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それから八年もの月日が流れた。
それは、出会いと別れの季節。陽気な風の吹く春一番。
黒瀬風刃は、約八年間勤め上げた傭兵派遣会社『マーセナリー』へ退職届を提出した。齢十七歳。もちろん、正式な社員としては名を連ねず非公式の協力者として裏方で動いていた。
『マーセナリー』は本拠地を寒露国に置くベンチャー企業だ。正式名称『MS株式会社』。傭兵派遣に特化した事業を行っている。
師匠のもとで修行を終えた風刃は、マーセナリーの少年傭兵として活躍していた。その冷徹で迅速な判断力と、身に着けた類い稀なる技能によって数々の戦果を上げ、いつしか会社にとってなくてはならない存在になっていた。
ここは、寒露国にあるマーセナリーの本社。
殺風景で物静かな特殊派遣部の事務所で、風刃はパソコンの前に座り淡々と業務メールをチェックしていた。処理すべき残件がないかの確認だ。事務的なものばかりだったが、ふと風刃の目が止まる。
差出人は社長『清浦豹華』からだった。
「…………」
その内容を読み終えた風刃は、静かにため息をつくと席を立ち荷物をまとめた。
と言っても、そのビジネスバッグにはほんの数枚の書類と筆記用具、社員証が入っているだけで軽いものだったが。
ナイフとサイフはポケットだ。
風刃の能力は社長からも高く買われていた。そのせいで死にかけたのも一度や二度ではない。徹底的に感情を廃し、利益のためなら手段を選ばないような女傑だ。そんな社長がただで風刃を手放すわけがないと本人も覚悟はしていた。
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