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正直に言うと、一晩寝たら目覚めた時には別に誰がバイトしていようが、それはその人の生活であって、これがボクの生活なのだとグローブを手にしていた。ある意味、駄目な奴で良いという開き直りだ。
昨日のボクはおかしかった。おかしくさせられていた。敵の陽動作戦に上手く乗ってしまっていたのだ。
十時の待ち合わせよりも少し早めにログインして、まずは荒らされた部屋を片付けなければいけなかった。
左手のグローブを突けた時、部屋のドアがノックされた。
「何か用?」
「何か荷物届いてるけど?」
母さんの声がして、自然と背筋が伸びた。声の主のせいではなくて、その内容だ。何も通販なんかしてないのにボクに荷物というのは、送り主は一つ──『W・W』しかない。
部屋の前には段ボール箱が置かれてあった。差出人は……。
「……PUNX?」
てっきり、今度は脚に着けて実際に動くようなコントローラーが届くのかと思っていた。開けてみると、中にはスカートが一着入っていた。
そのスカートを手に取ったまま、ボクは考えに考えた。それは、昨日ゲーム内でルナが買ったものだった。画面じゃわからなかったけど、赤地に黒いチェックの線が全てレースになっていて細工が細かい。店舗限定でしか買えないということは、通販でもない。ボクは、実際に昨日店で買った事になっている。
ボクらはただゲームをしているだけじゃない。フィールドは現実にある場所。買い物をすればそれは現実に届く。金は実戦でいくらでも稼げる。
敵が徒党を組んで必死になっていた理由がよくわかった。
とりあえず、スカートは次に会った時に渡すとして、この事をハル達に伝えるべきだ。
急いでログインして、荒れた自室にも目もくれず、ロビーに駆けた。十時が待ち合わせと言っても、どうせハルは美零さん目当てでもう来てるだろう。
その予想は裏切らず、受付カウンターにべったりと張り付いている姿があった。ちょうどトーマも一緒だ。
Voice>> All:二人とも! 聞いてくれ。大ニュースだ!!
興奮のあまり、声が大きかった。現実の部屋の外にも聞こえたかもしれないけど、気にすることじゃない。
Voice<<東春海:なんだなんだ? あぁ!! まさか付き合ったとか……。
Voice>> All:違う。もしそんな事になっても言わないし。
Voice<<東春海:いや、言えよ!! 友達じゃねーか。
その一言に、湧き上がっていた興奮は少し収まった。周りに自分がどう見られているかなんてわからないから、ルナの言い分は当たっているかもしれない。でも、こうしてちゃんと『友達』と言ってくれたのだ。
Voice<<仁科冬真:今日はイズも早いね。ていうか、操作してるのはちゃんとイズだよね?
Voice>> All:そう。トーマもきっと驚く事が起きたんだ。聞いてくれ。
なんとなく美零さんには聞かれたくなくて、噴水の縁に移動してボクは件の話を言うと、二人は顔を見合わせていた。
Voice<<仁科冬真:要は、通販も出来るって言う事……で良いの?
Voice>> All:だから、昨日買った物は通販じゃ買えない物なんだよ。このゲームと現実の世界はリンクしてるんだ。
Voice<<仁科冬真:でもその理論で行くと、その店もこのゲームの協力店ていうことになるよね? このマイナーなゲームでそんな事出来るのかな?
トーマは信じられないみたいだった。反論は的を射ているからボクも疑わしくなったけど、実際に物が届いた身からすると、やっぱり否定出来ない。
この平行線を終わらせたのはハルだった。
Voice<<東春海:よし、じゃあ俺らもなんか買ってみようぜ。そんで届いたら、本当ってことだ。
Voice<<仁科冬真:食べ物とかは無理だろうね。例えばこの間の祭の露店とか。
この機能を最大限に活かす為に、ハルは頭を真剣に巡らせたみたいで、にんまりと笑みを零した。ただ溢れたみたいに。堪えきれなかったみたいに。
Voice<<東春海:例えばだけどよ、ゲーム内で買った物は現実に届くんだろ? それを売ったら現実の金に変えられるって事じゃねぇか?
Voice<<仁科冬真:元手はタダみたいなものだしね……でも、上手く行くかな?
トーマはやっぱり半信半疑だ。でもハルの提案はボクも試してみたいところではある。ランクを落とせば報酬は減るけど、確実にいくらでも稼ぐ事は出来るのだから。
Voice>> All:でも、何を買う?
Voice<<東春海:高くて売れる物って言ったら……宝石か?
直感的なハルの提案だけど、ボクらはさすがに否定した。高校生が売れるようなものじゃない。珍しくボクらは出撃前に議論する事になった。戦闘とは全く関係無い事をこれまで以上に真剣に。
待ち合わせを五分過ぎた辺りで、山本が遅れてやってくる。
Voice<<山本太一:遅れてごめん! 犬の散歩が長くなって……。
Voice<<東春海:タイチよぉ、俺らでも売れる物って何がある? 高いやつ。
唐突な問いに、首を傾げながら山本は言う。
Voice>> All:服とかアクセとか? シルバーの高い奴ならネットオークションでも値が付くし。
Voice<<東春海:それ、高校生でも出来んのか?
Voice<<山本太一:オレやってるし、売るよ? 使わなくなったやつとか売ってるんだ。
なんとなく、山本がシルバーアクセとか身に付けている姿が想像出来ないのは三人共同じで、苦笑いする顔を見合わせた。それでも道は決まった。海外のインポートブランドならアクセに限らず高いという事を聞き、美零さんに駄目元で、銀座で戦えないものかと頼んでみると、それはあっさりと受理された。
金は、欲は興奮を掻き立てる。特にハルは初めて行く土地にも関わらずに尋常じゃない強さだった。
敵は十人ほどだったけど、あっという間に残り一人になった。
Voice>> All:待ってハル! 全員倒したらクリアになる。買い物してる時間が無いぞ。
Voice<<東春海:あぁ! つーかどこ行ったら良いんだ?
Voice>> All:デパートに行こう。有楽町の方に阪急とかあるし。
一人残された敵は、意味不明に撤退するボクらを追おうとしなかった。どうして撃たないのか理解出来ない山本は、もたつきながら走った。
Voice<<山本太一:なんで撃たないの!? あれで終わりなのに!!
Voice<<東春海:タイチよく聞け! この世界で買ったもんはな、現実世界に届くんだ。だからこの世界で高いもん買って、現実で売る! それで俺らは金持ちだ。ゲームしてるだけでな!!
Voice<<山本太一:だったら銀行に行って金取ったらいいんじゃ……。
こいつゆくゆくは立派な犯罪者になるんじゃないのか?
Voice<<東春海:それじゃゲームのクレジットが増えるだけで意味ねーよ!
完全に背を向けて走っているのに、敵は撃ちもしない。ボクは買い物という興奮が冷めて、冷静になった。
昨日の原宿もそうだ。どうしてファミレスの兵に客は平然としていた? ボクらには怯えていたのに。それに、他の二方の敵は、開始と同時に撃ち合いをしていたなら、開戦に時間が掛かったボクらよりも早く決着が付いていたはずだ。
行動範囲が決まっている? ボクらは戦闘を放棄して買い物に向かったり、こうも自由に動いたり出来るのに?
デパートが見えて来る。四人の武装兵に、客も店員も悲鳴をあげた。
Voice<<東春海:さ、どこ行く? 一番高いもん買おうぜ!!
水を差すのはやめておこう。この予測が当たったからといって、どうという事もない。
慣れたように歩く山本の後をついて、それぞれが二桁万円もするような鞄だったりアクセサリーだったりを買った。店員が手袋を着けてケースから出してくれた物を、武装兵は躊躇無く掴む。同じぐらい汚れて送られてくるなんていう、余計なリアルさは無いことを祈る。
あとはレーダーを見て、残りを始末すればいいだけ。敵は、さっきの場所からあまり動いていない位置にいる。
買い物袋を持った四人の兵に一斉に襲われた最後の一人は、抵抗する間も無く倒れて、ミッションは完了した。
武器庫のおじさんが迎えに来た時、買い物袋を持ったボクらの余裕をニカッっと笑っただけで、特に追求もしなかった。これは正式に認められている行為という事が証明された。
ロビーに着くなり、報酬を受け取ったついでに、ハルはもう一戦受注をした。丁度いいから、ボクはさっきの予測を確信に変えようと思う。
Voice>> All:あの、敵は最大で何人と戦う事が出来ますか?
Voice<<美零:そうね……君達のランクと人数なら二十人かしら。
今まで相手にした事の無い数だ。でも、倒した人数が多ければ報酬だって当然増える。けど、その数に三人は口を閉ざした。
Voice>> All:じゃあ、敵の数はその人数でお願いします。今回の場所はどこでも良いです。
Voice<<東春海:お、おい! そんなに戦えるかよ!
Voice>> All:大丈夫。勝てる。
予測が当たればだけど。
美零さんは何も言わずにいつも通りにこやかに、事務的に手続きを済ませてくれた。
Voice<<美零:無事を祈ってるわ。
Voice>> All:問題ありません。
そう断言した。そうしないと、無謀な挑戦に三人は不安を抱くから。
ボクはそうした方が良いと判断した。
連戦は休みの日はいつもの事だ。休憩の意味を含めてなのか、二戦目は軽いステージにしてくれているから、いつもクリア出来ていた。でも今回は違う。最も困難かもしれない。
Voice<<東春海:イズ、金が欲しいからって無理してもしょうがねぇぞ。
Voice>> All:無理じゃない。戦地に着いたら話すよ。
武器庫のゲートが開く。今回の戦地はどこかの森だった。木々の間から射す日差しは、現実なら気持ち良さそうだけど、所詮ゲームでは何も感じない。顔を上げれば眩しい。それくらいだ。
ボクらが戦地に出ると、ゲートは閉ざされる。もう逃げられないというように。
まずはレーダーで敵の位置を確認。正面に四。右に五・三。下に二。左に四。そして──銃線が向かってくる。
すぐそばの木の上に二人。それくらいならボクとハルの二人ですぐに撃ち落せた。
Voice<<仁科冬真:敵はどこにいるの?
トーマの質問に、ボクはレーダーの情報を伝えた。すると、山本は再び敵同士の撃ち合いが始まるのを待とうと言った。二人もそれに同意したけど、ボクは首を振った。
Voice>> All:昨日のファミレスの事を思い出して。客はボクらにだけ驚いていただろ?
Voice<<仁科冬真:確かに。ずっと敵も撃ってたのに……。
Voice>> All:ボクらは最初に倒した敵が人間だったから他のプレイヤーと思い込んだけど、NPCなんだ。街中の通行人と同じく、始めからこの場所にいる。
Voice<<東春海:だったらなんで撃ちあってたんだ?
ハルが周囲を見ながら言う。警戒する必要は無い。何故なら、
Voice>> All:演出だ。ボクらとゲーム開始が同じ時間ならとっくにケリは着いていたはずだし。
昨日はレーダーを見られなかったけど、今ははっきりと、膠着状態の敵が見える。全く動いちゃいない。
勘の良いトーマは気付く。ボクらはいつも当然のように敵を探して、倒す為に特攻していたから気付かなかったけど。
Voice<<仁科冬真:これって、僕達が動かなければ戦況は変わらないって事?
Voice>> All:そう。今も誰も動いてない。ボクらが一つのチームを倒せば、それに合わせて敵も動く。そういうゲームだ。
ハルは考える事をやめたのか、山本の肩を叩いて歩き始めた。
Voice<<東春海:結局、敵を倒す事に変わりはねぇんだろ?
Voice>> All:その倒し方も簡単なんだ。さっき戦った有楽町の最後の一人も、ファミレスの奴らも移動しない。それぞれの持ち場があって、そこから動けないように設定されているんだ。
Voice<<仁科冬真:その範囲の外から撃つ……って事?
トーマの得意分野だ。特に、これだけ身を隠せるなら尚更。厄介なのはその行動範囲を知ることだけど、ある程度逃げれば途中で追わなくなるはずだ。
そんな戦い方を、ハルが気に入るとは思えない。けれど、現実の金が掛かっているとなれば話は変わるみたいだ。
たまにゲームを楽しんで、あとは金を稼ぐ。それで簡単に納得してくれた。
Voice<<東春海:ま、楽しめれば俺はそれでいいや。さっさと倒しに行こうぜ。
そのハルの言葉を皮切りに、時計回りにボクらは森を徘徊し、予測通りに順調に敵を倒して行った。報酬はこれで一人約十五万円。楽な『仕事』だった。
その後も三度ほどの『仕事』をして、一度買い物を含めた『ゲーム』をしてログアウトした。
ゲームをした時、ボクはペットショップに一人で行って、猫の缶詰を大量に買った。トイレの砂もベッドも買ってやった。問題はその後の戦闘だった。両手が完全に塞がったボクは、三人に助けられるという本末転倒の結末を迎えて笑われながら終わった。
翌日、やっぱり朝一でノアの為の物が届いた。これは親にバレてはいけないと、玄関で一時間も待っていた甲斐があった。
ゲーム内の自室に置いた物が全てそのプレイヤーに届くらしく、売る為の物は全て山本の部屋に置いたからうちには来なかった。
ハルは勿論、ゲームと現実はリンクするという事をようやく信じてくれたトーマも山本も、俄然やる気を出した。
この事実はいつの間にか、他のプレイヤーにも広がったらしく、いくつかのグループが統合されて、より確実に報酬を得られるような動きが出来ていた。
そんな連休も最後になる前日、ルナと遊ぶ事を理由に翌日はログインしないことを三人に伝えておいた。また一緒にやればいいのにとトーマは言ってくれたけど、そういうわけにもいかない。
『明日、来るって言うのは覚えてる?』
寝る前にルナにチャットアプリでメッセージを送ると、待っていたかのような早さで返事が来た。
『むしろ陽が忘れてるかと思ってた。一時くらいに行くね』
明日、彼女が来ると思ったら熱が甦ってくる。唇が触れそうな距離。声と一緒に届く息。笑った時に少し細くなる、黒いメイクの中の目。思い出しただけで、鼓動は速く、疾くなった。
ノアもわかっているのかいないのか、グルグルと喉を鳴らしながら胡坐をかいた脚の上で上機嫌に眠っている。お前は撫でられるだけでいいなと、心から思う。掻き乱されることは無いのだから。
翌朝、十時前にインターフォンが鳴って、予定よりも早過ぎると思いながら玄関を開けると、山本が金を届けに来てくれた。想像していたよりも早く売れたらしく、封筒の中には八万三千円も入っていた。確実に売る為に破格の設定にしている事を山本は謝って来たけど、相場も知らないしこれで充分だ。
「ありがと……ていうか、家の場所よくわかったな」
「ハル君から聞いたんだ。連休だし金いるかと思って。デートだし金必要だろうから持ってってやれって言われてさ……」
曲解されているけど、金はあるに越した事は無い。ゲームとはいえ、自分で稼いだものだし、正直金額が大きくて驚きもあるけど、貰っておいて間違いは無いだろう。
「デートっていうようなものじゃないんだけどな……今日も三人でログインするのか?」
「うん。ハル君が今日は連休最後だから稼ぐって張り切ってたし。じゃあ、また明日学校で」
まるでハルの子分みたいだと思った。随分と気に入られてもいるみたいだし、反抗しなさそうで使いやすいと思う。
バイトもしない未成年が万札を手にする機会なんて、正月くらいだと思っていたけど、こうして妙なゲーム機のおかげで手にしているのだから、世の中何が起きるかわからないものだ。
一ゲームくらいなら付き合おうかとも思ったけど、三人でやるつもりみたいだし遠慮する事にした。約束の十三時まで、ボクは部屋で寝ているノアにちょっかい出しながら、限界までだらだらと過ごす事にした。
十三時を回る五分くらい前に、再びインターフォンが鳴った。
ゴールデンウィークにもかかわらず、父は勤めている保険会社の営業が忙しく、母はスーパーでパートをしているからいない。だから、慌てる必要も無く玄関に向かう。いつも通りにメイクばっちりで、ボロボロの黒いパーカーのフードを被ってルナはやって来た。ボクも味気の無い黒いパーカーとジーンズだけど、趣は大きく違っている。
デニムも破れていて、太腿から下が隙間だらけでほとんど見える。ブーツだって傷だらけでつま先の鉄板が剥き出しになっている。歴戦の兵士かと思うような。
「上がっていい?」
「あ、うん……勿論」
見た目を裏切る声は、私服だと更に威力を増す。
「親いないから気を使わなくていいよ」
「うん。いても使わないけど」
……おい。女子とはそういうものなのだろうか。いや、そんな事は無いはずだ。でも、それも押し付けと言われそうだ。
スタスタと部屋に行くと、ドアを開けた瞬間に出迎えの鳴き声が聞こえた。続いて、ルナの文字通りの猫撫で声。
「そうだ。こないだゲームで服屋に行ったの覚えてる?」
「うん。すっごいリアルなやつっしょ?」
一応、親に見られないように押入れの奥に隠しておいたスカートを見せると、ノアはパッと放られた。
「えー! 何これ!? 買って来てくれたの!?」
ボク以上の驚きだ。普通に考えればそう思うだろう。むしろ、そういう事にした方がいいのかもしれないと、一瞬過ぎったけどそんな嘘は良くない。
「ゲームで買った物が実際に届くんだ。だからノアのベッドとか餌もたくさん買ったし」
「エサじゃなくてご飯! それってゲームで通販出来るって事?」
「ボクもそう思ったけど、でもそのスカートって店に行かないと買えない物なんだろ? だから、ゲームの中と現実がリンクしてるんだよ。しかも、ゲーム内の金で買える!」
話だけならやっぱり現実味は無いけど、実際に目の前に物はあるから、ルナだって信じるしかなかった。
「これ、アタシが貰って良いの?」
「そりゃボクが持っててもしょうがないし」
「女装に使えるよ?」
「ボクをどうしたいんだよ……」
ケタケタと小馬鹿にしたような、教室では絶対に見せないような顔で笑った後、ルナは大切そうにスカートを抱き締めた。
「ありがとう。大事にする。着てみて良い?」
「今!?」
拒否は許さないというように、シッシッと手で追い払われて、ボクは部屋を出た。ここは自分の家である事を確認しに、台所に向かった。相変わらず、お茶の類しかない冷蔵庫で、またペットボトルの紅 茶を持っていく事にした。
「良いよー」
声がしたから、ドアを開けた。履いてみると現物を見ていただけの時よりも短い。
「それで胡坐かくのはやめてくれ」
「押し付けだね」
「いや……中が見えてもいいならボクは構わないけど……いや、やっぱりこれは押し付ける」
「は~い」
多分不慣れな正座で座ると、その上にちょこんとノアは乗った。どっちが飼い主かわからない。
「ボクは今ゲーム内で六十万円ぐらい持ってるんだけど、何か欲しい物ある?」
「欲しい物なんかいっぱいあるよ! 陽は無いの?」
「特に。だからゲーム内の武器とかにしかお金使ってないんだ。あとは売るために海外ブランドの物買うくらい」
ボクはB・Bの電源を入れた。ログインしないと言ってたのはこの為だ。
「買い物に行こう。使っても金はいくらでも稼げるし。どこに行きたい?」
「買ってくれるって事?」
飛び付くと思ったのに、予想に反して戸惑った表情を返された。
「うん……あ、いや別に下心は何も無いんだ。ただせっかく仲良く慣れたしさ。こういう便利な物があるなら共有したほうが良いと思って」
唇を噛んで、ルナは頷いた後で小さく、声を殺すように言った。
「ありがと」
実際に金を払うわけでもない。ただ遊んで入った金で買うだけなのに。このシステムを知った時のハルのテンションと違い過ぎた。 アイウェアとグローブをルナに着けさせて、まずは美零さんの所に向かわせた。
「あら? 今日は彼女とデートだから来ないって聞いたのに」
「……彼女?」
アイウェアの中で目がパチパチと動く。このお姉さんは何言ってんの? という感じに。それよりも、ハルはどこまで話を大きくして広げているのだろう。
「それ、ハルの思い込みですよ。実戦の申請したいんですけど」
「ランクはいつもの5で良い?」
「いえ、今日は1でお願いします。なんていうか、初心に帰るのも大事かと思って……」
ボクは聞かれてもいないのに、いちいち理由を付け足さないと気が済まない性格みたいだ。
「良い心掛けね。ついでだから、初心者二人の実戦に付き合ってあげてくれない? 今日が初めての子達だから、日出君くらいのプレイヤーがいたら安心だし」
「……はい。あ、場所は……」
声を潜めて、「原宿」とルナは言う。
「原宿でお願いします」
「ん~、でも今は東君たちがいるけど良いの? 避けたいなら渋谷から行くとか。歩いても行ける距離だし、時間差で東君たちはクリアすると思うから」
「じゃあそれで……」
鉢合わせはうるさそうだ。絶対に今は会いたくない。
敵を残り一体にして、原宿まで行って買い物。そして……殺す。
ランクから考えて一人でも出来そうだ。新人二人は適当に隠れていてもらおう。
武器庫に行くと、その新人の二人が初期装備のアサルトライフルを肩に掛けて、緊張の面持ちだった。まだヘッドギアも無いからその顔は丸見えで、年は多分同じくらいだった。ルナは何も言わなくともその二人の方に向かってくれた。
「キミらが新人だな? 一緒に行く事になったからよろしく」
まるで初心者に同行するNPCみたいだと、定型文的な発言がちょっと面白かった。多分、今ボクは機嫌が良い。
二人は、背筋を伸ばしてボクに礼をした。ヘッドギアを着けているし、おじさんから貰ったコンテナの武器もマシンガンだし、明らかに同ランクではないとわかったみたいだ。
「日出。無茶させんなよ?」
「わかってますよ。無傷でクリアしますから」
そういえば、ボクらはまだ被弾したと言っても脚をかすめたとかそんな程度で済んでいる。他のプレイヤーはどうか知らないけど、多分、かなり強い方だと言って良いだろう。
戦地へのゲートが重々しく開く。新人二人には戦場だろうけど、ボクにとってはただの買い物場所への扉が開いたに過ぎない。
「これって……渋谷のハチ公前……ですよね?」
新人の片割れ──『Souta Iwata 』とカーソルが指している彼が見回しながら言った。
「そう。戦いは実際にある場所で行なわれるんだ。戦闘を繰り返して報酬を貯めたらまずレーダーを買った方が良い。それだけでだいぶ楽になるから」
「はい!!」
気分は完全に上官だった。ルナもそんな様子を面白そうに見ていた。その右手を掴んで、レーダーを起動。その瞬間に、にこやかだった顔は困惑の色を見せた。
「敵はどの辺にいる? 一体だけ残してとりあえず原宿に行こう」
数えているのか、首を上下に揺らして画面を凝視している。数えるほどいないと思うのに。ここはランク1なのだから。
「いっぱい……三十はいるかな。囲まれてる……」
「……三十? それ……ちょっと見せて」
アイウェアを装着すると、驚愕させられた。レーダー上を見た事も無い数の赤い点が蠢いていた。
Voice>> All:キミ達は基本操作くらい出来るな? いや、渋谷に来た事は?
二人とも首を横に振った。知っている街なら、初心者のルナでも速い移動は出来たけど、こうなったら無理だ。移動の速さだけでは勝てない。無傷でクリアなんて大きな口を叩いた手前、死なせるわけにもいかない。
絶対にしたくなかったけど、ボクは無線を起動した。
Voice>> All:ハル、トーマ。聞こえる?
Voice<<東春海:おぉ! ログインしないんじゃなかったのか?
Voice>> All:いや、ちょっと用があってさ。それより、まだ原宿にいる?
そしてトーマも応答した。
Voice<<仁科冬真:三人でいるよ。でもおかしいんだ。レーダーが無いから敵の総数はわからないんだけど、もうかれこれ四十近く倒してるのに。もうハルも疲れ切ってるよ。
Voice<<東春海:バカ言うな! まだ行けるっつーの!!
美零さんが受注をミスった? あるいは、買い物なんてしてたからペナルティでも発動してるのか?
Voice<<仁科冬真:イズは? どこにいるの? 一人?
Voice>> All:いや、ランク1で初心者連れて三人で渋谷。そっちと合流したいんだけどいいかな?
Voice<<東春海:来いよ! レーダーありゃこっちの数もわかるし。それにランク1だったら敵は三人くらい──
Voice>> All:四十近い。
無線の向こうにも緊張が走ったのが伝わった。何が起きているのかボクらには全く理解が出来てなかった。原宿組と合わせたら、半分倒したとはいえ、総数は八十以上もいることになる。
Voice<<仁科冬真:明治通りを道沿いに真っ直ぐ行って! 僕達も途中でぶつかるように向かうから。
Voice>> All:了解。助かる。
Voice<<東春海:てかよぉ、デートじゃなかったのか?
Voice>> All:……その話は後でしよう。ボクも言いたい事があるから。
関係無い美零さんにまで言ってくれて……。渋谷の赤い点はボクらの方に密集する形でどんどん迫っていた。囲い込むようにジリジリと。当然ながら、新人二人はボクの指示を待っていた。
「ルナ、ごめん。買い物はちょっと待ってて」
「うん。つーか、やってるとこ見たいし良いよ」
アイウェアを掛けた側だと、外の様子が見えないけど、会話出来たという事は、あの距離にいるわけだ。妙な緊張感が込み上げた。
Voice>> All:キミらも走ることは出来るな? 敵が見えてもまずかわすことだけに集中して。撃つのはボクがやるから。行くぞ。
走り出した瞬間、赤い点がボクらを追うように列を形成し始め、円だった斑点はマダラに崩れて延びていった。
「ルナ、前にいると危ないかも」
「はーい」
マシンガンを二挺構えると、現実の背中に重みが掛かった。腕が絡んでくるような感じもある。抵抗出来ないのを良い事に、好き放題されそうだ。
それでも、今は分断しているとはいえボクらはまだ無敗で、黒星を付けるわけにはいかない。こんなバグみたいな有り得ないステージといえど。
後ろから銃線が飛んで来た。敵が大挙しているのがレーダーでわかる。新人はあたふたと喚きながらも、なんとかかわしてくれていた。敵のエイムは上手いわけじゃない。数の暴力というのはこのことだ。だったらこっちも食らわせてやる。
走っていた右足を前にして、そのままターン。視界は百八十度回転。それを『意識』だけで行なう。
両手を真っ直ぐに向け、狙いは適当でも多過ぎる敵のいくつかは倒せるという『判断』。トリガーを引き『判決』。
弾丸一つ一つの火力を犠牲にしているせいで、連射力は別格だ。狙い通りに敵の足は止まり、その場でくず折れた。それでもまだたった五人だ。
再びターンをして走り出す。
Voice<<岩田宗太:あの……ヒイズルさん? てランクいくつなんですか?
Voice>> All:普段は5でやってるけど、たまに遊びで1に来たらこんな事になってる。今は運が悪かったけど、終わったら運が良かったと思えるよ。報酬はとんでもないだろうから。
倒したプレイヤーに報酬が支払われるわけではない。同行したプレイヤー全員に支払われるから、クリア出来たなら彼らはラッキーだったと言えるはずだ。
来た事の無い道を走るのはボクも同じだ。更にレーダーの確認に加えて、敵が来たら撃つ。
かわし損ねた新人のもう片割れ──『Hiroshi Yokoyama』が脚に被弾して、大きく移動速度を遅らせた。必然的に、それを庇う為にボクも移動を遅らせて、交戦を余儀なくされることになった。
敵の数はレーダーでなくとも視認出来る範囲で十五人もいる。ボクは二挺のマシンガンを使って応戦したけど、数の暴力に耐えられるだけの火力ではない。
Voice>> All:キミらは早くどこかに避難しろ!!
負けたくないという意志が、必然的に声を荒げた。邪魔だとはっきり言いそうになったけど、新人であるという事がまだ頭にあってくれたお陰で、それは出ずに済んだ。
建物や、路上駐車中の車を遮蔽物にして、なんとか無傷なままでいられたけど、レーダー上ではまだ敵はここに向かって来る。
それもおかしな話だった。今までなら、大体行動範囲は決まっていて、いつまでもどこまでもプレイヤーを追って来るなんていうことは無かったのに。
Voice>> All:ハル達は今どこ?
Voice<<東春海:こないだのファミレス辺りだ!
ここからどれくらいなのか、地形の出ないレーダーでは全くわからない。すると、背中の重みがフッと消える。
「まだ陽の位置から結構あるよ。こっちは宮下公園くらい」
Voice<<東春海:須山ぁあ!? やっぱ一緒なのか!?
Voice>> All:それはどうでもいいだろ!! こっちはもう移動不能だ。
撃たれてない方の新人──ソウタも、どう動けば良いかわからずにウロウロと回転しているだけだ。思考がダイレクトに反映されるゲームの最大の欠点を披露してくれている。このままだと壊滅の道しか見えなくなってしまった。
Voice>> All:撃つだけ撃て! 威嚇程度にはなるはずだ!!
せめて足止めだけでもしておけば、ハル達が間に合う。そんな暗黙の信頼と安心を彼らには求めていたし──
Voice<<東春海:宮下公園? とかいう所見えて来たぞ! イズどこいる!?
応えてくれる。増すばかりの銃線は、ボクの頭部を寸前でかすめて、車のリアウインドウを割った。中からおじさんの呻く声が聞こえたから、被弾してしまったのだとわかった。これがゲームじゃなかったら、見知らぬおじさんは見知らぬ兵士に遮蔽物にされたせいで見知らぬ奴に殺されてしまった事になってしまう。
Voice>> All:黒いセダンとシルバーのボックスカーの後ろに隠れてる!
原宿組の方からも、まだ敵を示す赤い点は十個ほど迫って来ている。両サイドから挟み込まれた形で、ボクらは最悪な戦況を迎える事になった。
Voice<<東春海:いた! 大丈夫か!?
まさか車の上から声を掛けられると思わなくて、ボクは一度周囲を見回してしまった。車の上を走ってくるとは、ハルはゲームを満喫している。
Voice>> All:大丈夫。ていうか、車踏みつけるなよ。
跳び下りて、ハルはボクの隣にしゃがみ込む。左腕が被弾したみたいで、血が流れていたけど、そのグラフィックもリアルなものだった。
Voice>> 東春海:無傷クリア記録も打ち止めだな。
Voice<<東春海:マジ、ゲームで良かった。思いっ切り撃たれたし。クソッ!
実際に撃たれていたら、こんな悪態を吐けるのだろうか。この日本に住んでいる限り、普通に過ごしていれば銃で撃たれるなんていう痛みを体験する事は絶対に有り得ないから理解のしようもない。
Voice<<仁科冬真:僕達も着いて同じ車の反対側にいるんだけど、敵の数は?
Voice>> All:原宿の方が十。渋谷がまだ三十……二。しかもそいつら──!?
目の前の車のボンネットに銃線が三つも走り、ボコボコにした弾が足元に落ちた。
Voice<<仁科冬真:敵が陸橋に上ってる。このままじゃ僕達ただの的だよ。
Voice>> All:先にそっちを片付けよう。地形的に不利過ぎる。
立ち上がろうとしたボクの腕は、ハルに掴まれた。ヘッドギアの奥の顔が自身有りげに笑っていた。
Voice>> 東春海:何かあるのか?
Voice<< 東春海:渋谷の敵が集まるまでどれくらいある?
もう一つの塊にも近い、敵の集団は多分公園に差し掛かるぐらいで、完全に射程距離に入っていた。多分、ボクらが出て行けば即座に合計四十二もの銃線が襲うだろう。
Voice>> All:もう集まってるよ
逆に、ボクらの攻撃の射程範囲でもある。たった四つ(そのうち二つはボクのマシンガンだ)と、新人と山本による、三つの撃つかも期待出来ない銃だけだけど。
ハルは、上着のポケットから手榴弾みたいな黒い塊を出して見せた。たった一発の爆撃でも戦況はひっくり返せるかもしれない。
Voice<<東春海:敵を全部車道におびき出そうぜ。まず全員原宿方面に走れ。イズは敵が全員車道に出たら合図しろ
作戦の全容はよくわからないけど、目の前の車が撃たれまくっているし、渋谷の連中も迫って来ている。
トーマと山本も、その先の見えない作戦に「了解」と返した途端に、ハルは走り出した。
特攻はハルの十八番だ。ボクはその後ろ姿を追うのにも馴れていたし、二人がそれを追うのも慣れたものだった。
もう撃ってくれと言っているようなボクらを、リクエストされたように後方からも頭上からも銃弾が降り注ぐ。陸橋を走り抜けた時に一時的に雨が止んだだけで、通り抜けたらまた始まる。この雨はボクらを血で塗らすだろう。前方には、車の陰から残りの五人。反対の車線からは二人。入り乱れた銃線は通行人も巻き込んでの大惨事を繰り広げた。
先頭を走りながら、ハルは撃ち返しもせずに僅かに被弾しながらも走っていた。ボクに合図の催促もしない。誰も。いつが最適なのか、この敗戦ムード一色の中で戦況を返す判断をボクに委ねていたのだ。
あと一つの点が車道に出れば……。そう思った刹那──
Voice>> All:今だ!! 全員出た!!
待ってましたとばかりにハルは振り返り、振りかぶった。
Voice<<東春海:目ェ潰れぁ!!
ボクは……いや、多分三人共それは手榴弾で、敵の一団全てを吹っ飛ばすために引き寄せていたのだと思った。でも実際は、目を閉じているボクの肩をハルは叩いて、
Voice<<東春海:走れ! いい加減あいつら全員ぶっ殺してやろうぜ。山本は陸橋行け! お前でも倒せる!!
投げた物は閃光弾だった。ハルとボクはまずは目のくらんだままの原宿組の敵を撃ち抜く。
山本も、撃ち放題の敵を倒したらしく、宙には『CLEAR!!』の文字が浮かんだ。下にも何か書いてあるけど、それどころじゃない。原宿組はそれでクリアでも、ハル達は終りにはしなかった。
渋谷に向かって放たれた銃線は、それまでの沈黙から解放されたように勢いを増したように思えた。
閃光弾の効果も切れると、まだ二十もの敵が仕返しだというように銃を構え直した。
陸橋という狙撃位置を奪い取ったトーマがいる以上、こちらの有利には違いなかった。
一人、二人とスナイパーが撃ち抜く間に、ボクらは路上駐車の車を踏み越え、ホームレスの荷物を蹴散らして歩道に回り込んだ。目の前にはもう敵の一団が見えた。
Voice<<東春海:任せた!!
ハルはそう言うや否や、敵地に向かって走り出す。いくつかの銃口が当然向けられると、ハルはスライディングした。かわす為じゃなく──
Voice>> 東春海:口で言えよ!!
地を滑りながら回転したハルの、ピタリと合わせられた足はボクの方を向き、その足を踏みつけて跳躍。押し上げられたお陰で普段よりも高く跳ぶ事が出来た。完全に、ボクとハルの動きのイメージはシンクロしていた。
この僅か一秒ちょっとの間に、ボクは敵の頭上を越える事が出来て、両手を広げてトリガーを引いた。地上では寝転がったまま、ハルがショットガンで敵のどてっ腹を撃ち抜く。密集地で散弾銃は威力を十二分に発揮した。
着地の勢いで、ボクは敵の一人に掴みかかると、そのままもつれ合うように倒れた。ほぼ零距離で銃の向け合いになったけど、銃身の長いアサルトライフルではボクの短機関銃の方が有利だった。
散々苦労させてくれた恨みも込めて、怯える顔にヘッドギア越しに弾丸をくれてやった。
後ろから狙われているのはわかったけど、そんなのはどっちかが撃ってくれる。
やっぱりだ。二人の敵が倒れたのを見計らって、ボクは立ち上がった。ハルがボクの肩に拳をぶつけ、
Voice<<東春海:信用しすぎんなって前に言われたじゃねぇか
どの口が言うんだか。そして、それを言われたのはボクじゃなかったはずだ。
Voice>> 東春海:敵のど真ん中で昼寝した人に言われたくない
談笑していると、『CLEAR!!』の文字が新たに二つ現れた。
そのうちの一つには『Go to NEXT STAGE』と追加されていた。原宿組の方にも。新人とはどうやら別扱いだったらしい。
Voice<<仁科冬真:まさか連戦ていうこと?
陸橋からやってきたトーマが不穏な変化に疑問を持っている。勿論、ボクもハルも。
正直、今からはきつい。というか、ルナが家に来ているのだからゲームしている場合じゃない。あぁ……クリアしてしまったから買い物に行けなくなってしまった。
武器庫のおじさんが、荷台を牽引したジープでやって来た。ボクらは連戦と思い込んでいたから乗らないでいると、
Voice<<武器管理者:早く乗れ。帰るぞ
Voice>> All:え? 良いんですか?
Voice<<武器管理者:なんだ、歩いて戻るんならいいけどよ……そういえば、お前ら結局合流してたんだな
追記の意味がわからないまま、六人では狭い荷台にボクらは乗り込んだ。新人の二人がか細い声で「ありがとうございました」と言った。正直、一人でやったのと変わらないからその言葉は正しいのだけど、形式上で二人の健闘を称えた。それに……、
Voice>> All:多分、こうなったのはボクのせいだ。ランク1のステージでこんなに敵は出ないから次からは気楽にやると良いよ。あ、今日の報酬でまずレーダーを買うように
まるで訓練兵みたいに「はい!」なんて声を揃えられると、本当に上官になった気分だ。それが良い気分かはともかく、もう二度と一緒に戦う事にはならないだろう。
ロビーで報酬を受け取ると、その額はやっぱりいつもとは桁が一つ違っていた。新人だってその額を受け取っているとすれば、装備を揃えてしばらくは余裕でクリアしていけるはずだ。
Voice>> All:美零さん、クリアした時にNEXT STAGEとか出てたんですけど、あれはなんですか?
答えを待つボクらに、明らかな含みを持った笑みを見せて、眉を上げた。
Voice<<美零:お楽しみに~っていうことくらいね、今言えるのは
首をかしげていると、そんなこと良いとばかりに、ハルは勢い良く肩を組み、
Voice<<東春海:今日ログインしねぇって言ったよなぁ? てっきりデートが流れたから来たのかと思ったのに一緒だしよぉ……なんだ? ヴァーチャルデートか?
Voice>> All:そういう言い方もあるな……ゲーム内でいくらでも稼げるからルナに何か買ってあげようって思ってログインしたんだけどさ、まさかあんな事になるとは思わなかった。でも本当に助かったよ
ボクは素直に握手を求めたのに、ハルは自室のある方へと走りながら、「この裏切り者ぉ~!!」なんて言うものだから、他のプレイヤーの注目の的だった。
Voice<<仁科冬真:でもさ、言ってくれたら僕達がサポートしたのに
Voice>> All:それはわかってるんだけど、ただの個人的な遊びに付き合わせるのは悪いし。まぁ、今日はもう上がるよ。また明日……あ、学校始まるのか
Voice<<仁科冬真:うん、学校でね
トーマは文句一つ言わないでくれるからありがたい。
ログアウトしてアイウェアを外すと、ルナは授業中と同じく、部屋のロウテーブルに頭を付けて寝ていた。人の家という気兼ねも無く、学校で配布されたタブレットをいじりながらくつろいでくれていたみたいだ。
ずっと気にはなっていたけど、随分と綺麗に染まった髪をしている。傷んでもいないのは、毎日メイクをばっちりにするくらいそういう事はマメにやるからだろうか。人の家で堂々と寝る人がそうは思えないけど。
クルクルと表情を変える顔も、今はさすがに目を閉じたまま動きはしない。マジマジと、根元まで綺麗な髪をボクは見ていた。
瞼まで塗られた目は閉じているから真っ黒だ。黄色人種よりも白人系統の白い肌とのコントラストをついじっと見ていると、その目はカッと見開かれて、一瞬だけ怪訝そうな顔になったのを見逃さなかった。
「……何してんの?」
「あ……綺麗な髪だと思って。普通それくらいやったら傷んでるだろうし」
だるそうに身体を起こして、なんてことはないように、
「だって地毛だし。最低限のケアはしてればそんなもんじゃない?」
「……地毛? 名前、カタカナだしハーフとか?」
「病気ってほどじゃないけど、色素が薄いだけ。純国産品です」
すっかり静かになったゲームに目を向けて、ルナはグラスの紅茶を飲み干した。
「なんかすっごい画面が動いて酔いそうだったから、目閉じてたら寝てた。もう終わったの?」
「バグだったみたいだし、今日はもういい。買い物出来なくてごめん」
「てか、リアルで行けば良いじゃん」
「リアルじゃ金はそんなに無いんだよ」
ゲームの中なら大富豪にでもなれそうな勢いで稼げるけど、現実のボクはただの高校生に過ぎない。
「別に買ってとか言ってなくない? 遊びに行こうってだけ」
「まぁ……それなら……」
遊びに行っても、戦ったゲームの中の事を思い出しそうだ。いつかは日本中がボクらにとっては『戦場』としての記憶になってしまうかもしれない。ルナはタブレットを起動させて、
「これさっき見付けたんだけどさ」
SNSのうちのクラスの掲示板を見せて来た。匿名に設定出来るのをいいことに、クラスの男子二十人にランク付けしている。名前を出さなくても、これじゃ女子がそういう風に見ているとしか思えなくなる。
肝心のランキングはといえば、一位はバスケ部の高井。話した事も無いけど、線が細い見た目のわりに運動出来る辺り、受けが良いかもしれない。女子と話しているのを見た事ないけど。タップして詳細を見ると、あまり愛想が言い訳でもないけどそれがクールでカッコいいんだそうだ。
二位はハルだった。中学のサッカー部の姿がかっこよかったというひそかなファンさえいた。
ボクはどこにいるのだろうなどと思いながら画面をスライドさせていると、デバイスが短く振動した。メールだ。ルナのはテーブルにあるから、まだクラス二位の男が無粋に言いがかりを付けているのかと思ってメールを開くと……違った。意味不明なメールに自分のクラスでのランクなんて気にしている場合じゃなかった。
『召集令
本日 二〇:〇〇
有楽町駅 中央口
先日送付したカードを忘れない事』
差出人は『World Wars』になっている。それに、メールの背景が真っ赤になっていることから、授業で習った大昔にあったらしい『赤紙』なんていうものが連想された。それは戦争中、国の為に命を棄てろ。特攻しろという、今では考えられない思想の下で配られる通知で、国の為に役に立てると喜んだ──喜ばなければいけなかったらしい。
多くの命を生かす為に戦うというのに、その一つを消耗品にしようというのがよく理解出来ない。
どうしたものかとデバイスの画面を消すと、今度こそ二位が電話して来た。
「ごめん、ハルから電話来てさ……」
うん。と、軽い返事を受けて、ボクは部屋を出た。
「メールの事?」
「あぁ。当然行くよな?」
何の躊躇も無い言葉に、耳を疑うしかなかった。さすが特攻志願兵だ。
「何があるんだよ。あのメールで何がわかる?」
「わかんねぇから行くんだろ? ログアウトする前に見たらよ、丁度百勝だったんだ。景品とかくれるんじゃねぇ?」
「ゲーム機だって勝手に送って来たんだから、景品も送ってくるんじゃないか?」
散々ゲームで稼いでおきながら、更に景品とか言われても、色々貰ってすいませんとしか言いようがない。
「あ~、タイチからキャッチ入ってる。とりあえず俺は行くから、十五分くらい前に改札出たとこで会おうぜ」
同じく、ボクもトーマから着信が入っている。
「危険だったら? 赤紙とかいうもの習っただろ? それを真似てるとしか思えない」
「軍隊のゲームなんだから召集はそうするのが味なんじゃね? それに、危険だと思ったら俺を一人にしないでくれよ? じゃあ、また後でな!」
一方的に来いと言われたような言葉で、通話は終了。電話が繋がらないと思ったのか、トーマは『メール見た? どうする?』なんていうメッセージをチャットアプリでくれていた。
『ハルが行く気になってるし、一人は寂しいってさ。十五分前にホームで待ち合わせだって』
ボクもまた素っ気無い文章で返すと、わかってくれたのか返事は無かった。このゲームの事は未だにネットでも話題にならないし、それが『特攻隊』を真似た召集をかけているのは不気味でならないのに、ハルには一切の不安も無いらしい。
部屋に戻ると、ルナはタブレットを指して、画面を見せた。ボクは五位らしい。
「まぁ、二十人中でこれなら……」
上位四人がほとんど票を集めたせいで、一票でも入れば同率で五位になっていると言う事を、画面をスライドさせた時に知ってしまった。
「良かったね、陽も一票入ってて。でもね……」
笑みを堪えた様な顔で画面を展開させていくと、嫌いな男子ランキングなんて出て来た。
「おめでとう、陽君十二票獲得で堂々の一位です!」
嬉しそうに渡されたタブレットの画面は確かにそう言っていた。人を見下してそうだとか、目が冷たい。愛想が無いとか。愛想が無いのはクールでカッコいいんじゃなかったのか?
「別にさ、クラスの女子にどう思われてたって気にしないよ」
「お前らごときブスにどう思われてようといいって事? さっすが一位は言う事が違うね!」
「そんな言い方してない……」
そのまま、話題はクラスの事だったりを中心に、ノアで遊んだりとのんびりと六時半まで過ごした。何か言うたびにからかわれて、今日はっきりと上下関係が出来上がってしまったような気がした。
「じゃあ、そろそろ帰るね。またね、ノア」
そう言うと、結局胡坐で座っていたルナの上から、ノアは名残惜しそうにノソノソと降りた。
「明日から学校かぁ……めんどくさ」
「また遅刻しないように。目付けられた方がめんどくさいし」
ボクの忠告にべぇっと舌を出し、
「そんなんだから一位になるんじゃん?」
「……これだけで嫌われるのか」
「せっかくの一票も無くなんないといいですね~」
多分、その一票はルナだろう。というか、他の女子と話していないから。話した事もないのに見事に嫌われているものだ。
「じゃ、また明日学校でね~」
パタンと玄関は閉められた。部屋に戻ると、まだ親も帰って来ていないから、一気に静寂が襲って来た。もう馴染んだと思っていたのに、部屋にいつもある黒いゲーム機が今はひどく異質な物に見える。
ついに、約束の時間も近付いて来たという事がそれらを増長させて不安を掻き立てて、その静けさは恐怖に変わって来て……気持ち悪い。
一人でいたくない。
玄関を飛び出して、鍵を掛けて、ボクは走っていた。のんびりと急ぐ様子もなく歩くルナは振り返った。
「なんか忘れ物あった?」
「いや……ボクも今から都内の方に用事があるから送るよ」
「今から? ヒマだしアタシも行こっかな~。どこ行くの?」
すたすたと歩き出すルナは、本当についてくる気満々だ。
「でもそれじゃルナの帰り遅くなるし」
「ん~? アタシは別に時間大丈夫だよ」
何があるかもわからないのに連れて行っていいものか。ゲームの最後に出た『NEXT STAGE』というのが多分今回の呼び出しだ。だとしたら……まさか『World Wars』の大会? 違う。いくらマイナーなゲームだとしてもそんな時間からやるわけがない。 でも、なんとしても今日は一緒に行ってはいけない予感がする。
「あー……でも都内って言っても行くのは本屋だしさ」
「本屋なんかこっちの駅前にもあるじゃん」
もっともだ。ボクは馬鹿なのか。てっきり、じゃあいいやとか言ってくれるものだと思ったのに。仕方無い。絶対について来ない理由を言えば良い。
「この近辺じゃ駄目なんだよ。あの……エロ本買うからさ。近所の人に見られて親に言われるとうるさいし……」
さすがに、平然と歩いていたルナの足は止まって、ポカンと口を開けていた。
「陽もそういうの見るんだ……」
「そ、そりゃあ一応男子だし。嗜みの一つだよ」
紅茶は英国紳士の嗜み。みたいに言い切ると、男子高校生の性的好奇心もカッコ良く思える気がする……いや、無いな。女子からすれば卑下する理由の一つで、また票を集められそうだ。
止まっていたルナの足は再び動き出す。そのまま帰ると思ったのに、
「そういうの見たいならネットでみれば良いじゃん」
「……ネットってさ、結局は自分の好みの物しか探さないし見ないんだよね。それって視野を狭めてるって言うか。その点、雑誌を一つ買えば色んな趣味嗜好の人に向けたものが載ってるから、自分の知らなかった世界が知れるっていうか。それによって、新たな自分を知るきっかけにもなるんだ。だからネットで知識を検索するのも良いけど、もっと本を読むべきだ。ページを捲って現れる新たな世界を楽しむべきなんだよ」
全体の八割は電子書籍化された昨今、とても素晴らしい事を言っているだろう。客観的に見れば。でも、今指した本はエロ本だ。
「どーいうのが好きなのー?」
「え? えっと……あ~……女子高生もの」
いい加減話に食いつくのは終わるだろう。というか、今日ルナの最寄り駅まで一緒に行くだけで良いのに、もう関係さえも終わるような気がして来る。
引くどころか、ルナは口を尖らせ、次は何を言ってやろうかと考えているように見えた。
「じゃあさ、クラスの女子とかもそういう目で見てんの?」
「…………」
さすがに、それは肯定したらまずい事。でも、なんとかこの楽しそうに顔を覗き込んでくるルナを帰さなければいけない。
サヨウナラ、ボクノ楽シカッタ高校生活……。
「そうなんだよ! だから授業中もムラムラして大変なんだ。勿論席が隣のルナだってそうだ。だから胸元の制服のワッペンが違うのも知ってるし、太腿の内側にほくろがあるのも知ってる。み……見てるからね」
またルナの足は止まった。普通、胸元のワッペンは『盾』をベースに色々刺繍が施されているけど、ルナのは王冠になっている。
ビンタでも来るものかとだとばかり思って、ボクはバッグを持っていない左手の動きを視界の隅で注視した。
「他には?」
「え? 他って?」
「アタシの事。他になんか知ってる?」
ビンタどころか、何事も無かったようにまたルナは歩き出す。その後ろを歩きながら、
「そういうのって普通怒るんじゃないのか? あ、太腿は胡坐かくから見えただけで見ようと思って見たわけじゃないんだ」
「そう。ま、怒る人もいるかもね」
「……そうじゃないのか?」
「うん。むしろ嬉しい。話かけてくれたし。家にも呼んでくれたしさ。ありがとね」
振り返った彼女に一切の怒りは無く、言葉通り穏やかに笑っていた。よくわからない。こんな風に可愛らしく笑ったり、かと思えばボクを楽しそうに馬鹿にしたり。気分屋で全く読めない辺り、気まぐれな猫みたいだ。そして、鋭い。
「で、結局何しに行くの? 嘘でしょ? バレバレ」
「ルナを見てたいから。もっと一緒にいたいから。それだけ」
「だったら一緒に行けば良いじゃん」
それもそうだ……。本当にボクは馬鹿なのか。
「都内に美味いラーメン屋があるから行こうってハルに誘われててさ。激辛の店なんだって。トーマも一緒なんだ」
「えぇ~……辛いのはいいや。つーか、東クンたち来るならいい。いちいちうるさそうじゃん」
ゲームでのあの騒ぎ振りからすると、確かに二人でいるところをみたら煩いししつこそうだ。
「それより、話し掛けて欲しいなら友達つくればいいんじゃないのか?」
「誰も話し掛けて来ないし。SNSで見たけど、髪こんなんだから何アイツ? みたいな事も陰で言われてるし。昔からだからもう慣れたけど」
「だったら、自分から話し掛けるとか……」
ルナは静かに首を振った。
「アタシさ、ちっちゃい頃に近所の子に変な声って笑われてから人前で話せなくなって。ちょっと高いくらいで変じゃなかったのに。だからずっと学校では友達いなかった」
「でも小さい頃ならもう声も変わったし。今は変じゃないって言うか……むしろ可愛いけど……」
ちょっと褒めてみたのに、全くそれには反応せず、
「なんて言われても、もう話せないと思う。だからさ、学校の授業とかで歌った事無いし、今みたいに授業中も喋んないから『クチナシ』とかあだ名付けられてた。何て言われても気にしないけど」
人は他と違うものを受け入れにくい。だから髪の色の違うルナは排他的に扱われた。悪意無く言ったであろう声を馬鹿にした言葉のせいで、口を閉ざしたから尚の事。でも、所詮子供だ。
「クチナシって、花言葉は『優雅』とか、『とても幸せ』とか……『喜びを運ぶ』っていうのがあるんだ。その言葉通り、ボクはルナと出会えて嬉しい。うん、喜びを運んでくれたんだよ」
駅に着くと、仕事帰りの大人達と擦れ違う。ざわざわとした構内の音が耳にうるさい。
「それさ、良い事言ってるつもり? ねぇ?」
見知らぬ人の前でも、やっぱり声を聞かれるのは嫌みたいで、声が小さくなった。それを自分でもわかっているからか、耳元に口を寄せて話した。
「その顔で言うのか?」
嬉しそうに零れそうな笑顔で言う言葉じゃない。悔しそうに口を歪ませて、ルナは顔を伏せた。
ホームに行くとすぐに電車はやって来た。今から都内方面に向かう人はあまり多くは無く、座れないけどまだ快適な方だ。
二駅──学校の最寄り駅である船橋までやって来た。明日からまた毎朝見るようになる風景だ。更に二つ過ぎた辺りで、
「アタシ、ちゃんと喜べてた?」
「え? いつ?」
「これ」
スカートを指しながら、不安そうに訊ねた。その意図もわからないけど、
「うん……演技だったとか?」
冗談めかして言ったけど、そこに乗るわけではなく、至って真面目な顔が向けられた。
「アタシさ、今までほとんどプレゼントとかされたこと無いから、どう反応していいのかわかんなくて。喜んでるのが伝わったなら良かった」
「誕生日とかクリスマスとか、親から何か貰った事くらいはあるだろ?」
「お金だけ。親からはそれだけ」
どんな家なのだろう。ボクは──いや、一般的には誕生日くらいは祝ってもらえたはずだ。欲しい物を買って貰えたはずだ。でもルナにはそれが無かったという。
「厳しい家……とか?」
駅のアナウンスが、『本八幡』駅に着く事を告げた。電車が減速するとルナは、
「時間切れ。話はまた今度ね」
扉が開いて、離れてしまった。人が少ないのを良い事に、手を振り、スカートが嬉しいというように、お尻を振って見せる。
「嬉しいのはわかったから!」
扉が閉まった。ここからが戦いの始まりとでも言いたそうに、重く、ずしりと。今までと変わらないのに。
隣の車輌からやってきた、緩めのジャージにキャップを目深に被った男が、ボクの隣で足を止めた。脅すように低い声でボソッと。
「おい、電車でいちゃついてんじゃねぇ」
「……すいません。別にそういうわけじゃあ……普通に話せよ」
そいつはハルだった。西船橋から乗ってボクを見つけたけど、あまりにルナと近いから話し掛けられずに隣の車輌に逃げたらしい。
「それよりさ、ハルもSNS見てるか? 学校から配布されたタブレットに入ってるやつ」
「見てねーよ。あぁいうのって悪口ばっかだし」
「半分正解半分当たり。カッコいい男子ランキング二位だったよ、ハルは。ボクは嫌いな男子ランキング一位。二人揃ってワンツーフィニッシュだ」
「多分だけど、そういう嫌味くせーとこが嫌われんじゃねーか?」
「二位様は言う事に余裕があるな」
「……お前ってそういうの気にするんだな」
「別に……」
気にしているわけじゃない。ただ、ルナの事が気になっていた。たったあれだけの話だけど、愛情を持って育てられたという感じはない。声を馬鹿にされて髪色がちょっと違うだけで拒絶されて。そんな色んな怒りのぶつけどころがハルだったというだけで。
僕だって毎年の誕生日くらいは祝って貰えてい……る?
去年がどうだったか思い出せない。その前もだけど……。
今はそれどころじゃない。
有楽町で電車が止まると、トーマと山本は既に着いていた。
改札を抜けて中央口に行くと、きっとボクらと同じように呼ばれたであろうW・Wプレイヤーが集まっていた。年は多少の幅はあってもみんな同じくらいだった。それが、ざっと見て百人は集まっている。
集合時間になると、またメールが届いた。全員ほぼ同時にデバイスを見るという挙動が同じで、不気味でもあり……それは訓練された兵士のようでもあった。
『駅を背にして右。線路沿いに進め。左手にあるビル群の最後にある廃ビルの前でカードを提示せよ』
全員が同じ方に向かって歩き出す。何が起きるのかもわからないままに。
「イズは何が起きると思う?」
トーマが声を潜めながら訊いてくる。情報収集しようと、他のプレイヤーが耳を立てているのがわかる。それはゲーム内で習得した癖とも言える。
「上位プレイヤーを集めて大会……とか思ったけど、こんな時間にはやらないだろうし」
「そんなの通信で出来んだろ」
「実際に集まってやるから盛り上がるのかもしれないし……違うだろうけど」
ゾロゾロと歩いていた集団は、足が止まり一つの塊になった。廃ビルというよりは、中は見えないけど、看板の跡を見る限り元パチンコ屋みたいだ。とっくに営業もしていなくて、放置されたような建物の入り口で、一人のプレイヤーがカードを提示してみせると、自動ドアが開いた。真っ暗な店内にはもうパチンコの筐体も無くなっていて、がらんとした一つのホールだった。
全員が入り終えた時、自動ドアは閉じた。そして──
「お、おい!! なんだこれ!? 床が!!」
誰かが叫んだのを皮切りに、動揺が感染して行く。
床が沈んでいる。ホール自体が巨大なエレベーターだった。地下何階とかじゃなく、もっともっと何メートルも深く沈んでいく。
時間にして一分くらい。速度がわからないから降下時間を知った所で今は地下何メートルにいるのかも判別できない。
デバイスの電波は圏外になっているから、やっぱり通常立ち入る事のない深さだろう。
ホールが停止すると、さっきの自動ドアが開いた。もう、誰も足を踏み出せる人はいなかった。帰りようもないなら、進むしかないのに。どんな事が待っていようと。そう思って歩き出そうとした隣で、やっぱりハルは一歩先に出た。そして、ボクが、トーマが。山本も後に続いた。
ドアの先は薄暗い廊下で、膝くらいの所に非常灯が点在していてその対面にはドアが等間隔で並んでいる。多分、廊下が五十メートルはあって……見た事はあった。
「なぁイズ、これってあれだよな?」
「うん──」
「W・Wと同じだ!!」
もう悲鳴みたいに叫ぶ声が聞こえた。とすると、このドア達は自室と言う事か。ゲームではドアは自分の部屋の一つしか無かった。部屋を出て右に行けばロビー、左に行くとゲームではただの行き止まりだった。実際には地上と繋がるエレベーターということか。
廊下を進むと、他のプレイヤー達もゾロゾロと後ろを無言で歩いて来た。廊下の突き当たりのドアを開けると、そこは完全にゲームの中を模したものだった。
カウンターには美零さんらしき人もいて、ゲーム内よりもさらに妖しげな、そこにいるだけで誘惑するような空気もあった。
ハルはその姿に目をまん丸に見開いていた。あれだけべったりだった人(を模した人)が現実にいるのだからまんまと惹き寄せられる。
「俺わかったぜ。ここの事」
「……夢の国とか言うなよ?」
「近いな。ここはアトラクションだ。よくあんじゃん? ゲームとか漫画を再現しましたみたいなアトラクション。それだって! なによりもあの美零さんのコスプレのお姉さんマジですげーよ!!」
大興奮の声に、そのお姉さんはゲーム内よりも更に魅力的な笑みで手招きをする。効果は抜群で、ハルはいつもの特攻の如き速さで駆け出した。
「アトラクションにしては凝ってるよね」
トーマはほとほと感心させられたように、高い天井を見上げながら言った。噴水も、自販機の商品も同じ。それに勿論、出撃ゲートも全く同じで、実物の重々しさは比にならなかった。
全員がロビーに入った時、廊下へのドアは閉められて、美零さんの声がホールに響いた。凛とした声は張りが合ってよく通る。
「まずは全員こっちに並んで」
何が始まるのかわからないながらに、ボクらはそれに従って噴水の前に並んだ。もっとも、ハル以外にも美零さんに惹き付けられた人もいて、彼らは我先にと最前列に駆けた。
「召集に応じてくれて感謝するわ。早速だけど、登録手続きをするからここで持って来たカードを見せて。終わった人はこれから開く出撃ゲートで着替えて。男子だけだし周りは気にしなくて良いわ。私達職員側にもゲイもいないみたいだし……ね」
視線の先には、小柄で顔立ちのいい、女と一瞬見間違うようなプレイヤーがいた。集まった視線に気恥ずかしそうに彼は会釈した。
「ゲイだったらあっちの方が良いんじゃないっすか?」
誰かが声を張って指したのは、坊主頭の筋肉質のプレイヤー。強そうだ。ゲームじゃなくリアルに。
微笑を返す美零さんは、カードリーダーの繋がれたタブレットを持って、整列しているボクらの前を歩き、各々のカードを読み込んでいく。何か少し雑談もしているみたいだ。その間、わざとらしいくらいに開いたスーツの胸元に大半の視線が行く。最前列のハルは手続きが終わっても名残惜しそうに、まだゲートの先には行かなかった。ボクらを待ってくれているのだろうと思いたい。
順番が来て、ボクの前に美零さんが立った。ルナよりも断然背が高くて、目線は同じくらいだ。
ただの小さな豆電球みたいなぼんやりとした明るさでも、周りの見えない闇の中なら何よりも輝く。彼女の笑みはこの何が起こるかわからない状況ではまさにそんな笑みだ。吸い込まれそうで、逃げるように視線を落とせばみんなが自ら見た胸元。なるほど、偶然そこに視線が向いてしまったわけだ。
だからこそ、ボクは視線を外さずにカードを渡した。ゲームでは見えなかったけど、左目にはそういうコンタクトレンズなのか、マリーゴールド色の燃えるような蝶の模様があった。瞳孔から蝶の羽根が生えているようにも見える。さすがに、ゲームのグラフィックはここまで再現出来なかったらしい。
「日出陽……戦績優秀みたいね」
「お陰さまで」
にこっと微笑まれても、ボクは視線を外さない。
「緊張しているの?」
「いえ」
「じゃあ……お姉さんは嫌い?」
「……好みではないです」
強いて言えば、私に落とせない男はいないとでも言いたそうな態度が気に入らなかった。彼女はそれを見透かしたように笑うと、
「負けず嫌いは良い事よ。期待してるわ」
「はい……ありがとございます」
ボクの手続きは終わってカードは返された。トーマと山本の手続きも終えて、ゲートを抜けると、ゲーム内では地下にあるはずの武器庫で、お馴染みの武器庫のおじさんのコスプレ(ハル曰く)がボクらにコンテナを一つ滑らせて寄越した。中身はゲームの中そのままで、プロテクターを含む深い紺色の武装服やヘッドギア。銃まで入っていた。
ラグビーのプロテクターみたいな肩と胸部を守るアーマーと、腰部を守るのは軽量化された金属みたいな物で、それらは背骨を守る為のプレートが連結された物で繋がれている。
更に、腰部からは直径二センチくらいのケーブルの三本が伸びていて、それを膝のプロテクターに繋ぐ。それから垂れたケーブルをブーツに繋ぐ。
肩口からも同様に伸びた三本のケーブルを、肘のプロテクターに。そしてグローブに繋ぐ。そして、最後に背中にある太いコネクターをヘッドギアに接続。
コンテナに入っていた説明書には、親切にそう書いてあった。
黙々と何も言わずにみんな着替えていた。ハルもついに口を閉ざしてしまっていて、武器庫の空気は重い。
「ハルは美零さんになんて言われた?」
「……実際に見るとカッコ良いってよ。お姉さん惚れるかもって」
言葉のわりに、トーンは重い。この空気の中だから仕方無いと思っていると、泣きそうな顔が向いた。
「俺、ここに来て良かった。ついてきてくれてありがとな! 一人だったら絶対駅で引き返してたし!! 付き合ったらさ、ち……チュウとかもして良いんだよな? な?」
良かった、いつものハルだった。呆れたボクはトーマと顔を見合わせて苦笑いするだけだった。
「チュウどころか、あの胸だって揉ませてもらえるんじゃないか」
「おま……なんでそんな事軽々しく言えるんだよ!? あれか、須山と……揉んだのか!? そういう関係か!?」
「落ち着けクラス二位。そんなわけないだろ」
まず、見た感じそこまでの膨らみも無かった。
「でもいずれはそうなるんじゃないの?」
トーマもそういう話題に乗っかって来るとは思わなかった。「どうだろ」と一言だけでぼかして、ヘッドギアを着けた。無線も付いているはずだけど、ゲームみたいに『画面の右側』も無いし、左下の自分の俯瞰図も無い。
縦約十五センチ・横約二十センチのスモーク掛かったアイシールドから見える、やや狭まった視界だけが世界だった。
ヘッドギアを着けたトーマがボクの肩を叩き、右のこめかみを指した。その指を上下させているから、同じようにやってみると、ヘッドギアから照射された緑の立体映像がいくつかの項目を宙に展開した。これがゲームで言う『画面の右側』らしい。『Radio』をタッチすると、同じように無線が起動した。
他には、武器を示す『Weapon』。ボクのレーダーである『Rader』も同じ。それと、『Sync』という見た事の無い項目があった。
Voice<<仁科冬真::これなんだろ?
Voice>> 仁科冬真:さぁ……シンクロっていうことだろうけど。何と同期するのかはわからないや
武器庫のおじさんはヘッドギアを外すように言って回って、プレイヤー達を待機させた。本格的なアトラクションに、緊張の色が浸透して行くと、全員が着替え終えたところで、ややあってあの声が響いた。
「総員整列!!」
条件反射で、ボクらは即座に四列の隊列を作った。今は丁度四人のチームだから上手く一列にまとまっている。
武器庫の階段の上から見下ろしているのは、柳隊長(のコスプレだろうか?)だ。まるで、獲物を前にした狼が獰猛な唸りをあげているような声は、ゲーム内よりも遥かに存在感があった。
「ご苦労。今からお前らには戦争に行って貰う。つっても、戦場はそこのゲートの先だがな」
ゲームと同じ作りの、出陣ゲートを柳隊長は指した。ゲームでは地下にあったフロアと作りは同じだ。
「死なねぇことが一番だが、死んでも後の処理は任せろ。上手くやる。以上」
何の説明にもなっていない話に、プレイヤーの一人が挙手した。柳隊長はそれを顎で指す。
「戦争って言っても何すれば良いんですか?」
「その手に持ってる銃でぶっ殺せ。弾が切れたら敵の銃を奪って殺せ」
確かに、ゲーム内でもやることはその一つだ。買い物なんていう用途も見つけ出してしまったわけだけど。そのことを、他にどれだけのプレイヤーが知っているのだろうか。
「一つ付け加えると、戦場に出たらまずヘッドギアの右側面をスワイプしろ。『Sync』をタップすればお前らが散々やって来た事が役に立つ」
挙手したプレイヤーが、「どういうことですか!?」と勝手に発言した。それは許されたみたいだ。
「お前らはゲームでキャラクターをどう動かした? 頭でイメージしただろう。その機能はゲームと同じように脳とスーツを同期することが出来る。我々はそいつを『夢 想兵器』と名付けた。ここに集ったのはそれを使いこなす事が出来る精鋭だ!! お前達の健闘を祈る」
そんな無責任な言葉を最後に、一方的に話は打ち切られて、ドアの奥に引っ込んでいってしまった。気にもしなかったけど、ゲーム内にも同じドアがあった気がする。
ゲートが開いて、ボクらを歓迎してくれたのはどこの街でも山でも川でもなく、殺風景で無愛想な岩場だった。
赤土を固めて作ったような茶色い岩は、人工的に造られたことを示すように、不揃いで自然に見せた十メートルくらいの円柱が等間隔に並んでいた。
Voice<<東春海:やっぱアトラクションじゃねぇか。よし、イズ。敵はどこだ?
無線を起動したヘッドギアから、ハルの声が聞こえて来る。レーダーも起動してみると、ポツンと一つだけ近くに赤い点があった。
Voice>> All:多分、百メートルぐらい先……一番手前の右の柱に敵の反応はあるけど……
アイシールドに映るレーダーは実際だと結構邪魔だ。航空写真も同時に展開するようなレーダーなんか視界を遮られるはずだ。
敵の反応のあった場所にハルは意気揚々と駆け出した。
Voice<<東春海:一番乗りは戴くぜ!
Voice>> All:ボクも行く!
同期したせいか、頭で思うよりも先にスーツの方が動いている気がする。人間の脳は『意識』してから『判断』までコンマ五秒のロスがあるらしいけど、このスーツはそれを埋めてしまうのだろう。
スーツに操られているような気がしてならない。だったら、より早く意識すれば良い。こいつが次のボクの意識を読むよりも早く。
その結果、ボクはハルを追い抜き、敵を見つけた。深緑色の同じ装備の兵士は慌てて銃を構える。
Voice>> All:お先!
よく出来たロボットだけど、銃で撃ってぶっ殺せと言ったのは隊長だ。ボクはすっかり得意技になった、アイシールドに銃身を突っ込むというイメージをした。
Voice<< ENEMY:ノー……ノォォオオー!! ヘェルプ!!
割れたアイシールドの中から叫んでいるのが聞こえた。この遮音性の高いヘッドギアをしているのに聞こえるのだから相当に煩い。或いは、『Sync』すれば集音性があるのかもしれない。
躊躇無く、ボクはトリガーを引くと、そいつは身体をビクビクと痙攣させ、振動させて倒れた。
Voice<<東春海:速ぇよ! やっぱスゲーな、イズ……は…………
追いついたハルとトーマが一歩退いた。山本も、「ヒィッ」なんていう裏返った声をあげた。
Voice<<仁科冬真:それって……血……だよね?
Voice>> All:え? 血?
トーマが指したボクの銃を見ると、真っ赤なものが滴っていた。その直後、停止した思考を読み取りやがったスーツは直立になって動かなくなった。たった二センチで三本しかないケーブル達が、完全に棒になってしまって動かない。
Voice>> All:なんだよ!? これはアトラクションじゃないのか!? なぁハル、ボクは人を殺す気なんてなかった!! ロボットだと思ったから撃ったんだよ!!
Voice<<東春海:落ち着けって! スーツが固まってんぞ!
Voice>> All:わかってるよ!! さすが二位だな。余裕あるよなぁ!!
ボクは思いっ切り腹を殴られた。ヘッドギアが壊れないようにしてくれたのはハルの配慮というか、優しさだろう。
Voice<<東春海:落ち着けよ。クラス二位とかどうでもいいつーの……実際彼女いんのお前だし。それとも、そんなにモテたいのか?
今までに無いくらいハルは冷静だった。トーマは、ゲームの初めての実戦みたいに敵のヘッドギアを引き剥がした。中身はグチャグチャな顔をしたブロンドヘアーの男だ。
Voice>> All:よく死体を触れるな、トーマ
Voice<<仁科冬真:なんかあれだけリアルなゲームやってたから麻痺してるのかも。これもゲームなんじゃないかと思えるよ
Voice<<東春海:でも現実だぜ。戦争って言ってたよな? 敵はまだいんだろ?
レーダーを見ると、今の仲間の反応が消えたせいか、大挙して迫ってくる。
Voice>> All:数え切れないくらい来る。まだ距離はあるけど
ボクは指を動かし、腕を動かし、意識をはっきりとさせて立ち上がった。まだ腹は痛い。まさか最初のダメージが仲間からだとは思っても見なかった。
Voice>> All:ごめん、冷静になれた。二位でも別にモテてるわけじゃないし、どうでもいいな
Voice<<東春海:……もう一回殴って良いか?
ようやく、ボクは笑うことが出来た。敵だって本気で撃ってくるだろう。レーダー上の仲間達を見る限り、まだのろのろと動いていて、同期機能が邪魔なように思える。いきなりこんな所で戦争をしろというのも、冷静にイメージして動けというのも無理な話だ。
Voice>> All:ボクらが最前線で戦おう。山本は戻ってレーダーを持ってる人をリーダーにしてチームを編成させてくれ。それと、戦わない人は同期を切った方が良い。多少動きにくくなるけど固まるよりはマシだから。身を持って知った
斥候一人だから良かったけど、ここが敵陣の中ならボクはもう死んでいただろう。山本は走り出そうかどうしようかという体勢で固まっていた。
Voice<<山本太一:オレが言っても聞かないよ。イズ君が言うべきだって
こいつはこの期に及んでまだ何もしないつもりか。
Voice>> All:だったら代わりに最前線で戦うか!? 指示が通るまで防衛線を張れるか? どっちが良いのか選べよ!!
ただ怯えるだけの山本の肩を、ハルはそっと叩く。
Voice<<東春海:頼む、タイチ。俺らが食い止めればなんとか時間は稼げるんだ。誰か一人に言えばどうせ指示は伝達される。命懸かってんだ。お前もこうなりたくねぇだろ?
ボクが作った死体を指して言うと、説得力は充分だったみたいでなんとか走り出した。
Voice<<東春海:イズは愛情がねぇよな
まさか同じ事をまた言われるとは思わなかったな。
Voice>> All:それって、友達じゃないってことか?
Voice<<東春海:まぁ……友達じゃねぇな
アイシールドの奥に見える目が細まった。
Voice<<東春海:こうなった以上は戦友じゃねぇか?
差し出された拳にボクは硬く握った拳を当てた。トーマとも同じように。三人で、拳を当てて円陣を組むような形になった。
Voice<<仁科冬真:あ、でもイズって須山さんには愛情たっぷりだよね
Voice<<東春海:女にだけ優しいとかサイテーだな、お前
Voice>> All:そういうわけじゃない! トーマまで何言ってんだよ
Voice<<仁科冬真:ご飯食べながらとか結構見てない? たまに授業中とかも振り返ると見てるし
Voice>> All:……たまたまルナを見てる時ばっかりトーマが見てるんだろ
Voice<<東春海:ぅ~わ……ルナとか言いやがって……
そんな男子高校生の休憩時間を終わらせるように、銃声は聞こえてきた。作戦はいつも通り。といっても、これだけの数がいるのだからレーダーで見る必要も無い。
ボクらは群がる軍勢にたった三人で挑んだ。その最中に、
Voice<<山本太一:イズ君! 十三個チーム出来たけど、本当に死ぬとか信じてないよ!
Voice>> All:だったらさっきの死体を見るように言え
Voice<<山本太一:それでさ、オレはどうすれば良い?
Voice>> All:は?
Voice<<山本太一:どこかのチームに入ればいい? それとも……
言いたいことはわかった。愛情が無い……か。煮えくり返るハラワタに氷水でもぶっかけて冷やした気分で一息吐いた。
Voice>> All:今まで一緒にやってきたんだし山本……タイチもボクらの戦友だろ? こっちに来いよ
ボクはそうした方が良いと判断した。
嬉しそうな返事が来て、通信が切れた。
Voice<<東春海:やるじゃん
Voice>> All:ボクにだって人並みに愛情はある
Voice<<仁科冬真:イズは言い方が良くないだけで一生懸命なのは伝わってるから大丈夫。ハルと同じだよ
似て非なる者という方が正しい気がする。
敵の一群は一塊になってボクらに襲い掛かろうとしている。岩の柱に隠れて進みながら、三人で自然と隊列を変えた。
一列になるよりも、こっちも背中を預けあって三角形を作って死角を無くした方が良い。自軍はというと、ぞろぞろとボクが作りあげた死体の方に向かっている。次には弾けたように散開して元の方に戻る人も少なくない。
Voice>> All:そろそろ敵とぶつかるはずだ……殺す覚悟は出来てるのか?
これはゲームじゃない。ログインなんかしていない。この何食わぬ顔で平然と成り立っていた平和なんていうものは、もう無くなってしまった。ボクは人を殺したし、これから何人、何十人と殺すだろう。
Voice<<東春海:殺す覚悟じゃねぇ。生き残る為の覚悟は出来てる!!
殺す事が生き残るという事なら、それも間違いではない。ここに来てハルの頭は冴え渡っているように見える。
ボクらもまた、小さな塊となって敵を迎え撃った。それぞれが自分の武器を知り、どこの敵を撃てば良いかを『意識』して『判断』して、撃ちまくった……殺しまくった。それは即ち、自分達が生き残る為の唯一の手段でしかなかった。こんな風に片付けたくはないけれど、『仕方なかった』と自分に言い聞かせてボクらはトリガーを引いた……引き続けた。
レーダーを見ると、自軍の幾つかが固まりとなり、戦線に上がって来てくれている。覚悟が決まったのだろう。
目の前に転がった死体のようになるか、自分が名も知らない相手をそうするか。両軍合わせて二百くらいの人がいながら、ボクらにはその二つしか選択肢は与えられなくて、もっと言えば、やることは銃を相手に向けてトリガーを引くという、たった一つの事だけだ。
これだけの人がいて、それしかやることはも出来る事も無かった。
人が集まればなんでも出来るなんていう所謂『マンパワー』を押し出したCMが一時期流れていたけど、敵を見つけて追いかけて殺しあう事しかボクらには出来なかった。
刃物を刺せば手には、肉に減り込む感触があるだろう。
鈍器で殴れば手には、その衝撃があるだろう。
でも今ボクらがやっているのは銃撃戦で、たった一本の指を動かすだけで人の命は終わる。ゲームで散々やったその動作に、すっかり麻痺してしまったらしく、何の抵抗も無いのはお互い様かもしれない。或いは、人間は自分の命を守る為なら、その脅威を拭い去る為に人だって殺せるのかもしれない。
人差し指一本を動かしただけで人が倒れていく景色に、もう何の思考も無かった。身体はアーマーが勝手に動いてくれる。ボクの本能が戦う事を選択して、勝手に動きを考えてくれているみたいだ。
レーダーはいつの間にか青と赤が混ざり合っていて、ステレオグラムみたいに目を凝らしたら何か浮かび上がってきそうだった。
Voice<<柳雄大:全隊員に告ぐ。休戦だ。撃ち方止めぃ!!
突如として入ってきた柳隊長からの通信に、ハッと意識に現実が戻った。敵が撤退して行く。レーダーから、綺麗に赤い点が敵地の方に流れて行った。
汗をかいた頭を冷やす為に、皆が往々にヘッドギアを外した。
「俺ら、生き残れたのか?」
「生きてるよ……ボクらはまだ生きている」
戦線に立った仲間の死を、岐路の中でボクらは見た。迎えに来たいつもとは違うおじさんが、興奮と虚無感に満たされた兵士たちをジープに乗せた。
戦線に上がらずに、ただ生きることを、ここから逃げる事を選んだ、兵士の服を着ただけのプレイヤーは武器庫で既に着替え終えて待っていた。いくつかの死のお陰で生きていたのに、さっさと帰してくれと言いたそうに気だるそうな空気が満ちていた。
「お前ら馬鹿だろ? わざわざ上がる必要無かったし」
疲弊しきった兵を労うでもなく、斑に髪の染まったヤツがガムをクチャクチャ噛みながらそんな頭の悪い事を言う。
誰も言い返す気力は無かったからボクが言ってやった。
「結果論だ。全員がゲート前に留まったら敵は攻めて来ていた。そしたら死んでいたのはお前だったかもな」
振りかぶられた拳がボクに向かってくる。そいつをかわして、ふところに潜り込む。既にこの人を殺しまくった右手の拳は握られていた。このどうにもわからない感情をぶつけてやろうとしたのに、それは簡単に掴まれた。岩みたいにゴツゴツした硬い手は隊長の物だった。
「日出。その体力は次に温存しておけ」
柳隊長が睨むと、その馬鹿達は萎縮した。
着替え終えて整列すると、やっぱりさっきよりも列は減ってしまっていた。死者は二十七人もいたらしいけど、これだけで済んだのは戦線で命を懸けた者がいたからだと、柳隊長は本物の『兵士』を労った。
「次の召集はまたメールが届くだろう。その時まで平和を享受しておけ」
話が終わりになってしまいそうだったから、ボクは挙手した。
「何故ここでこんな戦争が起きてるんですか? ニュースにもなってない。世界は平和そのものなのに!」
「簡単だ。世界には問題が山積みになっている。しかし、表向きだけでも平和に社会を動かさなければ世界経済は止まる。日本を始めとする先進国が、戦争で街を崩壊させて経済を止めてしまえば世界的な損失だ。復興だって何年も掛かる。だったらこうやってこじんまりとやりあおうじゃねぇかってのが世界の選択だ。因みに、日本だけじゃねぇ。こういった地下施設が今はどこにでもある」
「大人が……自衛隊が戦うんじゃないんですか!」
「大人は世界を動かす。まともな大人に限りだがな。それを損失させるのはこの地下戦争の意味が無い」
「それって……子供なら死んでも良いという事ですか」
子供達の命の捉えられ方に、隊列はどよめいた。当たり前だ。でも、誰も上手い事反論出来る人はいなかった。
「一つ言っておくが、お前らは横領罪……犯罪者じゃねぇのか?」
「横領? ボクらは届いたゲームをしただけだ!」
同意する声が増えれば増えるほど……気付いてしまった。逃げ道はそこにあったのだと。ボクらは罠にまんまと嵌ってしまった。その事も、今の発言も含めて、罠だった。柳隊長の見せた笑みは、まるで詐欺師だった。
「見知らぬ物が届いてお前らは手を付けた。今回はゲーム機だったが、これが食いモンであってみろ。身に覚えのない物が届いたけど食ってみたら美味かった。だからいつまでも食い続ける。誰のものを? それは自分ではない他人の物だろう!」
確かに、ボクらは貪り続けた。こんな事がなければこれからもずっと同じだっただろう。それに、
「ちなみに言うと、買った物が現実に届くなんて機能を良い事に遊びまくってるやつがいるが、それは国の税金だ。たっぷり働いて返して貰うぜ。なぁ、高梨に小森。お前ら随分と羽振りが良いみたいだからなぁ」
さっきの斑髪の奴らだ。ボクらよりも盛大に買い物をして楽しんだのだろう。反論の無いプレイヤー達を一瞥して、柳隊長は更に絶望を、現実を叩きつけた。
「戦争を終わらせるのはいつの時代も上の連中だ。お前らがこの戦争を終わらせたいと思うなら……全員ぶっ殺せ。お前らが自力で戦争を終わらせるにはそれしか無い。もう一つ付け加えると、この戦争は当然口外禁止だ。言えば命は無いと思え」
それだけ言うと、またドアの向こうに引っ込んだ。
「よし、今日のところは解散だ。みんなお疲れ様!」
武器庫のおじさん達が、わざとらしいぐらいの明るさで言ってくれたけど、誰も動けなかった。泣く人もいた。怒りも、隊長への恨み節も、ありとあらゆる負の感情だけが渦巻いていた。
「ハル、トーマ、タイチも。帰ろう」
「僕達、どうすれば良かったのかな?」
思考停止しているのか、トーマはそんな簡単な事ももうわからないみたいだった。
「見に覚え有りませんて送り返すか、警察に届けるべきだった。後悔してももう遅いんだ。この道が正解だったって言えるように生きるしかない」
来た道を戻って地上に出ると、土砂降りだった。
生き残ったボクらは生気の無いゾンビの群れみたいで、勝ったのかどうかもわからなくなった。
あまりに雨が強いから、ボクは手を擦り合わせていた。
「イズ、なにしてんだ?」
「血が付いてる気がしてさ……」
最初のグチャグチャになった顔の兵士が頭から離れない。ボクの手を掴んで、ハルは笑った。
「馬っ鹿だなぁ。血なんか付いてねぇよ」
その手は、震えていた。寒かったのかもしれないし、本当はハルも自分がやった事に恐怖を感じていたのかもしれない。頷きながらボクを見ているトーマもそうだ。
死を覚悟した特攻隊は、その死の間際に母親の名前を叫ぶとか言う話を聞いた事があった。
でもボクは何故だか、無性にルナに会いたくなった。あのクルクル忙しなく変わる顔。ボクを馬鹿にして笑う顔。素直に見せる顔。
初めて話したのもこんな雨だったなぁと、あの捨て猫みたいなずぶ濡れの彼女を思い出した。
雨は、いつまでもこびりついて消えないような血を洗い流してくれるような気がした。
雨は、いつまでも激しく降り続いて、痛くて、優しい。
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