3B《ボクら》

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3B《ボクら》

 朝の五時半──気が付いたら……というのが一番正しいだろう。目が覚めたら自宅のベッドの上で、最悪なほど全身濡れたままで倒れこんでいた。どうやって帰ったのかは覚えていないけど、せめて着替えるか脱ぐくらいはして欲しいものだ。布団も濡れている。  ゆっくり立ち上がって、既に台所で朝食を作っている母さんの元に行くと、ひどく驚いた顔で迎えられた。 「どうしたのその恰好! なんで着替えなかったの!?」 「……昨日、ボクは何時くらいに帰って来たの?」  夜十一時近かったらしく、せっかく夕飯を用意して待っていたのに、「いらない」と言って自室に篭ったそうだ。  シャワーを浴びるように言われて、風呂場に向かった。人間、便利なもので一晩も寝れば多少の記憶は薄れるみたいだ。それとも、帰りの馬鹿みたいに降った雨が洗い流してくれたのかもしれない。    昨晩は銃を撃ち合ったのだと思い出しても、唐突に放り投げられたそんな世界はあまりに非日常的で、記憶を捏造しているようにさえ思えた。  制服に着替えて台所に戻ると、毎朝恒例のニュース番組がテレビで流れていた。一切、戦争のニュースなんて無い。  ほらみろ、あれは夢だったんだよ。ボクはなんだか可笑しくなって来た。 「母さん、世界って平和だと思う?」 「いきなり何言ってるの? まぁ、こうやって毎日ご飯食べられるし、日本は平和なんじゃない?」 「だよね」  肯定して欲しかっただけかもしれない。でも、母さんがパンに果肉入りのイチゴジャムをベッタリ塗ろうとしたところで、少しだけ気分が悪くなった。 「ボクはジャムいらない……」 「マーガリンだけ? せっかく美味しいの買って来たのに。ほら、こんなに実が入ってるの」  こんもりと、撃ち抜かれて噴き出した臓器が乗ったみたいに見える。 「あんまり食欲無いから……」 「濡れたまま寝るから風邪でも引いたんじゃない?」 「それは大丈夫……だと思う。あと、昼の弁当もいらない」  口にパンを詰め込んで、牛乳で流し込む。逃げるように台所から退室して、仕度を済ませて学校に向かった。  一時間も早く着いてしまいそうで、途中のコンビニに寄った。一つばかり、いたずらを思いついたのだ。 「このパン、今出てる分だけですか?」  いつもルナが食べているパンが三つほどあって、それを買い占めてやろうとレジに持って行った。 「そうです。申し訳ありません。搬入が九時になるのでちょっと学生さんには間に合わないかと……」 「いえ、大丈夫です」  むしろ、それで良い。無かったら違うパンを食べるのだろうか。これは彼女のちょっとした生態調査みたいなものだ。  ハルも、トーマも別段普段通りだった。戦争なんか無かったみたいに。ただ、変化は昼休みにあった。山本は食堂だからわからないけど、普段弁当持参のトーマもパンだったし、二段弁当のハルもおにぎり一つだけだった。やっぱり、三人共食欲なんて無かった。  隣で板チョコだけのルナも同じなんだろうか。何食わぬ顔でボクは訊いてみる。 「食欲無いの?」    いきなり話しかけられて、凄い勢いで振り返った。ツインテールはしなる鞭と化し武器なのかと思うくらい。ハルとトーマの方を見て、首を横に振った。ゲーム内では話せても、直接声を聞かれるのは嫌みたいだ。  ボクは耳を傾ける。 「売り切れてたから」 「そうなんだ……じゃあ、これあげるよ」  三つあるパンの一つをさりげなく渡すと、驚いていた。 「ありがと」 「いいよ、まだ二つあるから」  一つを頬張ると、口の中に甘さが広がった。キャラメルクリーム味は伊達じゃない。横目でルナを見れば、普段買わないくせに三つもあるパンの合点がいったみたいで、明らかに睨みつけていた。 「買い占めたの?」 「食べてみたくなってさ。でも結局ルナも食べられたんだしこれで良いだろ」  聞き間違いじゃなければ舌打ちの音が聞こえたけど、ハルがグイっと腕を掴んだ。 「そんなヒソヒソなに話してんだ? 電車もそうだけどお前ら話す時近くね?」 「偶然だよ。たまたまそう見えただけ」  二つ目のパンを食べようとした時、隣からコーラの差し入れがあった。 「あげる。パンだけだと食べにくいだろうから」  どうせ振ってあるんだろう。バレバレだ。 「ハル、コーラいる?」  おにぎりなのに、ハルは喜んで貰ってくれた。勢い良く開けた途端にやっぱり中身が噴出したまではいいけど、ボクの机の周りであることに変わりはなかった。隣ではざまあ見ろといわんばかりに口元を押さえて笑っていた。 「嫌がらせかよ! 手ぇペタペタするし…………食らえ!」  コーラの滴る両手を広げて、ボクのブレザーで拭おうとハルは迫る。逃げようと思って立ち上がると、椅子が勢い良くルナの方に倒れてぶつかった。喋らない代わりに顔が物を言うのはわかりやすくもあり……恐くもあった。 「あ……ごめん。ハルがさ……」  何度か息を吸い、吐き、怒りを納めようとしているのか。無言の間が続いたと思うと……、 「陽クン、昨日言ってた女子高生モノのエロ本は好みもの見付かったー?」  教室には半数の男子が食堂に行っていていない。その代わり、女子が多く残っていた。聞き慣れない声にざわつきながら、その内容に教室が凍りついた。ルナは頑張って声を張ったのだ。その努力をみんな認めるべきだ。もっと聞いてあげるべきだ。内容が内容だけにボクはそんな賛辞も送れないけれど。 「なに言って……」 「授業中もクラスメイトにムラムラして大変なんだよー。とか言ってたじゃーん?」  周りの席の女子がわかり易いくらいに席を離した。突き刺さる視線が冷たい。寒い。痛い。 「冗談て言っただろ! ハル達もなにか言ってくれよ! 昨日一緒にいたよな?」 「俺らエロ本探しになんか行ってねぇよな? 昨日は……あ! そうだ、ゲーセンいたしな」 「うん。僕とハルは……ね」  クラス二位様が言ったらそれは限りなく真実になってしまう。とんだ裏切り者だ。戦友とはなんだったのか。二人は揃って「ご愁傷様」と、ボクの高校生生活の終了に手を合わせた。  五時限目は体育でサッカーだった。男女別だから本人がいないのを良い事にこの間に、女子の間で話は広まるだろう。隣のA組と体育は合同だからそっちまで……。そして勿論A組の男子まで。情報は感染して行く。 「元気出せよ! ていうか、なんでそんな嘘ついたんだよ」 「都内に行くって言ったら暇だし一緒に行くとか言い出したから。絶対付いてこないだろうと思って言ったのに……結局ばれたから嘘って言ったのに……」  いっそ、あのまま地下で死んでおいた方が良かったんじゃないかとさえ思う。  ダラダラと始まったサッカーは、元サッカー部のハルが大張り切りだった。敵の陣地に切り込む姿は、アーマーこそ無いけど昨日と同じく、兵士の面影があった。 「イズ! 撃て!!」  ハルの掛け声と共に転がって来たパスに、ボクは思わず手ぶらの右腕を上げた。銃を握っている形が反射的に出来ていた。 「おま……そっちの撃つじゃねぇよ!!」  爆笑される中、足元に転がったボールをとりあえず蹴ろうとした時、そいつはヘッドギアを着けた頭部に見えた。昨日殺した一人の首に、マシンガンの集中掃射を受けて頭部が転がった奴がいた。  息が止まってボールが蹴れなかった。吐き気が込み上げる。そのうちに、敵チームの一人が上手いことボールを掻っ攫って行った。 「なぁ、大丈夫か? やっぱ昨日のが効いてんだな」 「……ボクが最初の奴を殺さなかったら戦闘は起きなかったかもしれない。それに、何人殺したんだろう……」  心配した敵チームのトーマもやってきた。 「開戦してるから呼ばれたんだよ。イズが殺さなくても誰かがやってた。七十数人が助かったのだってイズや僕達が頑張ったからじゃないか。殺したことばっかり考えないで、味方を生かした事を考えようよ」 「クソみたいな奴も生き残ってたけどな……でもあんな奴らはいつか死ぬ。ていうか死んでくれねぇかな」  トーマの言う通りかもしれない。良い面を見ないとやってられない。どの道戦いは始まっていたのだ。 「ありがとう。でも、ちょっと保健室で休んでくる」  気分が悪い事を先生に伝えて、グラウンドを後にした。どうして二人は平気でいられるのだろうかと思ったけど、同じように食欲も無かったみたいだし、無理をしているのかもしれない。彼らはボクよりもずっと強い。  静かな校舎を歩いて、更衣室で着替えて、面倒だったから保健室には行かずに教室に帰ると、ボクを公開処刑してくれた無口な女子がタブレットで何か見ていた。 「あれ? サッカー終わったの?」 「サッカー選手になる夢は無いからやめて来た。ルナはサボり?」 「出血二日目につきお休みです」  出血……血……。 「酷いの?」 「…………まぁそれなりに。つーか、それ聞く?」 「怪我の場所は? ちょっと見せて」  タブレットを操作していた指が止まった。 「絶対ムリだから! なに言ってんの!?」 「多少なら血には免疫はある」  ボクは真剣だった。どこか怪我をしていると思っていたのから。 「女子の日ってこと! 意味わかる?」  理解出来たら一瞬にして顔が熱くなった。誰もいなくて本当に良かった。またあらぬ噂が立つだろう。反対側を向いて、机に顔を伏せた。 「おめでとう、嫌いな男子ランキングでまた票が入ったよー。変態っぽいだってー」 「……誰のせいだよ」 「パンの仕返し」  竹やりでちょっと突いたら戦車で踏み潰されたくらい酷い。この独走態勢は三年間死守出来そうだ。  ゴンッ!! と机に衝撃が来て、そのまま頭に響いた。反対を向いたら、机をくっ付けてルナも伏せていた。こっちを向きながら。 「静かな教室で二人きりの非日常空間はドキドキしませんか?」 「ドキドキっていうか、何されるかわからなくてヒヤヒヤする」  わざとらしい敬語で話す時は、大抵馬鹿にする時だ。 「具合悪いっしょ?」 「そんなことない」 「普段授業サボんないじゃん。顔色悪いよ?」 「……昨日のラーメンが本当に激辛で腹壊したんだよ。ボクだけ辛いもの駄目だったみたいだ」  〝(から)い〟と書いて〝(つら)い〟と読むのは、やっぱりそういう理由からなんだろうか。読み方を考えた人が辛いものを食べて腹を壊して辛かったから? そんなどうでも良い事を考えないと、真剣に心配してそうな顔にやられそうだ。この状況でそんな顔をするのは卑怯だ。 「じゃあ甘いのは平気?」 「うん。そんなに多く食べた事はないけど」 「今度アタシとスイーツバイキングね」 「……いいよ」  机をくっ付けているせいで、声がやたらと響いて聞こえる。遠くにサッカーで盛り上がる声。廊下からは僅かに隣の教室の先生の声が聞こえる。 「誰か来るかな?」 「まだ二十分くらいあるし来ないだろ」 「じゃあチュウして良い?」  ……会話の流れがおかしい。 「そういう冗談は言わないで欲しいって言わなかったっけ?」 「冗談はね。でも本気で言っちゃダメとは言ってない」 「……本気?」 「うん。好きだから言ってんの」  至って真面目な調子で言うから、それは本当なのかもしれない。でもそれには応えられない。戦争という大義名分の元、地下で人を殺した事は正義になるのかもしれない。でも、この平和な地上では人を殺したボクは罪人になるのだろう。 「それは雛鳥現象だよ」 「なにそれ?」 「雛鳥って最初に目に入ったものを親だと思うらしい。それと同じだ。最初にボクが声を掛けたから好きになっただけで、違えばまたそいつを好きになったはずだ」 「でも実際に声を掛けたのは陽だよ。いっぱい人は通ったのに」 「偶然だ」 「偶然でもそれが現実じゃん。陽はどこで生きてんの? 今この世界っしょ? もしこうだったらとかどうでもいいよ」 「それでも……」  もう何も言えなかった。確かにボクはどこで生きているのだろう。地下で殺し合いをしているのがボクなのか。それとも、こんな風に教室で寝そべっているのがボクなのか。もうわからなくて目を閉じて、目の前の突き付けられる現実から逃げた。 「初めての告白は失敗かぁ……」  寂しそうなルナの声が、耳に痛い。  五時限目が終わって、教室に帰って来たみんなの足音で意識は戻った。くっ付けられたままの机だけ残っていて、ルナはどこかに行っていた。教室の中を見回しても、あの目立つ頭はなかった。 「体調どう? っていうか、机合わせて何してたの?」  トーマが苦笑いで訊いて来たけど、何をしていたか答えるような内容も無い。 「寝てただけだよ。体調ももう大丈夫」  寝ている場合じゃない。ボクらにはやらなきゃいけないことがあるというのに。授業を受けている時間すら惜しい。まだ、戦いは終わったわけじゃない。二十数名の死者──五分の一の被害が出てしまった以上、このままでは駄目だ。作戦を立てる必要がある。  ノートとペンを机に出してあの戦場を思い出した。ゲームみたいに毎回違う戦場に飛ばされるとかいう、テレポートみたいなことは今の科学上無いだろう。  トントンと、机の右側から叩かれる。声を極力出したくないというか、聞かれたくないからか、ルナが話す距離はこういった集団の中だと勘違いされそうなくらい近い。 「寝起きってノド乾かない?」 「……まぁ。でももう買いに行く時間も無いし」  そう言う口の中がパリパリと張り付いたように乾いていた。ルナはその答えを待っていたみたいだった。 「クイズね。陽が飲みたいだろうな~って思って、アタシが買って来てあげたものはなんでしょう?」  むしろ今何が飲みたいかなんてボク自身が考えてない。 「……さっき飲み損ねたコーラ」 「ブー! 外れたので残念賞です」  ミルクティーが机に置かれる。ルナも同じ物を買っていて、あと二分で授業が始まるのに何も気にせず開けた。 「なに? 缶ジュース開けられない女の子を可愛いとか思う?」 「考えた事もない……これ、貰って良いの?」 「パンのお返し。コーラじゃなかったけど」 「ミルクティーでもいいよ。ありがとう」  ただ真っ直ぐに生きているからチューして良い? とか聞けるし、簡単に好きとか言えるのだろう。きっと、彼女の根は良い子なのだろうと思うようになった。顔色が悪い事も気にしていたし。だからっていたわってくれる事も無かったけど。  六時限目はあの担任の国語で、教室には緩い空気が漂っていた。   はっきり言えば、誰も先生なんて思ってない。若作りを頑張っている女が甲高い作り声で授業っぽい事をしている。という具合だろう。たまに出る地声がそれを強調している。  ボクもこの時間を活かして、ノートに戦地の図を描いた。授業自体はタブレットの使用がメインになっているけど、いつになっても紙と鉛筆というアナログなものは役に立つ。  横に三つずつ石柱が延々と並んでいた。その高さは上れるわけじゃないけど、天井に着いているわけでもない。まず、あの地下自体がどれだけの深度にあるのだろう。  兵の補充はされるのだろうか。敵の総数は? 昨日のボクらは一体どれだけの戦果を上げられた? 勝っていた? だから敵は撤退した? 末端の兵は何もわからないし、やることもやらされることもやれることも一つ、敵を殺すという事だけだ。  いや、やれることはもう一つあった。『逃げる』という選択肢も今は用意されている。昨日は何も知らずに呼ばれて行ってみたら戦場に向かわされたけど、何が起きるかわかる今なら『行かない』という選択肢もある。  地形を描いた時点で、ボクはその事に気付いた。わざわざ死に向かう必要も無いのだ。 「こら~! ヒルズ君。ちゃんとキラリンの授業受けないと駄目ですよ!」 「……ヒイズルです」 「あ、ごっめ~ん。ん~、言いにくいから陽君で良い? あ! それとも、ヒイズルだから~、イズルンの方が良い?」  教室中からクスクスと笑い声が聞こえる。なんでボクまで笑い者にされなきゃいけないんだ。 「陽は親しい感じがするので……イズルンでいいです」  百歩譲って、どころか三千歩ぐらい譲ってやった。陽とは呼ばれたくない。ただ、『イズルン』なんていうファンシーな語感は口にすると更に嫌悪感が増した。  先生が前の教壇に戻ると、右側の机が接近してくる。 「ヒールズクンて先生に冷たいよねー」 「須山さんてボクには冷たいよね。それに名前言えてないから」  わざとなのか知らないけど、悪役集団みたいな名前だ。満足したみたいで、机は離れた。授業中の私語とかには敏感な先生だからまたこっちを見ていた。あのニコニコとしている顔の内側は何を考えているのだろうか。噂によると三十九歳らしいから教師歴も長いだろう。そう思って見ると、貼り付けたような笑顔に見えた。  放課後になって、掃除用具を取りに向かおうとするルナを引き止めたのはハルだった。怪訝そうな顔を向けられて、ハルは少し引き攣った顔になった。 「お……俺とトーマ今日は用事あってログインしねーから……良かったらイズと……あの……これ! つまらないものですが!!」  ボクを押し付けるように突き飛ばすと、逃げるように走って行った。ハルなりに頑張って話しかけたということだろう。机も何もかもなぎ倒して逃げたから追えなかった。残されたトーマにどういうつもりかと訊く。 「用事って?」 「イズは少しあの世界から離れた方が良いよ。サッカーの時に二人で話したんだ。後遺症が残ってるみたいだし」 「だからってルナに押し付けるなよ」 「一番気分転換出来ると思ったんじゃないかな。じゃあそういうことだから。とりあえずあの事は忘れたらいいよ」  間違ってはないけど。それでも、ボクらは一度でも多く報酬を稼いで、あのアーマーを動かす訓練と武器の強化に励むべきなのに。人を殺し、殺された事を忘れたほうが良いというのも酷な話だ。 「あいつらルナの都合は一切考えないんだな」 「アタシは今日ヒマだしいいよ。どっか行く?」  一人だけでも報酬は稼げるし、訓練だって出来る。そう思ったけど、楽しそうにそんな風に聞かれるから二人の厚意を受け取ることにした。 「掃除終わるの下駄箱で待ってるよ。それまで考えておいて」  完全に人任せだなぁとは思うけど、別に行きたい所があるわけでもないしそれで良いだろう。  この中にも昨日の戦争を経験した人がいるのだろうかと、部活や帰路に向かう生徒達を見ながら、ぼんやりと考えた。何事も無かったように振舞えるのは心の強さか。或いは、言われた通りにいつ終わるかもわからない平和を享受しようとしているだけなのか。ボクは一人、戦場から抜け出せないままでいるようだ。 「どこ行くか決めたー?」  隣から、不意に聞こえた声に飛び上がりそうになった。呆然としているうちに、もう十五分も経っていたらしい。 「決めておいてって言ったのはボクだけど」 「どこでも良いの?」 「……危なくないところなら」 「じゃあゲーセン行こ」  ゲームを忘れる為にログインしないのに、向かうのはゲーセン。戦場とは違うから全くの別物だけど。  学校を出る頃には、下校路を歩く生徒はまばらになっていた。 「あの二人仲良いね。今までつるんでるの見たこと無かったけど」 「……ルナは二人と中学の時も学校一緒だったって事?」  仲が良くなった原因はわかっているから、ボクはそっちの方が気になった。 「え? 当たり前じゃん。舟学って小中高一貫なんだから。でも、小学校の時は二年ごとにクラス替えがあって、三・四年の時に仁科クンとはクラスが一緒になっただけ。マジメだし、アタシがこんなんだから話した事も無かったけど。そういえば陽って見た事無かったかも」  〝こんなん〟と指したのは頭だった。高校生の今でこそ少しくらい明るい色の人もいるけど、中学生じゃそうそういない。一貫制の学校というのはわかっていたけど、改めて言われると、一人疎外感を受けずにはいられない。 「ボクは中学卒業して引っ越して来たから違う学校だった。ハルとも話した事は?」 「無いよ。だって女子と話さないし。逃げるし」 「……話し掛けたの?」 「そうじゃないけど。もしかして、それはヤキモチでしょ~か?」  そうなのだろうか。言ってくれれば良かったのにと思うのは嫉妬しているのか? 嬉しそうというか、弱みや弱点を見つけたいじめっ子みたいな顔でボクの顔を覗き込む。上手く言えなくてボクはそっぽ向いた。  駅を抜けて反対側の出口に行くと、パチンコ屋だった建物があって、その横の路地をルナに連れられて行く。  有楽町もそうだったけれど、『パチンコ屋』はどんどん閉店している。  三年位前に日本が発表した医療技術──全ての臓器の代替品。つまり、金さえ払えば癌だろうと取っ払ってしまえる。臓器ごと──が世界的に有名になり、中でも米国に高く買われ、これまで以上に友好な関係を築きたいとの事で、もはや一国としてではなく、日本という州みたいに扱ってくれるようになった。だからそれまで密な関係にあった中・韓との交流が今は薄くなっている。  『問題無い。俺達が守ってやるぜブラザー!』  米国の言い分はそんなどこぞのガキ大将みたいで、その胸中にあるのはきっと、『俺の物は俺の物。お前の物も俺の物』といったところだろう。  ボクらが生まれるずっとずっと前に起きた、特攻隊で有名な件の戦争で負けてから日本は頭が上がらないらしい。毎度のオリンピックの間に総理が二回も代わっているのだから、この国のトップは不安定ですって世界中に自己紹介しているせいもあるかもしれない。  ただ、そういった米国の介入のおかげで日本の政治家の中から中・韓寄りの議員はだいぶ淘汰された。  パチンコが潰されていった代わりに出来た六本木のカジノもそうだけど、テレビ番組だって出演者や内容が随分とアメリカナイズされているように思える。そのうち、この国を明け渡してしまうのも時間の問題かもしれない。  『代替臓器は一人一つまで』  父も勤める日本最大の生命保険会社の看板広告にある、その文言の指し示すところは、『死』という最低限の概念を守ろうという所だ。  それまでにあった筋繊維や骨。神経系に血管の代替品のお陰で、日本の平均寿命はぐっと延びた。それに加えて代替臓器もあるのだから、金持ちはいくらでも生きられる。皮膚だって整形手術みたいに若返ることだって可能だ。  ただでさえ少子高齢化の進む社会なのだから、ある程度は大人しく諦めてくださいというのが保険会社……もとい、社会の言い分だった。  そんな背景を物語っているパチンコ屋の廃ビルの裏には、ひっそりとゲームセンターがあった。薄暗い三階建ての店内は、三階だけ未成年立ち入り禁止の張り紙があった。 「三階ってなんのゲーム?」  一階は画面に向かって銃を撃つようなゲームやリズムゲームだったり、クレーンゲームだったり比較的子供も楽しめるものが多い。 「パチンコ。換金出来るらしいよ」 「……それって違法じゃないのか?」  法の抜け穴という所か。ルナは首を振って、 「換金出来るパチンコのゲームだから良いんじゃない? それよりあれやって!」  そう言って指したのは、ホログラムの画面に向かって撃つものだった。うちで『W・W』を起動した時にゲーセンみたいと言ったのはこれの事だろう。 「二人で出来るんだから一緒にやればいいよ」 「ううん。アタシは人がやってんの見てるだけで良いの」  後ろにあるベンチに座って、ルナは早くやってとせがむ。銃を握る事を忘れる為に遊んでいるはずなのに、結局ボクの右手にはコードに繋がれた銃がある。  敵はゾンビだった。舞台は架空の街らしいけど、アジアの雰囲気があった。背景のリアルさは到底『W・W』には及ばない。  今になって思えば、あのゲームは兵士を育成する為に国が開発しているのだから技術の注がれ方はゲームと括るには違う。対戦争用シミュレーターとでも言うべきだ。どこぞの担任の年齢なんかよりもよっぽど重大な国家機密だった。ネットの記事だってすぐに消されるのもわかる。  そんな事を考えている間に、一ステージクリアしていた。振り返ってルナをみると、わずか三メートルくらいの距離から手を振って来た。その顔は楽しそうだった。ボクには見ているだけで楽しいとは思えないから不思議だった。  だったらもっと面白いものを見せてあげようと、ボクはデバイスを筐体の支払い口に当ててもうワンクレジット追加した。二人分のコントローラーを一人で操作。二挺で撃つ事はもう馴れている。死なないゲームに余計なプレッシャーも無い。  ただ……こいつはクリアさせる気が無いみたいだ。真正面からしか敵は来ないとわかっていても、ボスの防御力がおかしい。銃だけで勝てる気がしない。そうか、銃本体コントローラーの側面にあるボタンで爆弾グレネードを投げなきゃいけないのか。  画面にそう指示が出ているけど、両手で銃を持っているボクにはそれは難しいというか不可能なわけで、抵抗虚しく食われて死んでしまった。ゾンビのくせにとんだトラップだ。 「ゲームとしてどうなんだ、あれ」 「だって普通一人で銃は一つしか持たないし。でもスゴイね!」  ベンチに座って、次のプレイヤーがやっているのを見ると、構えがなってないと言ってやりたかった。 「そういえば、ゲーセンでボーっとしてるとか言ってたね。いつもこんな感じ?」 「うん。この店もたまに来るし、でも大体地元の店にいるよ。バイトしてるのもそこ」 「ボーっとしてるなら家に帰れば良いのに」 「うるさいから家にいるより良いの」  銃撃の音がうるさいから、自然と話す距離は近くなる。でもボクらにはそんなのはいつもの事で、もうそれが自然な距離になっていた。さすがに、キス出来るような距離ではないけど。肩が付きそうなくらいには近い。 「アタシの九割はパンクで出来てる」  唐突はいつもの事だけど、その内容が突飛過ぎて、頭の中で何度か反芻した。 「音楽とか、服とかそういう趣味って事?」 「ううん。どうでもいいってこと。パンクって反抗みたいな意味があるんだって。世の中色々と面倒じゃん? だからそんなのどうでもいいって言ってやんのが一番の反抗だと思わない?」 「……まぁ、言いたいことはわかるけど。残りの一割は?」  よくぞ聞いてくれましたみたいな顔だった。 「陽クンへの愛で出来てま~す」 「……………………ありがとう」  ちょうど、画面(シーン)の切り替えで静かになった所だった。だから僅か二十センチ先から放たれた鮮明な笑顔(マグナム)一言(ショット)に心臓を撃ち抜かれたみたいに思考が停止した。だから出てきたのはそんなつまらない一言でしかなかった。 「次あっちのゲームやって!」  リズムゲームの筐体に手を引っ張られてやらされたけど、ボクは銃を撃つ以外の事ははからっきし駄目らしい。  それから、水曜日と金曜日はルナのバイトが無いという事でゲーセンに連れて行かれた。  金曜日には、ルナも恥ずかしがりながらリズムゲームをやった。負けるのが嫌だからやらなかったらしいということは、これなら勝てると踏んだのだろう。その予想通り、ボクは負けた。  火曜日と木曜日はハルとトーマ、そして山本とファストフード店でだらだらと意味も無い話をしていた。  店員とかクラスの女子や芸能人で誰が可愛いだとか、ポテトの早食いだとか、コーラの一気飲みとかマンガとか。みんなでデバイス用の同じゲームをダウンロードしてプレイしたり、学校の話をしたり。地下戦争の話にはならないように。  でも、もうボクの不安は限界に達していた。金曜日に家に帰り、二人にチャットアプリ(チェイン)でメッセージを送った。  『いつまた開戦するかわからないんだ。ボクは一人でもログインして装備を強化する』  すぐにハルから電話が返って来た。 「ゲーセンデートはもう飽きたのか?」 「そうじゃない。どうするんだよ? 装備を強化しておけばもっと有利に働くかもしれないのに。一週間も無駄にしたんだぞ」 「無駄とか言うなよ。楽しんだじゃねぇか」  確かに、今のはルナに悪い。 「あぁ……楽しかったけど。それとこれとは話が別だろ」 「わぁかったって! じゃあ明日は十時にログインな。トーマとタイチにも言っとくから。絶対一人でやんなよ?」 「もし来なくても一人でやる」 「バカ! 俺らもやるっつーの。戦友を一人で戦わせねぇよ」  電話は切れた。もう、あのゲームをただのリアルなゲームと見る事は出来ない。『W・W』の世界は創られたものではない。この現実にこそあのゲームはあったのだ。  ゲーム機の入った段ボール箱は、開けてはいけないパンドラの箱だった。随分と安っぽい箱だなと、負け惜しみの皮肉をB・Bに向かって言い放ってやった。  翌朝、ボクらは約束通り四人が揃った。美零さんのいる受付カウンターに向かおうとしたところで、一人のプレイヤーから声が掛けられた。 Voice<<日高龍太:やっと来たのか3 B(スリービー)! Voice>> All:3B?  振り返ると、そのプレイヤーは有楽町で見た強そうな体躯の男だった。彼は何人かのプレイヤーを引き連れているリーダーみたいだった。勝手に付けられているボクらのグループ名に首を傾げた。3ということは、山本はカウントされていないということがなんとも言えなかった。 Voice<<日高龍太:君達が有楽町で先陣を切って指示したんだろ? そのお陰で七割は生き残れた Voice>> All:でも──  三割は死んだ。そう言おうとしたのを遮って、ハルは言う。 Voice<<東春海:指示したのはこいつっスよ! イズ。日出陽!  バンバンと背中を叩かれて、ボクは会釈した。 Voice<<日高龍太:俺は日高(ひだか)龍太(りゅうた)日学(にちがく)の三年生だ  日学と言えば、都内にある日本学園という国内では一番の偏差値を誇る高校だ。そんな人でもゲームをしているものなんだなというのが正直な感想だった。 Voice>> All:ボクらは舟学の一年です。先陣を切れたのはただはしゃいだだけですよ Voice<<日高龍太:でも指示は的確だった。これからまだ戦うことはあるだろうし、今度はじっくり作戦を立てて挑みたいと思っていて、日出君達に協力して欲しかったんだが……なかなか来なくてな Voice>> All:すいません。色々あって……  この人もまた、現実を受け止めて立ち向かおうと足掻いている人だ。  ボクがゲーセンデートと、普通の男子高校生をやっている間に彼は随分と戦況を好転させているみたいだった。  カウンターと反対側のロビーの隅に集まったボクらは、飛高さんを中心にブリーフィングをした。  ゲーム内と現実は同じという事を踏まえて、彼はログインしたまま戦場に向かったらしい。石柱自体の直径は約十メートル。横の石柱間は約五十メートル。前方には約百五十メートル毎に一つ。二十本目までは行けたらしいけど、敵を倒してしまったらしくそこから先には進めなかったとの事。でも、石柱はあと十本くらいまで見えたということから、戦場は六キロ以上あることになる。 Voice<<仁科冬真:その距離はどうやって測ったんですか?  トーマが訊ねると、飛高さんは突然踏み込み、握られた拳を突き出した。 Voice<<日高龍太:俺は空手をやっている。正拳突きの踏み込みの歩幅を熟知している。それを繰り返して計った  延々と正拳突きを一人繰り返して行ったっていうのか……。普通の歩幅でやれば良いのに。思わず零れそうな一言を、せっかく飲み込んだのに、ハルは零してしまった。 Voice<<東春海:想像したら……バカみたいっスね……  そのまま、拳はハルに向かうと思ったけど、飛高さんは笑っていた。 Voice<<日高龍太:馬鹿みたいに見えても、それは生きる為の知恵だ。どんな環境下でも頼れるものは一つ! 自分の肉体! そして経験だ  それだと二つですよ? 意外とあんまり頭は良くなさそうだ。けど、正論だからもうそれでいいとしよう。 Voice>> All:飛高さんのレーダーはランクいくつのやつですか? ボクのは敵の位置さえわかれば良いと思ってランク1のやつなんですけど Voice<<日高龍太:問題はそこなんだ。ゲーム内のレーダーは5で地形図も航空写真が投影されているやつなんだが、現実にはそこまでの機能は無かった。地下だからデータ受信をしないんだろう。全員、レーダーはランク1だと思って良い  だから距離を測る必要があったわけだ。でも、距離がわかったところでそれがどう働くということはわからない。  飛高さんの提示した作戦の中には、最低限の装備まで指定されていた。まず、武器と防具はそれぞれ5ランク中の3にすること。そして、全員がレーダーと通信機を装備する事。最前を行くボクらはわからなかったけど、後方では個々に敵を視認するしかなく、反応が遅れていたらしい。四人で固まっているボクらは簡単に指示が通るけど、人数が増えれば当然ロスは起きる。それに、 Voice<<日高龍太:前回はレーダーを持っている者の判断が問われていた。正直、寄せ集めの見ず知らずの人間の命を預かれと言われたようなものだ  それは、ボクの指示に対する欠点の指摘だ。幸いにも、ボクは友人の命だけで済んでいるけど、他人の命を預けられるプレッシャーは相当だったろう。 Voice>> All:すいません。でもあの時は── Voice<<日高龍太:いや咎める気は無いんだ。何が起きるのかは誰もわかっていないまま戦闘は始まったのだから。でもだからこそ、命ある今は対策を取れる  そして説明された作戦はこうだ。  プレイヤーにチームを作らせ、ボクらのように普段のゲームから連携を組ませておく。そのチームは兵士の出撃総数百名として、十人一組。 Voice<<仁科冬真:でも、十人を一まとめにするのは大変なんじゃ…… トーマは不安そうに指摘する。 Voice<<日高龍太:言い方が悪かったかもしれないが、五人一組の二チームで固まるという事だ  例外として、ボクら四人──飛高さん曰く〝3B〟と、飛高さんのチーム六名で一つの組とするとの事。  固まる……とは、石柱を遮蔽物にして、前進するらしい。そうすることで、常に三つのチーム(三十人)が敵を迎撃する。一陣を抜ければ更に三チーム。取りこぼした敵を最後の三チームが迎え撃つという作戦だ。  とは言っても、自陣付近で待機するわけじゃない。前列・中列・後列の順でじわじわと前進する。 Voice>> All:ボクらは先陣を切って道を切り開くという事ですか? Voice<<日高龍太:こう言うのもなんだが、囮だ。たった四人だったから敵は無視して攻め込んできたやつらもいた。そいつらに何も知らない、覚悟も決まっていないバラバラの俺達はやられたが、次は違う Voice>> All:連絡は? 百人全員で通信しあうなんていうのは無理ですよ Voice<<日高龍太:リーダーだけで連絡を行なう。そうすれば十分の一で済む それでも多いとは思う。地形から考えて、例え後列で支援を求められても間に合わないだろう。 Voice>> All:とりあえず、それで一度シミュレーションしてみましょう  ここで失敗しても死ぬ事は無い。だから、いつ始まるかわからない戦闘の為にボクらはその時まで足掻くべきだ。  全員が受付に向かおうとした時、ハルが挙手。 Voice<<東春海:3Bってなんスか? Voice<<日高龍太:三つの弾丸という意味だ。それに、昔から言うだろう? 一本の矢では折れるけど、三本では折れないと Voice<<東春海:いやぁ……タイチもいるんスけど…… Voice<<日高龍太:俺が名付けたわけじゃないからそう言われてもなぁ。いつの間にかプレイヤーの間で有名になってるだけで……てっきりそう名乗ってるのかと  誰の目から見ても三人+一人にしか見えないということが証明された所で、ボクらは受付を済ませて、武器庫へ向かった。  既に、プレイヤーは待っていて、ボクらを歓迎する空気が漂っていた。あちこちから「3B!」という声が掛けられて、ボクは思わずトーマに耳打ちした。 Voice>>仁科冬真:三つの弾丸だったらトリプルバレットじゃないのか? Voice<< 仁科冬真:う~ん……語呂の問題じゃない?  確かにキャッチーさはある。この中にそんな名付け親がいるんだろうか。それとも、先日死んでしまったのだろうか。  敵の数と難易度はマックスのランク8に設定されている。それに加え、戦地も現実のあの戦場と同じ。完全に対戦争用のシミュレーションと化したゲートは開く。  まずは先日通り3Bと、飛高さんが走った。  五つ目の岩場を越えた辺りで、レーダー上は綺麗に青い点の塊が九個出来ていた。対照的に、敵はバラバラと縦横無尽にレーダーに赤い斑点を作る。  最前のボクらが石柱を越える度に、それらも前進してくる。群れが一つの生き物になったみたいに連携は取れていた。  飛高さんが言った通り、最前のボクらを無視して敵は駆け抜けていくこともあった。背中を見せるそいつらを撃とうと、ボクは振り返る。 voice<<日高龍太:駄目だ。前を向け! その為の作戦なんだぞ!  もはやこの軍を率いるリーダーと化した飛高さんの激が、通信機から飛んで来た。  駆け抜けていった赤い点は前線に差し掛かった所で消滅(ロスト)。ボクらに後方という死角は無くなっていた。いや、全員がそうだ。後ろに仲間がいるという安心感が背中を押し、実際に支援の役割も果たしていた。  ボクらを無視せずに交戦した相手のみを撃ち、すり抜けた敵は後方の部隊が倒す。これなら次の戦闘は行ける。そう思った所で、『CLEAR!!』の文字が宙に浮かんだ。  どっと歓声が沸きあがった。これが仲間なのだという一体感、充実感を得られずにはいられなかった。武器庫に戻ってみれば被害はゼロ。ただの一度も撃たれること無く、ボクらは勝利したのだ。 Voice<<日高龍太:こういうのも不謹慎だが、次の戦闘が楽しみだな  自分の作戦が功を奏したおかげか、飛高さんからは戦闘前のピリピリとした空気は無くなっていた。空手をやっていると言っていたから、それが戦う前の武人の空気なのかもしれない。 Voice<<東春海:もうあんなの無いのが一番っスけど Voice<<日高龍太:ハハッ! 確かにそれが一番だ。受験生なのにこんな事になって良い迷惑だ Voice>>All:大学に行くんですか? Voice<<日高龍太:あぁ。彼女が早大(そうだい)でね。俺もそこを受ける。卒業したら結婚しようとも思っているから、こんな所で死ぬわけにはいかない  未来の展望が出来ていて、そこに向かって生きている。この人はきっと死なない。死んではいけない。ハルは、ボクの肩を叩くと、 Voice<<東春海:イズも言ってやれよ! Voice>>All:何を? Voice<<東春海:結婚するから死ねないって宣言返しだ! Voice>>All:な、なに言ってんだよ! まだ別に付き合ってるわけでもないのに結婚とか…… Voice<<仁科冬真:でも須山さんと仲良くなれたのはイズだけなんだしさ  トーマまでそんな事を言い出す始末だ。飛高さんは笑っていた。 Voice<<日高龍太:今一年生だったら、どのみち来年には進路を決めなくてはいけないし、将来を考えておくのは良い事だぞ? 日出君。そう後ろ向きになるな  次の戦闘で死ぬかもしれないとか、来年なんて来ないとか悲観的な理由じゃない。ルナとなら余計に結婚なんて想像出来ない。  この日、ボクらは更に二度、無血の完全勝利を果たし、ログアウトした。これなら次で戦争なんて終わらせられると確信した。
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