3B《ボクら》

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 あれ以来ルナの過去には触れないように、話してくれるのを待つようにしながらもボクらは放課後を一緒に過ごすのは変わらない。  原宿での事は誰にも話していない。ログインした時に、飛高さんに軽くお礼を言っただけだ。「ありがとうございました」と。それだけで何の事かは察してくれたし、聞けば何の問題も無く勝ったらしい。あの二人相手に苦戦していたらボクの立場も無い。 Voice<<日高龍太:鍛えた肉体と経験に勝るものはない  飛高さんはそう笑っていた。だから、ルナが言っていた『嫌な感じ』というのも言えなかった。あの人との将来の為に生きようとして戦っている。それに、好きなら周りがどう言おうと聞く耳を持たないだろう。多分、ルナがどんなに嫌な女か聞かされたところで、自分がそれに気付くまで離れる事は出来ない。  二週間近く経った、六月十五日の金曜日。昼休みに弁当を食べながら、ボクは思わず口にしてしまっていた。 「恋愛って難しいな」  二人とも、箸が止まった。ハルは弁当箱を置く。生温かい笑顔でボクの肩を叩くと、 「振られたのか?」  仲間だ。お前こそが親友だ! そんな顔だった。残念だけどそうじゃない。 「振られてないけど……なんだろうな……ボクも好きなんだなってわかったけど、そこからどうしたら良いのかって」  トーマは苦笑いでボクの右隣に視線を送っている。 「どうした? トーマ」 「いや……誰の話してるのかなぁって……」 「え………………あぁ!!」  見ると、何も聞いてませーんばりにパンを食べているけど、顔を伏せているあたり、聞き逃してないだろう。裏切りにあったような顔で不貞腐れた顔で弁当を食べ始めたハルを見て、ボクは気付いてしまった。 「三戦したけど、もう普通に翌日からご飯食べれてるよな」  殺す事に馴れてしまっていた。初戦後なんて揃って三日くらいはちびちびパンとかおにぎりを食べるくらいだったのに。 「翌日どころか、俺なんかこないだ帰ってメシ食ったしな」 「複雑だよね……」  一転して沈黙しているところに、追い討ちを掛けるようにデバイスが短く振動した。それも……三人同時に。  思わず顔を見合わせて、デバイスを見ると、溜め息が重なった。無意味な戦争の始まりだ。  『召集令   本日 二〇:〇〇   有楽町駅 中央口   先日送付したカードを忘れない事』  もうすっかり見慣れた文言だった。どうせ、また休戦になる。ボクらは自分の命を守る事に徹していれば良い。普通ならそう思うだろうけど、反抗児に触発されているボクにはそんな逃げ道は無い。 「そうだ、何の為にあんなリアルなゲーム創ってると思う?」 「アーマーのシミュレーションじゃないの?」 「買い物する必要性は?」  ハルが机を叩き、 「んなもん決まってんだろ。俺らを釣るためだって」  だとしたら、まんまと釣られてしまったわけだ。でも、強引に連れて行くことだって出来るみたいだし、ゲームを起動した時点で横領罪になるというならその必要も無いはずだ。  結局、いつも通り、やることは一つだという結論で昼休みは終わった。  放課後、帰り道のルナは機嫌が良さそうだった。 「ねぇねぇ、恋愛に困ってるなら相談に乗ってあげよっか?」 「いや、いいよ」 「好きな人でも出来たのー?」  答えを知りながら聞く辺りがまた、笑顔をタチの悪そうな顔に見せる。  三度、この手で人を殺めて来た。今晩もまた繰り返す。いつまで続くかわからないけど、延々と続くのかもしれない。この命の終わりを以て。それでも新しい兵が投入されて、戦争は続くのかもしれない。いつか、誰かが諦めて負けを選ぶかもしれない。 「ボクは人を好きになったら駄目なんだ」 「なにそれ? 好きになるのは自由じゃん」 「そうだけど……いつか言う」  ルナだって隠し事はあるし。そう言おうかと思ったけど、聞きたくない事実を聞かされそうで恐かった。人はそうやって、上手くやっていくのかもしれない。  二十時前に、ボクらは再び元パチンコ屋の前に辿り着いていた。駅で待っているのはもう新人プレイヤーくらいだ。  召集時間になると、デバイスにメールが届いた。それを全員が確認すると、飛高さんはカードをかざしてドアを開けた。 「こう言うのもなんだが……馬鹿野郎の集まりだな、これは」 「わざわざ死ぬかもしれないところに来てるわけですからね……でも、どうせ逃げられないんだから勇敢とでも言うべきですよ」  正直に言うと、飛高さんがいなければボクが取り仕切る羽目になっていたかもしれなかった。年上で、それに戦うという意志がみなぎっている彼の存在はボクにはありがたかった。 「そうだ3B。終わってから時間はあるか?」  ありますよ。と、ハルが答えると、 「バイト代が入ったんだ。良かったらメシでもどうだ?」 「マジっスか!?」  よく終わった直後にご飯に行けるなぁと、感心させられる。でもせっかくの厚意だから、「軽いものなら」と、受け取る事にした。 整列、受付、装備までをもうルーチンワークのようにこなして気付いたけれど、今回の新人には驚きが無いみたいだ。口頭で既に伝達されていたのだろう。  柳隊長の挨拶も終わり、出撃ゲートが開く。  ボクら(3B)が先陣を切って駆け出し、飛高隊、前列と続く。もう固定された作戦だった。  石柱を五本越えた所で、レーダーに敵の反応が現れた。おかしいと思ったのはボクだけじゃなかった。早過ぎる。 Voice<<仁科冬真:イズ、作戦を変えないと! 迎撃するだけじゃ無理だよ  確かに、赤い点の動きが早過ぎる。何か使っているのか? Voice>>日高龍太:飛高さん! 作戦を──!?  銃線が向かってくる。遠方から……スナイパーだ。石柱に身を潜めて、レーダーに驚愕させられた。こっちが迎撃すると見て、全隊特攻を仕掛けるなんて。  ボクらは甘かった。五パーセントの次はゼロになんて出来なかった。それどころか、二十人近い犠牲が出た。なのに、作戦を変えなかった。このままじゃ……何人死ぬんだ! Voice<<東春海:イズ! 行こうぜ。俺らが──!?  敵は銃を下げたと思ったら、ハルの頭部に蹴りを放った。吹っ飛ばされたハルがボクに突っ込んできて、動きが止められた。敵は止めを刺そうと銃を構え直した。  間に合わない!!  ハルをどかして銃を構えると、敵が吹っ飛ばされた。飛高さんが跳び蹴りを放ったのだ。正にヒーローそのものだった。ボクはすかさずそいつを撃ち殺す。 Voice>>日高龍太:助かりました…… Voice<<日高龍太:東君は大丈夫か?  飛高さんとは通じていないから、ハルを立ち上がらせると、親指を立てた。 Voice<<東春海:作戦だけじゃなくて、飛高サンの蹴りもパクられたんじゃないっスか?  というハルのぼやきを、ボクは伝達した。 Voice<<日高龍太:真似はさせん。一朝一夕でやられて溜まるか。こっちは五才から空手をやってるんだぞ  そんな蹴りをボクは受けたのか……。会話している暇も与えないほど、敵は迫る。  特に、スナイパーライフルで照準を絞らなければいけないトーマは恰好の的だ。体格的にも肉弾戦では勝ち目が無い。初日にはボクでさえボコボコにしたのだから。  飛高さんが助けに入ると、今度はボクらが襲われる。銃身の短いボクはまだしも、ショットガンのハルは攻撃に苦戦する。 Voice<<東春海:あー!! クソ。なめんな!!  空手だとかなんでもないパンチをハルは繰り出し、敵を吹っ飛ばした。ボクはそいつを撃ち抜く。 Voice<<東春海:行こうぜイズ。二人でも俺らの役割は特攻だろうが!!  トーマを置いていくのか? タイチはどこに行った? 駄目だ。考えている時間がない。指示も無ければ、戦線はこんな所で止まってしまう。 Voice>>All:わかった。3B行きます!! Voice<<日高龍太:あぁ!! 俺達も必ず追いかける!!   敵はバラバラと、連携なんて取らずに個人技で勝負するらしい。だからレーダーはマダラの赤い点を描く。石柱が邪魔でしょうがない。でも、特攻はボクらの専売特許だ。お前らに負けはしない。 Voice>>東春海:ハル、全速で行こう。意識するんだ。この中の誰よりも早く走れるように。サッカー部時代を思い出せ Voice<<東春海:……サッカー部って言ったっけ? Voice>>東春海:SNSで見たんだよ。行くぞ!!  百五十メートル走を繰り返すと思えば良い。石柱に辿り着くたびにインターバルは取れる。  走りながら、ボクは照準を絞る。パティシエがホイップを絞るように。引き金を引く。設計士が図面に線を引くように。どんな仕事も、戦争も同じことだ。それぞれが形は違えど戦っているのだ。  石柱を十二本越えた所で振り返ると、トーマの姿が見えた。何人か一緒だ。 Voice<<東春海:そっち大丈夫か!? Voice<<仁科冬真:うん。タイチと一緒に前線の隊と合流してる。でもそっちの援護までは無理みたい Voice<<東春海:いらねーよ! 自分の身だけ守っとけ!!  ハルの口調が荒かった。それだけ必死という事だ。ボクだってそれは同じ事だ。もう、何を『意識』をしているのかわからない。敵の姿? 数? 銃線? 自分の動き? とにかく、ボクは今生きる事が出来ていて、ハルと背中合わせに銃を撃ちまくっている。  弾丸の補充だってお互いがカバーし合っているから問題無い。  今は何本目の石柱なんだろうか。付近がひとしきり落ち着いた所でレーダーを見ると、ボクらの二点だけが飛び出していて、後方では作戦も何もあったもんじゃなくて、赤と青のマダラのアートが出来あがっていた。  前方から、これで終わったと思ったか? とでも言いたそうに、新たに敵の群れが追加された。 Voice<<東春海:マジかよ…… Voice>>東春海:ここじゃ後方の支援は求められない。下がるか? Voice<<東春海:下がる気なんかねーくせに聞くなよ Voice>>東春海:それは自分だろ  弾丸を補充し直して、再度レーダーを見ると、後列部隊だけがしっかりと陣を作っていた。最後の砦として自陣への侵入を食い止める気だ。それが彼らの役割で、ボクらが下がる必要は無い。  ハルと頷きあって、再び駆け出した。アーマーのサポートがあるとはいえ、そろそろ疲労感は出て来ていた。銃が重い。駄目だ。そんな『意識』がアーマーのサポートを容赦無く断ち切っていく。 Voice<<東春海:やべー……弾尽きる Voice>>東春海:その辺に落ちてるやつ拾えよ。まだ弾はあるだろうから Voice<<東春海:ショットガン好きなんだけど……AKしか無いな  ハルがアサルトライフルを構える姿を見るのは、まだランク1のステージにいた時くらいだ。まだ、あれから二ヶ月くらいか。本物の銃を構えることになるとは思ってもみなかった。 Voice<<日高龍太:日出君……聞こえてるか?  飛高さんからだ。レーダーを見ても個人が表示されるわけじゃないから、どこにいるのかわからない。 Voice>>日高龍太:聞こえてます。どうしました? Voice<<日高龍太:どう……やったら……生き残れる?  ……声が途切れ途切れだ。電波の不調などではないだろう。疲労だ。それを言えばハルだってそうだ。後ろも、敵の数は減っているとはいえ、相当な激戦なんだろう。 Voice>>日高龍太:ボクより強いじゃないですか Voice<<日高龍太:いや……………………正直、一瞬負けるかもしれないと思ったくらいだ  嘘だ。格闘技もケンカもした事が無いボクに負けるわけが無い。 Voice>>日高龍太:まず、敵がどこにいるのか『意識』してください。そして、そいつがどう動くか、自分はどう動くべきかを『判断』するんです。その二つです。ボクが心掛けているのは Voice<<日高龍太:…………日出君は判…………断力が………………あるんだな Voice>>日高龍太:綱渡りは上手いみたいですね  声が弱々しい。疲労とかじゃなく……もっと嫌な感じだ。 Voice>>日高龍太:飛高さん、今どこにいますか? 石柱の数はボクもわからないんで、左右か真ん中かだけでも教えてください Voice<<日高龍太:…………下がるな。…………三本の矢の話……したけど……矢も『ボウ(Bow)』だから………………3Bだ…………な Voice>>日高龍太:……飛高さん?  いきなりハルに突き飛ばされて、ボクはひっくり返った。 Voice<<東春海:バカかよ!! 死ぬぞ!!  面倒なアーマーだ。腕が動かない。寝転がったまま腕を上げるイメージをして、ボクは迎撃した。 Voice<<日高龍太:日出…………君……敵は…………人間じゃ……な………… Voice>>日高龍太:え? 飛高さん? だったら敵はなんですか?  青い点が一つ消えた。石柱が何十本も聳え立つこの場所で、ボクの中での……ボクらの中の柱が消えた。  アーマーが固まった。指が震えていた。怒りなのか、悲しみなのかもわからない感情が渦巻き、身体を包んでいたアーマーがボクを立たせた。 「殺してやる……全員……殺してやる」  アーマーとボクは完全に同調していた。まるで、殺人マシーンとなるのを待っていたように。身体を預けるという感覚も無くなっていた。このアーマー自体がボクの身体であると言っても良かった。  どこを撃たれたのだろうか。話せてはいたから致命傷ではないはず。 Voice<<東春海:来るぞ、イズ!! Voice>>東春海:大丈夫  足元に落ちていたAKを蹴り上げて引っ掴み、駆け出した。走るというよりは滑走と言って良いくらい動きはスムーズだった。そのままの勢いで弾丸と化したボクは、向かってきた敵の腹にAKの銃身を突き刺した。  前方の敵の群れはまだ百近い。一体どれだけ湧いてくるのだろうか。こいつらを殺せば戦争は終わる? いや、終わらないだろう。そもそもの人口が違い過ぎる。この戦場の果てはどこにある? まさか、米国本土の地下じゃないだろう。  ハルが付いて来られるかなんて考えもせずに、ボクは疾走した。    およそ人体では不可能なほどの反応速度で銃弾をかわし、AKを突き刺しては弾丸を撃つ。弾が切れればまた別な武器を拾うだけだ。  人を殺しているという感覚はもう無かった。クレープ屋がバナナを切るように、シェフが肉を焼くように。トリガーを引いて弾丸を敵の身体にばら撒くというのはそれらと同じようなものだ。  さっさと休戦しろよ。今日こそ殺すぞ。一人残らず。一切の罪の意識も持たずに。  通信でハルが止まるように言っている。止まれないだけなのに。  援護に回ったハルに、トーマが追いついていた。後方から、二つの銃線がボクの横をすり抜けていく。  敵の数は残り半分を切った。このまま行ってやる。そう勇んだボクを制止するように、通信が入った。邪魔なあの声だ。一人満足そうにしていやがるあの声だ。 Voice<<柳雄大:撤退しろ。休戦協定が結ばれた。総員その場で待機だ  その連絡が入ると、敵もピタリと撃つのをやめる。向こうから休戦を申し込んでいるのだから当然だけど、こっちの通信を聞いているようなタイミングで止まる。 「一人で走んなよ!!」 「……飛高さんが殺された。それでつい……」  二人とも、言葉を失った。リーダーを欠いたこれから、誰がどうやって取り仕切れば良いのかわからない。それに、作戦はもう使えない。敵はボクらの作戦を読んで来る。ただただ八方塞がりだ。  武器庫に戻ると、飛高さんの遺体と対面した。腹を二発撃たれていた。職員の人が横たわったそれらの目を伏せていく。遺体の数は四十三。同じ作戦なら、次の死亡率は六割を超えてしまうだろう。  言いにくそうに、見た事の無い隊員がボクの背中を叩いた。 「君は?」 「久しぶりです。初実戦でお世話になった横山広士です」  見た事が無いわけじゃなかった。あの戦闘では全く顔を覚える余裕なんか無かっただけで。 「ついにここに来たのか……あの時のもう一人……イワタだったっけ? 一緒じゃないのか?」  横山は、静かに遺体の並ぶ別な列を指した。ボクは何も言ってやる言葉が出てこなかった。死んだのは飛高さんだけじゃない。もっと色々な死があって、それらは決して一人なんかじゃない。なによりも、ボクの背中を預かった仲間達だ。 「仇は絶対に取ろう」 「これ、言って良いのかわからないんですけど……俺達二人とも飛高さんの班で……飛高さんは敵に撃たれたわけじゃないんです」 「誤射……って事か?」  そんな死に方だったなんて信じたくない。隣で聞いていたハルもトーマもそんな顔だった。けど、目撃者はかぶりを振った。 「あそこの二人が撃ったんです」  指した先には、高梨と小森がいた。顔に痣があったから、まだ飛高さんにやられた傷が残っているんだろう。  ハルよりも先に、ボクが拳を握って談笑している二人に向かっていた。全力でぶつけようとした拳は、何かにせき止められたように動かなかった。 「やめろ日出」  ボクの腕を軽々と掴んでいたのは柳隊長だった。二人は、それで殴られないと察したのか、ボクをせせら笑った。 「なんだよ? 戦場なんだろ? たまたま死体の一つ増えたのをオレらのせいにされてもな」 「やり返すんなら地上で返せよ!! なんで撃った!!」 「だからよ~、あんまふざけてっとお前が連れてた女に何するかわかんねぇぞ? けっこう原宿で見かけるしなぁ」 「ルナに何かしてみろ……殺──!?」  パシュ! と軽快すぎる音が二つ鳴ったと思ったら、二人の左胸に穴が開いていた。消音機(サイレンサー)付きの短銃で、柳隊長が撃ったのだ。 「あぁここは戦場だ。遺体の二つ増えても仕方が無い。お前らのようなクズは尚更な」  即死したであろう二人には、そんな言葉が聞こえているのかもわからない。 「どうして撃ったんですか?」 「すまんな。お前が撃ちたかったか? ただ、お前が一番の働きを見せている。だから褒美をやらなければいけない。法を超えた仕事に対する褒美は法を越えるものだ。飛高も優秀だった。それをクズが殺したせいで俺も腹が立ってな。利害の一致だ」  柳隊長は去り、そのまま、かつてない程重たい空気のまま解放された。  柱を失ったボクらはみな無言だった。たった一度とはいえ、善戦をしたのは飛高さんの作戦で、またどうにか考えてくれるものだと勝手に思い込んでいた。  毎度毎度、百人前後の命を背負うリーダーの役を、ボクは押し付けていた。誰もがそうだ。だから、次はこうしようとかいう人がいないまま、駅で散開していったのだ。人の事は誰も何も言えないままに。  翌朝も、ボクは気が重いままだった。地下だけならまだしも、現実世界でも助けて貰っただけに、その死を受け入れるというのは難しい。今まで何人も死んできて、その遺体も見てきたのに。  だからデバイスを引っ掴んで、二人にメッセージを送った。  『飛高さんの彼女に会いに行こうと思うんだ。あの人は結婚する事を夢見て戦っていたんだし。それを伝えたい』  『俺も助けられたし、それはわかるけどよ。今日学校休みだしどこにいるかわかんなくねぇか?』  確かに。学校がわかったといっても、大きな学校で人一人を探すというのも難しいし。  返信に困っていると、僅かな希望だけどルナが知っているかもしれないと思いついた。そんなに仲がいいわけでも無さそうだけど、それでも何かヒントになればと電話を掛けた。ややあって、潜ませた声が聞こえた。 『どしたの?』 「いや、その……こないだの飛高さんの彼女にちょっと用事があってさ。でも今日学校休みだから。知り合いみたいだったからどこにいるかわからないかなって……」 『…………寝取りですかー?』 「そうじゃない。ただちょっと言いたいことがあるだけ」 『……今日って何日だっけ?』  少し溜め息混じりにそう訊かれたから、「六月十六日」と返す。 『あ~、だったら本八幡のライブハウスにいると思う。夕方から張ってたら九時には出てくるよ。あいつが変わってなければ』  怪訝そうな声だった。何か因縁でもあるのかと思ったけど、まずは、 「ライブハウスって?」 『駅の大きい改札抜けたら、右にロータリーがある出口出て。ひたすら真っ直ぐ行ったらビルに看板見える。『Route40』ってのが』 「ルナはあの人と知り合いなのか?」 『…………バイト中だからごめん、切るね』 「あ、悪かった。ありが……」  礼を言う前に切れてしまった。いつにも増して冷たいのは、他の女に会いに行くからという短絡的なものでは無く、ただ単純に、飛高さんの彼女──古川ひかりを嫌っているように思える。  ボクは早速入手した情報を二人に公開すると、ハルはいつも通りに軍用の指示を出した。 『一六(ヒトロク)三〇(サンマル)に本八幡駅に集合!!』  駅で合流すると、三人揃って例の看板を見つけるために上を見ながら歩く。馬鹿みたいだと思っていると、トーマがデバイスの地図アプリで検索してくれたから、目視する必要は無くなった。 「つーか、俺緊張して上手く話せねぇよ……」 「大丈夫だ。ボクが話すから。礼くらいは言いたいだろ?」 「そうだよね。本当なら、あの日生き残った全員で来るべきだったし」  ライブハウスが見えて来ると、付近には革ジャンを着たお兄さんだったり、髪の派手なお姉さんだったりがたむろしていた。ちょっと足がすくんだけど、先に見えるコンビニに行く振りをして、まずは通過した。 「おい……オイオイオイ! なぁ、飛高さんの彼女ってあんなのなのか!? もっと清楚なお姉さん想像してたのによ!!」 「いや、そのイメージで合ってるんだけど……」 「ライブする方とか?」  トーマの予測も当たるようには思えない。顔を知っているのはボクだけだから、実は飛高さんも普段は派手なのでは? なんていう議論まで勃発した。それも否定しておく。  次第に、ハルは「もういいだろ」とか愚図り始めたけど、ルナに教えて貰った通り九時まで待つことにした。一通り、客はいなくなったみたいでビルからの足取りが消えた。  そういえば、〝あいつが変わってなければ〟と言っていた。もうルナの知る古川ひかりではなくなっているということか? 「あ、イズあの人は?」  トーマが指した、これまでの流れとは違う服装の人を見ると、その人だとは思いたくなかったけど、確かに本人だった。いかつい恰好の男とべったりくっつきながら駅の方に歩いている。 「もう、新しい彼氏出来たのか?」  ハルは信じられないという風に沈んだ声を聞かせた。ボクだって信じたくない。なのに、 「いや、あれって今日付き合った感じじゃないよ」  トーマはそう平然と言うから、そっちに同意するしか無かった。ボクもそうとしか思えなかった。なによりも、ルナも原宿であの女はやめた方がいいとさえ言っていた。この事を知っていたのか。 「どうする? 声掛けられねぇぞ?」  路上でキスまでしているから、目撃したボクらは浮気調査員にでもなった気分だった。もっとも、ハルは顔を強張らせていたけど。 「ここまで待ったんだ。行くしかないだろ」  という勢いは口だけで、上半身が前に向かうも足は動かない。 「すいませーん」  トーマが声を上げた。振り返った二人に、用事あるみたいですというように、むしろ、今声を掛けたのはこの人ですという具合に、ボクの方を向いた。 「あ~、こないだの。何か用?」  覚えていてくれたみたいだ。知り合い(ルナ)がいたお陰かもしれない。 「あの、飛高さんが──」 「事故死だってね。聞いたよ」  何の感慨も無さそうに言った。悲しさを通り越えたとかじゃなくて、初めからそんなものは無かったみたいに。 「事故死……ですか?」 「交通事故だって。死体も無いってリュウの母親から電話来たんだけど、そうですかって。それを伝えに来てくれたの? 一緒に居合わせたとか?」  一応、一緒にいたことはいたけど……言えない。業を煮やしたように、前に一歩出たのはハルだった。 「悲しくないんスか!? あの人、結婚したいとか言ってたのに!!」 「でもそれって大学出てからでしょ? そんな先の事言われてもわかんないし」   あの人は何の為に戦っていたのだろう。夢を叶える為だと彼は言うだろう。この現実を見れば、彼はまだそれでも戦おうと立てるのだろうか。 「ボクらは飛高さんにお世話になっていたから、せめて……あの人は立派だったって伝えたくて来たんです」 「真面目で堅いだけだって」 「……なんで付き合ってたんですか?」 「んー、なんとなく? ノリ?」  もう何も飛高さんの事を言えなくなった。言えば言う程、あの人の想いが無意味になって、死の悲しみが別な意味に変わる。 「話ってそれだけ? お姉さんたち忙しいからさぁ。ねぇ?」  男はにやにやと笑い、古川ひかりの腰に手を回す。 「須山ルナを知ってますか? こないだ原宿でボクと一緒にいた女の子」 「あー、あれに聞いたからここがわかったんだ?」 「…………あれ?」  お互いに嫌い合ってそうなのはそれだけでわかった。 「魅由にくっついてた子でしょ。相変わらず愛想悪いなぁと思って見てたけど……キミが魅由の代わりって事か」 「ミユって誰ですか?」 「本人に聞けば? ま、話すと思えないけど。人に言えないなぁ、私なら」  どんな関係なんだ? 初めてのキスは女の人と言っていたから、その人がミユ? 意味有りげに笑む顔が、それだけじゃないと教えてくれていた。  言葉に詰まっていると、やってきたタクシーに乗って、二人はどこかに行ってしまった。ポンと、両方から肩が叩かれた。 「女って恐いってのが良くわかっただろイズも!! わかったらさっさと須山と別れなさい!! そして俺と一緒に清純に生きようぜ」 「……嫌だよ。ハルの場合恐いだけだろ」 「でも、今の話からすると、須山さんも何か裏がありそうだよね。話さないから全くその裏も……僕達には表もわからないけど」  そんなことはわかっている。でも、人間、裏なんて知らなくてもなぁなぁで上手くやって行けるじゃないか。それで良いじゃないか。 「ま、お別れ記念にラーメンでも食って帰ろうぜ。美味い店知ってんだよ」 「別れてないし、付き合うとかもない。でもせっかくだし、ハルの奢りで行こうか」 「良いね、僕もご馳走になろうかな」 「……良いけど。意外とトーマも乗るよな、そういうとこ」  ルナのバイト先のゲーセンも、家も、最寄り駅はここだから近いはずだ。会えば会える。けど、それで裏を聞いたところで、意味はあるのだろうか。それが真実とも限らないのに。  馴れ合いのこの三人でいる事が今は一番良かった。
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