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好きだけど…
「――別れましょう」
その日、デートでよく使っていた隠れ家的喫茶店に彼を呼び出すと、わたしはすぐに本題を切り出した。
「えっ!? どうして!? 僕、何か怒らせるようなことした? 突然、なんでそんなこと言い出すの? ぜんぜんわからないよ!」
すると、彼はそんな目的で呼び出されたとはまるで予想していなかったらしく、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして驚きの声を上げた。
「まったく思い当たることないけど、僕に何か至らないところがあったんなら改めるよ。ね、だから、そんなこと言わないでさ、これからも仲良くやっていこうよ」
そして、クンクンと鳴いて甘える子犬のような目をすると、いつものように素直に謝って、わたしを説得しにかかる。
「ううん……ダメ。もう無理。とにかく、あなたとはもうこれ以上、つきあえないの……」
しかし、わたしはつらい選択に表情を歪めながらも、すがる彼の言葉を残酷に一蹴した。
「どうしてだよ!? そんなに僕のこと嫌い? 納得できないよ! 嫌いなところがあるんならはっきり言ってよ!」
理由も告げずに別れを切り出した頑ななわたしの態度に、普段は穏やかな彼の言葉にも怒気が含まれ始め、他のお客さんの迷惑もかまわず大声を静かな店内に響かせる。
「ううん。そうじゃないの。むしろ大好きだよ、あなたのこと……」
そんな彼に、わたしは伏目がちにテーブルに置かれたコーヒーの黒い水面へ視線を落とすと、溜息を吐くようにしてそう答えた。
そう……わたしが彼との別れを決めた理由――それは、彼のことが好きすぎるからだ。
逆に言えば、好きすぎるために嫌いなところが一つだけあると言ってもよい。
「じゃあなんで別れるなんて言うんだよ!? そんな気を遣わなくていいから正直に言いなよ。やっぱり性格の不一致とかいうやつ? 僕みたいに優柔不断なやつなんかより、ちょっと強引でも引っ張っていってくれる男の方がいいとか?」
でも、そんなわたしの心の内を知る由もない彼は、勝手にそんな推論をしてなおもわたしを問い質す。
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