボコにした相手と一緒に戦う事になるとは思わなかったけど、チュートリアルを終えたレベルなら問題は無いはずだ。
三人で受付に行き、今日から実戦に行けるという旨をお姉さんに伝える。
Voice<<美零:じゃあお会いするのは初めてですね。私はここで受付を務める美零と言います。実戦の申込みの他にも用事があればまず私に。
どこぞの担任とは大違いで、背も高く、出る所の出た肢体、緩くウエーブの掛かった金色の長い髪が色気を醸し出し、そこにいるだけで男を引き寄せるようなお姉さんだ。
Voice>> 美零:他に用事って?
実戦と訓練を繰り返すだけじゃないのか? このゲームは。でもレベルとかも無いわけだから訓練しても数値化はされない。実際に自身のレベルが上がるという事だ。
Voice<<美零:例えば、隊長さんに話があるとか。あ、報酬の受け取りもここでね。
Voice<<東春海:美零さんにお話しに来るだけでも良いっスか!?
ハルの目が輝いている。こういうのが好きらしい。
Voice<<美零:勿論よ。でも、それ以上は無いわよ?
Voice<<東春海:ハイ! もうそれだけでも充分っス!!
ハルにとってのこのゲームの趣旨は変わってしまったみたいだ。敵を倒して攻略するのではなく、美零さんを攻略する恋愛ゲームへと。
Voice<<仁科冬真:あの、このゲームって何と闘うんですか?
トーマは真面目にそう尋ねる。答えるように、カウンターの向こうのパソコンか何かに打ち込んでいる。
Voice<<美零:さ、これで実戦申込みは完了。敵は実際にその目で見てね。訓練所に行くゲートを抜けたら、右にあるエレベーターに乗って。降りて行くと実戦地に繋がってる。気を付けてね。
言われるままに、ボクらはエレベーターに乗る。地下に実戦の場所があるのも変な話だ。
Voice<<仁科冬真:僕達武器も無いけど大丈夫かな?
Voice<<東春海:別に死んだらどうせまたロビーに戻るだけだし良いんじゃね? それよりよ、美零さんが担任だったら良かったな。何歳なんだろ。年下オッケーかな?
Voice>> All:どうせ国家機密だから聞くのはやめとけよ。
そんな談笑は終わりだと告げるように、手ぶらで初心者の三人を乗せたエレベーターは停まった。
倉庫みたいになっていて、銃が並んでいる。武器庫だろう。
Voice<<武器管理者:お前達が初実践の隊員だな? 武器は見繕っておいてやったから好きなだけ暴れて来い。
見た事の無い愛想の良い小太りのおじさんに、弾薬を詰めたベストに自動小銃を渡された。練習で使った物と同じだから驚きも無い代わりに、安心感はあった。もう自衛隊でも使われてない一世代前の型落ち品だと、こういったミリタリー好きのプレイヤーが言っていたのを聞いた事がある。
Voice>> All:敵を全滅させれば良いんですか?
ボクは戦地へ繋がっているであろうドアを見ながら聞いた。
Voice<<武器管理者:初心者の割に威勢が良いな。今回は時間だ。十分間生き延びたら完了。金も得られる。その金で新しい銃の使用許可証を買って武装して行け。
三人共、やっとこのゲームのシステムを理解した。自 分のレベルじゃなく、装備で強くなるタイプのゲームだ。
武器庫の奥のゲートが重々しく開く。広がった光景に、ボクらは目を見開いた。
Voice>> All:これが……戦地?
東京の新宿駅だ。日常的に人が行き交っていて、ここが戦地だなんて全く思えない。
Voice<<武器管理者:どうしたルーキー? 敵を皆殺しにするんじゃなかったのか?
さっさと行けと言う様に、おじさんは笑って言う。
Voice>> All:敵ってなんですか?
Voice<<武器管理者:見てくりゃ良いだろ。そこに答えはあんだからよ。
訝しげな態度に圧されるように、ボクらは足をゆっくりと足を進めた。どうせホログラムの背景みたいなものだろうと判断して歩いていると、一人のサラリーマンとトーマがぶつかった。舌打ちしてサラリーマンは足早に去って行く。
Voice<<東春海:おい、トーマ大丈夫か?
Voice<<仁科冬真:うん……これ、全部モブじゃないみたいだね……。
Voice>> All:動く障害物と考えたら、訓練でやったのと同じだよ。
実際、ビルみたいな岩場で飛来する障害物や転がる岩の中、銃でターゲットを撃ったりしていたことだってある。文字通り、ボクらは訓練されて来た兵士だ。
それよりも、『敵』が問題だった。岩場よりも狭いビル群の中、訓練よりも多い障害物の中で戦うべき相手は──。
ビルの上が一瞬光ったのが見えて、左に身体を旋回させる。地面に銃弾が直撃して、跳弾した弾が通行人の脳天を貫いた。
Voice>> All:敵だ! あのビルの上!! 銃口の発火光が見えた。
ボクらは銃を構え、約二百メートル先のビルに向けて走った。視界の隅で、路地から飛び出してきたフルフェイスヘルメットを被った軍服の姿が、ボクに銃を向けた。
Voice<< ENEMY:ファッキュー!!
舐めたような調子の言葉と、ボクらよりも高性能なマシンガンが火を噴く。通行人が盾となり血を吹き上げる。これがマイナス評価になって報酬に関わってくるのかはわからないけど、もう救えなかった人なら、仕方無い。くず折れるお姉さんを突き飛ばすと、敵の足元に転がった。そっちに気を取られている間に、銃身をヘルメットに突き刺す。トリガーを引くと、アイシールドが中から噴出した鮮血に塗れた。
Voice<<東春海:イズ、すげーな……。
Voice>> All:これでわかった。敵は人間だ。エイリアンでもなんでもない。
そう言っている横で、トーマは敵のヘルメットを脱がせている。白人の男だった。それも、多分十代──ボクらと同じ歳くらいの。
Voice<<仁科冬真:僕、思ったんだけど……このゲーム世界中にあってプレイヤー同士が戦うんじゃないかな?
Voice<<東春海:マジかよ……なのにネットに情報も──!?
ビル陰から新たに銃線が見えて、ボクはハルを突き飛ばした。
Voice>> All:『意識』するんだ。どこかに敵がいるって。それだけで格段に変わる。銃声か光が見えたらかわす事に意識を向けて。
二人は頷いて銃線の方を向く。ボクは二人と背中合わせに銃を構える。
Voice<<東春海:やっべ。なにこれ。スッゲー戦ってる感あるな。
Voice<<仁科冬真:確かに。コントローラーだけのゲームよりも良いね。
背中で行なわれている会話に、ボクはただ頷いた。
初心者で銃一挺のボクらの相手は、一体どれだけ長い期間プレイをしていて、武装しているのか。ヘルメットの有無だけでも充分な差がある。なにせこっちは頭部剥き出しで視界良好で最高だ。
視界の左下にある自分のモデリングの上に、時間が表示されている。まだ三分しか経っていない。敵の数がわからない今は、もう三分と言った方が良いかもしれない。
あくまで、ボクは全滅させる気でいた。
Voice>> All:装備が無いボクらは固まってフォローしあった方が良い。
Voice<<仁科冬真:そうだね。まずさっきのビルの敵を倒しに行こう。
Voice<<東春海:その前に今の奴だろ!!
銃撃が止んだと知ると、言っているそばからハルが一人で走り出した。性格上、そんな予感はしていたから、何の問題も無い。
元運動部はさすがに脚が速い。ビルの角に差し掛かった時、ハルは上を指差し、しゃがむ。上半身があった場所を銃線が抜ける。その何分の一秒か、刹那の差でボクはハルを踏み台にして跳ぶ。二人同時の銃線が敵を撃ち抜いた。
Voice<<東春海:ぅおっしゃあ! ナイス連携!!
跳んだ先にあったポリバケツに乗ってしまい、ボクは盛大にひっくり返ってゴミを散乱させていた。よりによって生ゴミで、ゲーム内じゃなかったら家に帰りたくなってるところだ。
ハルが先頭を切って走り出したのを見て、ボクとトーマは後に続いた。多分、最初に撃って来たのはスナイパーで、接近さえしてしまえば問題無い。ビルの裏側にある階段を駆け上がって、ボクらは屋上に辿り着いた。
まだ間抜けに地面に寝そべってスコープを覗いている。敵が何人いるのかわかってないからだろう。銃口を向けたハルを、トーマが慌てて制止した。
Voice<<仁科冬真:情報を何か聞き出してみようよ。三対一であの姿勢ならこっちが撃たれる事は無いんだし。
Voice>> All:トーマは英語話せる? 会話出来るレベルで。
悪いけど、そのへんはハルには期待出来ない。
Voice<<仁科冬真:自信は……無いよ。
Voice>> All:じゃあ通信とかされると面倒だし撃とう。
言うなり、待ってましたとばかりにハルが乱射する。血を噴出して、ビルの淵から落ちていった。ドンッ! とリアルな、嫌な音が聞こえた。
その直後、『CLEAR!!』という文字が、宙に現れた。相手も三人だったらしい。ロビーに転送されるわけでもなく、地上に降りるとジープがやって来て、運転していたのは武器庫にいたおじさんで、ボクらを乗せてくれた。
Voice<<武器管理者:時間も上々。初心者の割にやるじゃねぇか。
Voice>> All:でも、通行人が何人か撃たれました。
Voice<<武器管理者:人が死ぬ。それが戦争だ。
おじさんは静かに、噛み締めるように続けた。
Voice<<武器管理者:お前らはその為に訓練を受けたんだ。頑張れ。
Voice<<仁科冬真:ゲーム……ですよね?
トーマは恐る恐る言うが、返事は無い。ゲームの中でこれはゲームだと言う様な事は無いだろう。
Voice>> All:そう、これはただのゲームだ。
ボクの言葉に、トーマは安心したように何度か頷き、笑った。
武器庫に戻り、ライフルを『使用済み』の札が掛かった棚に戻して、ロビーに戻った。
美零さんが手招きしてボクらを呼ぶ。ハルが戦闘よりも速く走り出した。
Voice<<東春海:圧勝でしたよ! なぁ!!
Voice<<仁科冬真:凄いのはイズだったけどね。
Voice>> All:そんなの偶然だって。
反論したそうなハルは顔を真っ赤にして、拳を握る。どこかに行く宛も無い手は、宙を彷徨っていた。
Voice>> All:でも、ハルの特攻が無かったら二人目は倒せなかったし……何よりも先頭に立って行ったのはハルだよ。
ボクはそう言った方が良いと判断した。
満足そうに、握られていた手は開かれ、ボクの肩を叩いた。
Voice<<東春海:イズはわかってるな! さすが、俺が見込んだ男!
美零さんは調子の良いハルを笑い、ボクらに銀色の金属製のカードを渡した。
Voice<<美零:実戦の報酬はそのカードに入るから、忘れないようにね。
Voice>> All:……はい
忘れる? どこに?
そんな疑問も一切湧かないようで、ハルは自室に向かって歩き出した。
Voice<<東春海:俺、今日は夕飯当番だからもう今日はあがるわ。んじゃ、また明日ここでな。
Voice>> All:夕飯当番?
Voice<<東春海:うち、親が両方とも働いてるからよ。妹と二人で家事当番回してんだよ。
また意外な一面を見た。トーマが慌てて手を挙げ、
Voice<<仁科冬真:その前に学校があるよ!
Voice<<東春海:あ、そうだったな……んじゃな!
ボクらも、今日はログアウトする事にした。
緊張感からか、額に汗をかいていた。グローブを外したけど、意外に汗はかいていない。
両親がいつの間にか帰って来ていた。リビングから声がする。夕飯を食べに行こうと思ったら、ドアの下に、封筒が差し込んであって、開けてみると一枚のカードが入っていた。銀色の。金属製の。
「これ……」
『P─S 0014 日出 陽
PASS 1208』
そう刻印されている。パスの使い所はどこなんだ?
さっき美零さんに貰った、ゲームの中の通貨を入れるカードそのものだ。次からはこれを持ってログインしなきゃいけないっていうことなのか? 次に入った時に聞いてみよう。
ボクは……ボクらはこの得体の知れないゲームに対して、どうにも簡単に考え過ぎているように思える。
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