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「もう無理! もう我慢できない! こうしてあなたを見るたびに食べたくなって仕方がないの! 今だってすぐにでもかぶりつきたい! でも、そうはさせてくれないでしょう? だから、あなたを見るたびに辛くなるから別れる決心をしたんだよ!」
震える瞳を大きく見開いてわたしを見つめ、驚愕の表情を浮かべる彼にわたしはさらに本心を続けて告げる。
「い、いや、あれはそういう性癖なのかと思ってたけど……まさか、性癖じゃなくて、つまり、食癖ってこと……?」
「…グスン……それともぉ…ひっく……別れる代わりにぃ…グスン……小指の先だけでいいから齧らせてくれる?」
こうして言葉にすると、大好きな彼と別れなければならないという現実を改めてリアルに認識することとなり、感情の昂りに鼻をすすりながら、動揺する彼に涙目で一縷の望みを託して私が尋ね返したその時。
「お待たせしました〜。こちら、ハムカツサンドのパン抜き…つまり、ただのハムカツになりまーす」
カワいらしい顔をした学生バイト君が、注文しておいた常連だからできるカスタマイズ・スペシャルメニューを空気読まずに運んで来た。
「じゅるり……」
それまでに充分に食欲を刺激されていたわたしは、その美味しそうにカラっと揚げられた厚切りの肉片を見ると無意識に涎が垂れてきて、図らずも人目を憚らずに舌舐めずりをしてしまう。
「うん。そうだね。やっぱり僕達、今、ここで、きっぱりと別れよう。絶対。何か起こる前に確実に……」
そんなわたしを、蛇に睨まれた蛙のような、あるいは猫に追い詰められた鼠のように血走った真剣な眼差しでじっと見据え、今度は彼の方から力強い声で別れを切り出した。
(好きだけど… 了)
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