第四話 最後の仕事

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――――――――――  それから、寒露国に戻る必要はなかった。  社長が日ノ國の支社まで来ていたからだ。 「本当に私の下を去るというのか」 「……はい」  報告も終え、別れを告げるだけだというのに、風刃は彼女の雰囲気に圧倒されそうだった。彼女こそ、マーセナリー社長『清浦豹華』。アーミーの元取締役であり、独立してマーセナリーを立ち上げた女傑だ。  端正な顔立ちにスラッとした細身の長身で、その素性を知らない人が見たらモデルだと見紛うだろう。しかしその眼光は、晒されただけで窒息しそうなほどの威圧感を纏っていた。 「では最後に問おう」  風刃はこの問の答え次第では殺されるのではないかと錯覚した。まるで地獄の閻魔に舌の根を掴まれているかのような迫力があった。 「私たちが業務を遂行するときとは、どのようなときだ?」  この問には無数の答えがある。おそらく彼女は、風刃の変化を知りたいのだろう。 「……人を不幸にするときです」 「そうか。それならば――」  彼女は数秒の間、目を閉じる。  そして、ゆっくりと風刃を見た。 「――こんなところ、もう二度と、戻ってくるなよ」  風刃は驚きに目を見開いた。そのとき見たのは、社長としての険しい表情ではない。旅立つ息子へ向けた慈愛の眼差しだった。 「今まで、ありがとうございました」  風刃は深々と頭を下げ、短い第一の人生に幕を閉じたのだった。 
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