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善戦した翌週の土曜日──六月二日。
『召集令
本日 二〇:〇〇
有楽町駅 中央口
先日送付したカードを忘れない事』
早いペースで戦闘は開始された。前回の死者が五人だった事から補充される新兵も五人かと思っていたら、今回の総数は百二十人になっているらしい。
兵が増えるのは良い事だけど、各小隊に二人ずつ、全く何が起きるかわからないゼロからの新人を入れるのは連携を取る面でも大きくマイナスになる。
それでも飛高さんはボクら3Bの四人体制での先行を許可してくれた。というよりも、それが一番良い(三人の方が良いんじゃないか? と言ってくれさえした)と判断していた。
前回の生還者達のほとんどが勇んでいた。五パーセントの被害で済んだという実績と、前回と同じ轍を踏まなければ良いという経験を得ている。十人一塊の前・中・後線達は密集したせいで敵の視認に遅れて撃たれたともいう。それにさえ気を付ければ問題無いと各小隊は口を揃えていた。なによりも、アーマーへの慣れが違う。
ゲートが開くと同時に、ボクらが飛び出し、その後ろを飛高隊の八人が追う。更に各戦線の三小隊が出陣。前回と同じだけど……、
Voice>>日高龍太:飛高さん、八人で多くないですか?
Voice<<日高龍太:大丈夫だ。四人編成になる段取りもしてある
なるほど。レーダーで見ても、後方九小隊が描く点の塊は機能しているみたいだ。
石柱は十本目を越えていたのに、敵の反応は無い。おかしい。いつもならレーダーの上方から青く斑に染まっていくのに。敵はそこまでの人数じゃない? 一気に叩ける? いや、飛ばすのはまだ判断が早い。
十八本目の石柱を越えたところでレーダーに表示されたのは、三つに固まった青い点だった。
Voice<<仁科冬真:イズ、これって……
Voice>>All:あぁ……真似されてる
飛高さんのレーダーにはまだ映っていないのだろうか、指示は無い。このまま突っ込めば、左右どちらの石柱間を行こうと前列と中列の敵にあっという間に掃射される。相手にしてみると、迎撃するには完璧で嫌な作戦だ。
Voice<<日高龍太:止まれ3B! 一度対策を練ろう
敵の眼前でブリーフィングしようっていうのか?
Voice>>日高龍太:このまま指示を
Voice<<日高龍太:俺達と同じ作戦なら迎撃するだけ──!?
飛高隊の点が一つ消えた。迎撃だけじゃない。アレンジも加えてある。スナイパーライフルで後列から撃ってくるなんてボクらは考えていなかった。
右の石柱に急いで隠れた。全く以ておかしなことに、この石柱の反対には赤い塊がある。敵だって全く同じ事を思っているはずだ。お約束のコントみたいだって。お互いに足音を起てないように近づいたらバッタリ遭遇するパターンのやつだ。
Voice>>All:二人編成になろう。ボクとハルが真ん中に行く
場所を広く取れる分、その方が特にハルは力を発揮出来る。
Voice<<東春海:その後はどうすんだよ? 突っ込んだらヤベーぞ、これ
どうにも手の打ちようが無い陣形ということは自陣が証明してくれている。それでも敵は前回五人を殺した。
Voice>>All:『意識』して。敵の反応よりも早く駆け抜けよう。その後は四人で背中合わせに全方位を守りながら行く
Voice<<日高龍太:駄目だ日出君。それでは狙い撃ちにされるぞ
敵が動き出している。前線の敵が──
Voice<<東春海:おい!! 来るぞ!!
ハルが叫んだのを合図にしたみたいに、石柱を回り込む形で敵が躍り出た。五人の小隊が三つ。固まったタイチを突き飛ばして、ハルは真ん中の石柱に向かって駆け出し、スライディングした。
Voice>>東春海:馬鹿!!
命が掛かっているこの局面でどうして無茶が出来るのか。答えは一つしかない。ボクが応えると信じきっているからだ。しかも、一度やっている事だから簡単にやってのけると信じて疑わないから、敵の前で仰向けになんてなれる。
石柱に辿り着く前にハルの身体は失速し、片足を上げた。ボクはそれを踏みつけて跳躍。さぁ、アーマー。ボクの思考のまま跳ばせてみせろ!!
見事だと褒めざるを得ない。多分、五メートルは跳んだ。ゲームじゃなく、現実のこの世界で。ボクは両手のマシンガンをひたすらに眼下の敵に向けて掃射した。
それは、ハルが駆け出してからわずか五秒間の出来事だった。
飛高隊と、前線の支援もあってボクらの命はまだあるままだ。
トーマは中列の敵を既に撃ち始めているし、まだまだ形勢はこっちに分があった……はずだった。
前線の三隊が進軍しようとした時だ。
幸運としか言いようが無かった。初めて敵に感謝さえした。クソエイムでありがとうと。ヘッドギアを微かに『チッ』と掠めたと思ったら、自陣前線の点が三方向、合わせて八つ消えた。ライフルの遠距離射撃の嵐だ。
驚きのあまり思考が停止したボクの腕を、ハルは引っ掴んで石柱に隠れさせてくれた。二射、三射と続き、隠れ損ねた前線の小隊が倒れていく。
Voice<<東春海:大丈夫か!?
Voice>>All:掠っただけだ。まだ行ける
Voice<<東春海:まだまだの間違いだろ?
ヘッドギアの中の目が笑う。握った拳を、ハルは叩いて銃を構えた。
Voice>>All:なんでモテないんだろうな、ハルって
Voice<<東春海:……今言うなよ。動けなくなんだろうが
Voice>>All:悪い
Voice<<東春海:俺だってな、女子と……その…………手繋いでみてぇよ
Voice>>All:それ高校生のハードルじゃないだろ
これがクラスの人気二位の男子の台詞だからおかしい。
Voice<<日高龍太:余裕そうだな、3Bは
同じ真ん中の石柱にやってきた飛高さんが、そんな雑談を皮肉った。ボクの通信だけが全小隊長に通じているから、ハルの言葉は届いていない。
Voice>>日高龍太:どうします?
動けばまたスナイパーの餌になるだろう。気付けばまだ石柱は二十本にも到達していない。ややあって飛高さんは決断を下した。
Voice<<日高龍太:俺が囮になろう。右中間を行く
Voice>>日高龍太:スナイパーだけじゃないんですよ?
Voice<<日高龍太:いや、撃たれない。何故なら少し遅れて左中間を行く3Bが撃つからだ
なるほど。全方位の集中を向けるというのか。ボクらに対応するには僅かに時間差が生じるからそこを狙えと。
Voice>>日高龍太:右はどうします?
Voice<<日高龍太:残りの俺の隊で撃つ
敵も攻めあぐねているのが見える。遮蔽物に隠れている以上はスナイパーも撃ちようが無い。この石柱の裏側にいる敵も、ボクらが迎撃に備えていると思っているのだろう。
Voice<<日高龍太:それでいいか? 日出君
Voice>>日高龍太:はい。このまま休戦なんて言われても嫌なので行きましょう
3Bみんなに作戦を通し、背中合わせの陣形を作って飛高さんに合図を送ると、指を折ってカウントを始めた。三本の指が折られて拳に変わると、一気に駆け出し、銃声が聞こえた。
ボクらも反対側に駆け出すと、思いのほか敵はまんまと乗ってくれた。右中間を見ると、銃を向けられた飛高さんは相手の頭部を目掛けて蹴りを放った。石柱に叩き付けられた敵を、飛高隊が撃つ。
Voice>>日高龍太:銃使いましょうよ
Voice<<日高龍太:俺はこっちの方が迅い気がしたんだが。死ななければ問題無いだろう?
Voice>>日高龍太:まぁ、そうですけど……
もはや飛高さんは軍人と言うよりもただの空手家だった。それを証明するように、銃を地面に放り投げてしまった。
戦い慣れた人が、そのイメージを反映するアーマーを着ているのだから、もしかしたら銃よりも速いかもしれないなんて思ってしまったけど、物理的にありえない。
サポート出来るようにそっちを見ながらボクらも前進したけど、とんだ杞憂だった。勿論殺す事は出来ないけど、吹っ飛ばした無抵抗な敵は撃たれるだけだ。
ボクも負けじと、敵の顔面に銃身を突き刺し掃射という、残虐で強力な技を見せると、飛高さんは触発されたように空中回し蹴りなんて見せてくれた。
Voice<<日高龍太:行けるぞ!! 全隊上がるんだ!!
飛高さんの指示が飛ぶ。行けるとわかった反面、ボクはどこかでわかっていた。もしかしたら、飛高さんも。それでも行けるかもしれない可能性に賭けたんだと思う。
でも、現実は残酷だ。
Voice<<柳雄大:撤退しろ。休戦協定が結ばれた。総員その場で待機だ
水を指すような、獲物を喰らい満足したような狼の如き柔和な声だった。
もしかしたら、この戦争は終わらせる気が無いのかもしれないなんていう考えさえ浮かんだ。
戦うことに意味はあるのかとさえ思う。勿論、自分が死なないようにする為には戦わなければいけないけど。どこかで誰かがこの戦争をゲームだとでも思って楽しんでいるんじゃないか? 戦意は相当に削がれてしまった。それはボクだけじゃない。ハルも、トーマもそうだ。
そもそも、この戦争は何故起こっている? 歴史を振り返っても意味の無い戦争なんて無かった。だったらこの戦争にだって何かの理由があるはずだけど……明かされない。
迎えの車を待つ間に、ボクは飛高さんに肩を叩かれた。
「体力はまだ残っているか?」
「まぁ……待機時間も多かったですし」
「どうだ? 一戦交えてみないか?」
「……ボク、何かしましたか?」
怒らせたのか? そんな風に思ったけど、飛高さんは拳を突き出して、
「強いて言えば、俺に火を点けた」
「ハルの方が強いですよ?」
「いや! 絶対イズの方が強い!!」
おい、負けず嫌いはどこに行ったんだよ……。こうやって押し付けようとしている時点で人の事は言えないけど。
戦いに応じるとも言ってないのに、ヘッドギアを着け直してもう勝手に戦闘は始められ、手やら足やらが飛んで来ては防御するボクの腕をぶっ叩いていく。 アーマーの上からとは言え、これは普通に痛い。
ボクもヘッドギアを着け、拳を握った。流石に銃で撃つことは出来ない。
Voice<<日高龍太:どうした? 防御だけでは勝てないぞ?
空手の『技』である以上は型が決まっているはずだ。だったら、どこかに隙があるはず。でも、今しがたほぼ初めて空手の芸当を見せられているボクにはわかるはずが無い。
攻撃が止んだのを見て、ボクは痺れの残る腕を下ろした。ただの真面目なリーダーだと思っていたのに……、
Voice>>日高龍太:ただの戦闘狂なんですね
Voice<<日高龍太:格闘家とは総じてそういうものだ
本当かよ……。拳の握りを軽くした。丁度、銃のグリップを握っている感じで。右足を一歩下げて助走体勢に入ると、飛高さんも構え直した。さっきの戦闘を見るに、得意技はハイキック──空手なら上段蹴りというのか──だろう。行けるとボクは踏んだ。
Voice>>日高龍太:行きますよ? やられっぱなしで終わりたくないので
Voice<<日高龍太:あぁ。来い!!
その一声に、ボクは駆け出す。アーマーの援護が更にスピード感を上げた。飛高さんの右足が一瞬浮いたのを見て、確信した。
上段蹴りが来る。それをかわすように、ボクは状態を低くし、腰を捻って握られた拳を突き出す。銃身の分だけ踏み込めばアイシールドを割るくらいは出来る。
間髪で、蹴りをかわした直後、これを刹那と呼ぶのだろう。ほんの一瞬だけど、脳裏に疑問が浮かんだ。
ボクがかわせるのか? 格闘経験の無いボクが? ……罠だ!!
そう思った直後に即頭部に衝撃が走った。吹っ飛ばされた身体は石柱にぶつかる事も無く、地面を滑った。ヘッドギアがふっ飛ばされて剥き身の頭がクラクラする。起き上がれもしない。
「俺の勝ちだな、日出君。後ろ回し蹴りが本命だ」
素人相手に得意気になられても。そんな負け惜しみも出てこなかった。とにかく頭がいたい。ヘッドギアが無かったら、首が千切れていたんじゃないかってくらいに。
「イズ! 大丈夫か? 迎えが来たぞ!!」
ハルとトーマに肩を借りて、ボクは車に乗り込む。迎えに来たおじさんがぐったりしたボクに驚いていた。
「どうした? やられたのか!?」
「味方にですけどね……」
尚更不可解そうな顔だった。
武器庫に帰って、労う柳隊長にボクは挙手して質問した。この戦争は何故起きたのか、を。返って来た答えはあまりに簡単なものだった。
「日本を州の一つにするかどうかだ。つまり、お前達の働き如何にこの日本という国の存命が掛かっている。以上だ」
ガキ大将に気に入られたいじめられっ子の、決死の抵抗というわけだ。都合が悪くなれば休戦。まるで子供のゲームじゃないか。それさえも大人しく従うのか、この国は。勝てる勝負さえ前回は逃した。最初から勝つ気なんて無い。誰の為に戦争しているのか。この戦争の終わりは、ボクら全員の死で終わるしかないのか。
「どうでもいい」
ボクは思わず口走っていた。今ならわかる。それが一番の反抗だと言った意味が。退場しようとしていた柳隊長が振り返り、睨み付けた。文字通り、ボクを見下していた。
「そんな理由ならどうでもいい。ボクらは全員生き残って勝つ。あいつらを全員殺す」
戦争に勝つこと。それが、この腑抜けた犬みたいな国に対する一番の反抗だ。
「威勢が良いのは結構だ。次も生き残れ」
柳隊長が退室すると、張り詰めていた空気が一瞬にして緩んで、あちこちで息を吐く音が聞こえた。
帰りながらボクはこの気付きを、飛高さんを含めて話した。納得が行かないのは誰もが同じだったけど、あの無理矢理連れてこられた連中を考えても、逃げる事は出来ない。だったらやることは変わらないと、ハルはにんまりと。
「ぶっ殺す。んで生きる。それだけだろ!」
彼の自信満々な笑みは安心させてくれる。
「本当に、なんでモテないんだろうな、クラス二位なのに」
「…………緊張するだろ、普通」
「は?」
あまりに予想外の答えで驚いていると、トーマが笑って付け加える。
「ハルって小学生の時から女子と話す時に顔赤くなるんだよ。それを馬鹿にされてから、今じゃもう女子から逃げるようになってるんだよ……ね?」
「う、うっせぇぞ!」
「でもルナとは話してたじゃないか」
「だから顔見られないようにすぐ逃げたんだよ」
あぁ、ボクの為に頑張ってくれたのか。
「良い奴だな、ハルって」
面と向かって言われると恥ずかしいのか、逃げ場を見つけたように、タイチと肩を組んで歩いていた。
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