3B《ボクら》

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 それから十三日後の五月二十五日。ついにその時は来た。  『召集令   本日 二〇:〇〇   有楽町駅 中央口   先日送付したカードを忘れない事』  平日に開戦はやめて欲しい。けど、土日の休みの日にこんな物が来て憂鬱になるのも嫌だ。やっぱり平和に一日を終えるのが一番好ましい。明日は休みだしまだゆっくり休める。  放課後、下駄箱に向かう途中で生徒がボクと同時にデバイスを取り出したから、彼もきっと向かうのだろう。生き残ろう。そう言ってあげようかと思ったけど、あの地下の出来事を学校に持ち込みたくないのは同じはずだ。それに、ルナも一緒だし。 「今日はどこ行く?」  バイトが無い日は二人で遊びに行くのが普通の事になっていた。そんな誘い文句を切り出すのはルナだ。  ゲーセンばかりじゃなく、時には駅のホームにあるベンチ。時には公園。ファストフード店と様々だ。ルナ曰く、「重要なのは『どこに』いるかじゃなくて、『誰と』いるか」らしい。  物理的な距離は初めから近かった。なにせ、五百円のビニール傘に収まるくらいの距離だったから。強引で突拍子もない彼女が少々理解出来ないときもあるけど、それはハルもトーマにも言える。人間を百パーセント理解する事なんてきっと不可能だ。自分自身の心情ですらわからない時があるのだから。 「八時に都内に行かなきゃいけないからそれに間に合うように帰るよ」 「またエロ本探し?」 「違うって。頼むから忘れてくれよ」  ベーッと舌を出す顔はイタズラ好きのネコだ。 「忘れないよ。一言も。全部忘れたくない。日記ってほどじゃないけどメモしてるし」 「……そのページだけ捨てるか消してくれ。いや、お願いだから消してください」 「ダメー」  ちっちゃい身体がテテテッと走っていく。自販機でいつもミルクティーを買って帰るのももう見慣れた光景だった。 「わかった! 奢るから消してください」 「百五十円の価値しか無いならたいした秘密じゃないじゃん」  缶ジュース一本と引き換えるには、たしかに安い。というか、どうせ誰も見ないし放っておいていいだろう。学校で言いさえしなければ。  彼女はパンも飲み物もチョコレートに至るまで多種多様な中から一種類しか選ばない。一度、それについて訊いた事があったけど、答えは「めんどくさいから」だけだった。でも、ミルクティーが売り切れていたら買わないで別な自販機に探しに行くくらいだから、何か理由があるのだろう。  やっぱりその心内はわからない。 「都内のどこ行くの?」 「有楽町……じゃなくて……東京駅。田舎から親戚が来るって言うから迎えに行かされるんだ」 「ふ~ん……有楽町ってなんも無くない?」 「だから東京駅だって!」  彼女に嘘は通用しない。ボクの嘘が下手なだけなのだろうけど。  結局、この日は山手線にただ乗っていた。一周が一時間くらいだから二周して……嘘もばれて有楽町で別れた。  少し待ったところで、ハル達が三人で来た。制服のままなのはボクだけだ。 「あれ? 帰ってねぇの?」 「放課後に遊んでそのまま。行こう。どうせ場所はわかってるんだし」  駅でメールを待つプレイヤーを横目に、ボクらは再び地下の戦場がある元パチンコ屋を目指した。 「何かいいことあった?」  トーマも落ち着いた様子で歩きながら言った。 「別に。勝てるとわかってるし。それに……」  負けられない。もう後ろは振り返らない。また学校でルナと会う。そんな想いが強ければ強いほど、不思議と落ち着きを取り戻せた。 「どーせ須山に好きとか言われたんだろ?」 「それいつもの事だから」  ボクは事実を返しただけなのに、ハルは大きな溜め息をついた。 「なんか別世界の人間に見えて来た」 「そんな事無いって、クラス二位」 「……お前性格悪いよな」  好きと言われても、ボクはいつも「ありがとう」なんていうつまらない返しをするしか無かった。それについて、ルナは何も追求して来ないけど、いい加減返して欲しいはずだ。でも、返せない。いつ死ぬかわからないし、人を殺しているボクには誰かを好きだなんて言えない。  二十時になると、やっぱりパチンコ屋に向かうようにメールが届いた。先に着いていたボクらは少し待っていると、ぞろぞろとプレイヤーがやってきた。 「3Bは目的地に向かうのも先陣を切るんだな」  飛高さんがそう笑って、自動ドアの上にある防犯カメラにカードをかざすと、ドアは開いた。もう、彼が隊長と言っても良いくらいに仕切っていた。 「実際にこうして顔を合わせるのは初めてだが、なんというか、ゲームのままだな」 「ゲームが現実のままなんですよ」  そんな雑談をしながら、緊張感も無くボクらは戦場に向かっていた。  うろたえていたのは新たなプレイヤーだろう。前回の生還者はこれから何が起きるか、何をさせられて何をすれば良いか理解している。故に……、 「人、少なくないですか?」 「ゲームではまだしも、実際に命が懸かれば逃げるというのも生存する道の一つだ。馬鹿正直に来た俺達の方がどうかしているのかもしれないな」  チームが組めなければ作戦は成り立たないし、戦線は瓦解する。これから起きる事を飛高さんは説明しているけど、ゲーム内で組んだことも無い人が数人いて、壊滅するのは目に見えていた。  そうこうしている間にエレベーターは止まった。処刑場とも言うべき場所のドアは開いてしまった。 「プレイヤーの皆聞いてくれ!! とにかく! 装備したら言う事を聞いて欲しい。俺達は前回の生還者なんだ。ここにいる全員で家に帰る事を目標に頑張ろう!!」  遠足にでも来たみたいだなぁと思う台詞だ。その熱さから言うと部活の合宿の方がしっくり来る。  さすがに、もうハルは美零さんに対して顔をだらけさせる事は無かった。生還組は黙々と整列して登録を済ませようとしていると、来た方のゲートが開いた。  軍服を着た大人達に、数人のプレイヤーが捕まっていた。放り投げられ、まるで物みたいに床に転がった。 「美零、こいつらも追加だ。お前達に良い機会だから言っておく。この戦争から逃げたければ勝つしかない。それが無理だと諦めた者は死ね。以上だ」  転がった中には前回の頭の悪そうな奴らもいた。来ても意味は無いのに。志気を下げるだけなのに。去って行く兵士にありったけの罵声を浴びせているけど、全く意味は無い。 「勝つしか無いな、3B」  飛高さんが静かに燃え始めている。ボクらも声を揃えて「はい」と静かに返した。  流れは前回と同じだった。プログラムされたゲームキャラみたいに、施設側の人間の動きは変わらない。唯一違うのは、柳隊長の説明が簡素になっていたくらいだ。  戦場への扉(ヘルズゲート)が重々しく開く。同時に駆け出す3Bはさながら競馬の馬みたいだった。  レーダーの動きはほぼシミュレーションと同じ。青い点の動きが少々もたついているけど、形は作られた。  敵が数人、ボクら四人の横を走り抜けていく。ボクはもう振り返らない。レーダーでそいつの死んだ事ロストを確認したから、仲間と作戦を信じることが出来た。 Voice>>All:ハル、トーマ、タイチ。今日ここで終わらせるぞ!!  しかし、身体が勢い付いてはいけない。脳内で走るスピードを加速させてしまえば、アーマーはすぐに反映する。一人飛び出してはいけない。この四身一体の陣形を崩すわけにはいかないから。  ボクとハルは視線をぶつけ合い、左右にステップ。拓けた活路から、トーマが射程ギリギリの敵を狙い撃つ。戦線はまだ石柱の十本目。けれど、攻撃はその遥か先まで届く。  ゲームではスナイパーを援護と考えていたけど、その実、トーマ(スナイパー)こそが誰よりも活路を切り拓く事が出来る。  こんなのは今思い付いた事だ。けど、それに二人は暗黙の了解で応えてくれた。 Voice>>All:ハルとタイチとボクでトーマの援護だ! Voice<<東春海:作戦は事前に言えよ! Voice>>All:でも出来ただろ!!  いつだったかのハルも勝手に作戦を考えては実行させた。そのお返しだ。ボクら3Bにはそれが出来た。なんだって出来る。  第二射。三射! 四射!! 戦線の石柱はもう二十本を越えた。メインであるトーマの射程に至っては三十本目近くまで撃てる。  ボクらの陣地に駆け込んでいる奴らの反応も無い。作戦は機能している。これ以上無いくらいに。 Voice>>日高龍太:飛高さん!! 行けます!!  もうここには来ない!! ハルの気持ちが走ったのを反映したアーマーが加速した。その速さをボクは待っていた。  負けない。子供の追いかけっこみたいにその背中を追う。  負けない。この身体はボクのものでお前(アーマー)のものじゃない。ボクが思うより疾くなんて動かれてたまるか!!  今日はトーマも後を追えていた。四身一体の陣形は完全に崩れていたけど、放たれた三つの弾丸(3 B)に撃ちぬけない者は無い。  石柱があっという間に五つ視界から過ぎて行った。けど……ゴールはまだ見えない。 Voice<<日高龍太:3B!! 陣形が乱れているぞ!! Voice>>日高龍太:問題ありません!!  誰が止められるんだ、この弾丸を!!   敵の数はもう空白の方が多い。仲間は……前列に少し数の乱れがあったけど、それは仕方が無かったと割り切るしかない。その消えた命の為にも、ここで──!? Voice<<柳雄大:撤退だ。休戦協定が結ばれた。総員その場で待機しろ  思考を遮られたせいで、ブレーキが掛かったみたいにアーマーが停止して、前につんのめった。ハルに至っては盛大にすっころんで三回転くらいした。 Voice>> 柳雄大:あと少しです!! 敵を全滅させるチャンスですよ!? Voice<<柳雄大:駄目だ。休戦協定が結ばれた以上、攻撃は国際問題になる。各自迎えが行くまでその場で待機しろ  あと少しとは言ったけど、前を向いてもまだまだ石柱は並んでいる。今の時点で四キロ近く走って来たけど、地下にそんな広大な施設が造られている事に驚くしか無かった。  トーマがライフルのスコープで見たところ、まだ十本以上石柱はあるらしい。延々と同じ風景が続くというわけだ。実はこれはホログラム映像なんじゃないかと思ったけど、本物の石だった。  迎えの車に乗せられて、武器庫に戻ると、五人の遺体が並べられていた。 「約二十パーセントから五パーセントまで減ったなら、次はゼロだな」  それでも死者を出してしまった事に変わりは無い。五パーセントなんて軽々しく言っても、生きていた彼らにとっては百パーセントでたった一つの命なのに。それをわかっているからこそ、飛高さんの険しい顔は消えないままだった。 「敵の数はだいぶ減らせたはずです。次こそ……決着を付けてやりましょう」  少し暑くなり始めた帰り道は、汗が滲んでいた。ボクらには仲間がいる。そう実感出来た事は、今日の最大の収穫だった。
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