6.【運命の交差】

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6.【運命の交差】

「死刑。」  裁判長の口から無慈悲に下された言葉。それが、ヘリオスの運命を決定づける言葉だった。 「待てよ! 俺は何もしちゃいない! だからあれは急に意識が無くなってだな!」  食い下がるヘリオス。その気持ちは餓狼のごとく裁判長に食ってかかりそうな勢いだ。 「静粛に。被告人を退廷させなさい。」 ヘリオスを両脇から屈強な警備員がつかみ大抵させようとする。声を荒げながら必死に抵抗する ヘリオスだったが、その要望は聞き入れられなかった。 どよめきの残る傍聴席で事の成り行きを花まるとルビーが見守っていた。 「あンのクソ裁判長……!」 「聞こえますよ、ルビーさん。」 ヘリオスと同様納得できない判決に怒りを示すルビーであったがカマルは冷静にそれを諭した。 「お前はなんとも思わないのか!」 小声で怒りをぶつけるルビー。 「悔しいにきまってますよ。僕があそこに立ってたっておかしくなかったんですからね。」  自分の膝を見つめながらそうつぶやくカマル。しかしすぐに顔を上げて立ち上がる。 「ヘリオスに会いましょう。何かまだ、できることがあるかもしれません。」 「そうだな。」  一緒に立ち上がる二人の顔に、諦めの気持ちは微塵もなかった。  未だ怒りの納まりきらないヘリオスは、やりきれない気持ちを牢屋の床や壁にぶつけていた。 「ヘリオス。」 「ああ?」  親友の言葉にも悪態をついて振り返る。 「なんだカマルか。見てたか?」 「ああ。」 「もう終わりだ。くそっ! もう帰ってくれ隊長も。なんで、なんで俺がこんな目に。」  備え付けの簡易ベッドに不満をぶつけるようにして腰掛けるヘリオス。 「あいつが休まなきゃ、今頃こんなことには……。竜の様子もおかしかったし。」 「あいつって?」 「ボストフだよ、同じ隊の。ほんとならあの日はあいつが出撃するはずだったんだ。なのに突然母親が倒れたとかって……。」  その言葉にルビーが即座に反応した。 「おい、今母親と言ったか? ボストフの。」 「そうですけど。それが何か?」 「いや、確かボストフの母親はあいつが幼い時に死んだはずだ。父親も確か数年前に病気で……。あいつは今どうしてる?」 「さあ? 出てきてないんですか? ここに来た別のヤツが休んでるって言ってましたけど。」 「その、ボストフって人さ。背格好はどんな感じかな?」 「小柄なやつさ。お前よりも多分小さい。」 カマルとルビーは顔を見合わせ、考えていることが同じだと悟った。 「これは……。」 「調べてみる必要がありそうだな。」 カマルはヘリオスに向き直り、 「ヘリオス、君は僕が必ず助け出すよ。だから待っててくれ。」 「僕を信じろ。」 「お、おう。」 今まで見たことのない顔つきに、少し驚くヘリオスだった。 「私はボストフの家に行ってみる。」 「僕はドラゴンの様子を見てきます。まだミスリルの力も残ってますから、きっとなにか分かるはずです。」 「分かった。騎士団には私からの許可をもらってると伝えろ。気をつけろよ。なにか嫌な予感がしてきた。」 「はい、ルビーさんも。」  ヘリオスの刑の執行が一週間後に迫っていた今、二人にとって時間はお金と当価値、いやそれ以上に重要なものであった。  王立第一竜舎。竜騎士団が使役しているドラゴンのための厩舎。第一竜舎は国内最大の広さを誇り、国王専用のドラゴンなど、重要度が特に高いドラゴンを管理している。  入り口でルビーの名前を出すと、すんなりと中へ入ることができた。ルビーに言われた時には気づかなかったが、カマルは入口の前まで来て、本当にルビーの名前を出すだけで大丈夫か不安になったが、それは杞憂に終わった。  今は夕日が照らすこの時間は、すでに一日の任務を終えたドラゴンが、それぞれに割り当てられたスペースで休息をとっている。ドラゴンは賢く力強い生き物だ。一度機嫌を損ねれば、人間など一瞬で餌食になる。しかし一度信頼関係を結べば、この上なく頼もしいパートナーとなってくれる。言語による直接的なコミュニケーションはできないものの、優れた器官により、発汗や表情、声色、精神波などからその人物の感情を詳しく読み取れると言われる。歳を重ねたドラゴンの中には人語を話すものも……。  カマルは竜舎の中を歩き、ヘリオスのドラゴンを探した。すると、他のドラゴンから少し離れたところに一匹だけ、鋭い眼光を輝かせながらも、体からは優しい、それどころか淋しげなオーラを漂わせた一匹がいた。間違いない、「ヒスイ」だ。ヘリオスが体の色から名付けたそのドラゴンにゆっくりと近づくカマル。両手の平をドラゴンに見せ、敵意がないことを示す。轡から伸びた鎖が厩舎の両壁につながっているものの、さすがに相手はドラゴン。慎重にならざるを得ない。  ドラゴンの特性はある程度分かっているカマルだったが、直接語りかけてみた。 「死の危機にひんしている親友がいるんだ。そして君のマスターもピンチに陥ってる。二人をどうしても助けたい。君の記憶の力を貸してほしい。」  ヒスイはただじっと、カマルの話を聞いた。沈黙が流れる。  次の瞬間!  ヒスイは突然その瞳孔をレイピアのように鋭く細めると、牙をむき出して咆哮を上げた! カマルはその圧と獣特有の臭いを一身に浴びた。  思わず顔を背け、全身に電撃のような震えが走る。だが大地を踏みしめたその両足が下がることはなった。カマルはもう一度ドラゴンをまっすぐに見据え、 「頼む、どうしても力を貸してほしい。君の記憶を、僕に見せてくれ。親友を、助けたい。もう時間がないんだ!」  ヒスイの咆哮に負けないくらいの声量でカマルは訴えた。  しばしの沈黙。最初に動いたのはヒスイの方だった。口を閉じ、頭を垂れた。カマルの両肩から力が抜けた。  カマルは「ありがとう」とつぶやき、呪文を唱えた。  映し出されたのはヒスイにまたがるヘリオスの姿。墜落した当日の、出撃前の様子だった。 「あれ? 熱あるのかお前?」 「気合入ってるってことか。へへ、やるね。よし行くか!」 興味深くその映像を見つめるカマル。映像を早送りして、空中でヒスイの意識がなくなるところまでをいったん見る。そこから記憶を巻き戻していく作業に入った。  二日ほど巻き戻したところだった。眠っているヒスイに忍び寄る、フードをかぶった小柄な人物の姿が現れた。カマルの目つきが変わる。  映像の中のヒスイは、フードをかぶった人物に対し、全身から警戒色のオーラを放ち始めた。するとフードの男は慌ててフードを外す。 「待て待て、俺だ俺。怪しいもんじゃない。」 フードの下から現れたのは、男性の顔。二十代後半から三十代前半、坊主に近いヘアスタイル。左耳にはリング状のピアスがいくつも付いていた。カマルは睨むような目つきで男の顔を脳に焼き付けた。  ヒスイは坊主頭の男の顔を確認すると警戒心を解いた。 「よーし、いい子だ。今日はお前にいいもん持ってきたぜ。」  男はそう言って携帯していた腰のバッグからボリュームのある包み紙を取り出すと、それを開いた。中には生肉が込められており、男はそれを地面に置いた。 「ほいでもって今日はさらに特別サービス。」  男はそう言うと両手を後ろ手に回して1つの小瓶と1本の注射器を取り出した。針は小さな小瓶に刺さり、みるみるうちに液体を吸い上げた。男はその針をそのまま肉に突き刺した。全ての液体が注がれると、男は肉の塊をヒスイの口の前へと差し出した。少し不思議そうな表情を見せていたヒスイだったが、肉の魅力には勝てなかったのか、一気に口に運ぶと、上を向きながら何度か咀嚼して平らげた。  しばらくすると、ヒスイの体からオーラ状のものが放たれ始める。 「いいぞ。」  首尾よくいっている様子を嬉しそうに確認した坊主の男。と、その背後から別の人影がビジョンの中に映り込んできた。  坊主の男とは違ってかなり背が高く、坊主の男と同じように、フード付きのマントを目深に被っているため顔が覗いしれない。その人物は坊主頭のに話しかけた。 「ボストフよ。首尾はどうだ。」 ボストフと呼ばれた坊主の男は声のした方向を振り向き、その姿を確認すると深く頭を下げる。 「これはこれは…。ここでそんな格好、逆に怪しまれませんかね?」 ボストフの声に反応し、男は両手をフードの縁にかけ、ゆっくりとそれを外した。ビジョンにノイズが走った。カマルの魔力放出が途絶えたせいだ。  フードの下から現れたのは、大臣、ベルドその人であった。  よく見知った顔にカマルは震えていた。しかし事の次第を最後まで見届けなくてはという使命感がその気持ちを支えた。ノイズが混じりながらもビジョンは続く。 「ご苦労だった。」 「いえいえこのくらい。で、約束のものは?」 「使いの者に届けさせよう。ここは何かと目立つのでな。」 「用心深いことで。まあいいや、頼みますよ。」 「ああ、よくやってくれた。信じてくれていい。」 「でも本当によかったんですか?」 「もちろんだ。この国の未来のためだ。君も胸を張るといい。来たるべき新世界の重要な一翼を担ったのだからな。」 「へぇ、そんなもんすかね。なら悪い気はしませんけど。」 「私はもう行く。くれぐれも口外しないように。」 「へへ、分かってますって。口が固いのは数少ない特技なんでね。」  その言葉を聞くと、ベルドは再びフードを被り、ビジョンの中から消えていった。 「またお願いしますよ。」  ボストフの言葉と共に、ビジョンは途切れた。  カマルは手を下ろすと、自分が考えていた以上に疲労を感じていることが分かった。しかしその疲労に今は負けているわけにはいかなかった。 「頼む……。」  カマルはもう一度ヒスイに呼びかけた。  ボストフの自宅は、城下町の中心から外れたところにあった。特別な用事もない若い男性や、客待ちの娼婦達が路上に現れ始めている。そのような雰囲気の中に建つ、木造の集合住宅の二階。  階段をゆっくりと上がり、ドアの前まで来る。聞き耳を立てるが、生活音らしきものは聞こえてこない。寝ているのだろうか。その可能性を考慮しつつ、二回ノックした。沈黙が続く。もう一度ノックしてみる。しかし応答はない。仕方なく声を掛ける。 「ボストフ、私だ。ルビーだ。突然すまない。急用がある。ドアを開けてくれ。」  それでも応答はない。最初よりも強めにノックをする。 「ボストフ、いるんだろう? 開けるぞ。」  辛抱できなくなったルビーは、ゆっくりとドアを開ける。隙間からはムッとした空気が流れ込んできた。さらにドアを開けて、慎重に中に入った。床に衣服が乱れているのが分かった。 「まったく、これだから……。」  ルビーはボストフのことを、粗雑な男だと思っていた。だからこのような暮らしっぷりは最初から想像できていた。部屋を奥に進むと、ベッドで一人の人物がうつ伏せで寝ているのが見えた。 (なんだ、やっぱりいるんじゃないか……。)  ルビーは若干拍子抜けした気持ちでその人物に近寄る。 「起きろボストフ。聞きたいことがある。」  背中に手を置き、体を揺らしてみるが反応がない。 「こんな時間まで寝腐りやがって。いいだろう……!」  と悪態をつきながら掛け布団をひっぺ返すと、うつぶせの状態のボストフが姿を現した。しかし微動だにしない。 「おいボストフいい加減に……。」 ルビーがボストフの肩に触れると、予想外の冷たさに手を離した。間違えるはずがない。今まで何度も戦場で遭遇してきた、決して出会いたくない温度。 「お、お前……。」  見た目より重いボストフの体を仰向けにしてみると、その胸には赤黒い染みがべったりと広がっていた。  顔を引きつらせて後ずさりをすると、背後にあった椅子に足を引っかけた。椅子が倒れる音は部屋の外まで響いた。  仲間の死にはこれまで何度か立ち会ってきたルビーだったが、思いがけない結末に動揺を抑えられなかった。事切れた瞼を閉じる手の平は震え、そこから伝わるボストフの感触がルビーにはこたえた。  ボストフは胸を刃物でひと突きにされていた。ルビーは長年の経験から顔見知りの犯行を疑ったが、思い当たる節がない。  遺体の周りに視線を送ってみると、乱雑な部屋には場違いの、状態が良い書面があることに気付いて手に取った。  『極秘』 そう冒頭に記された書面には、隣国と手を組みインディヴァニア転覆を狙ったクーデターの一部が記されていた。マジックアップリキッドをベースとした新薬を服用させた状態で専用の呪術を使用し、人や魔物の意思をコントロールする……。  読み進めるのに比例してルビーの鼓動は高まる。(一体誰がこんな事を……)文末に進むにつれてルビーの興味はその一点に集中しつつあった。  次の瞬間、ルビーは背後でかすかに物音がしたように感じた。それは実際、物音ではなかったかもしれない。だが何かしらの変化をルビーを感じ取っていた。時間にすれば刹那。ルビーはそのわずかな間に思考を幾重にも巡らせ、ある結論にたどり着いた。こんな重要な書類をこの場に残していくはずがない、と……。  結論が出るやいなや、振り向きざまに腰の短剣を抜き払った。  二つの白銀の刃が十字に交差する。  目の前には全身黒ずくめの人物。体格からして男。相手の武器も短剣だった。  ルビーは相手を蹴って間合いを取ると、狭い室内での攻防戦が始まった。足元がゴミだらけの室内では、体さばきが重要になる。短剣の軌跡がお互いの体をかすめ、重い打撃は軽いゴミを浮かび上がらせた。  突いた剣はかわされ、反撃の打撃は防御され。一進一退の攻防が続いた。  ルビーの実力を肌で感じた男は、袖に隠したナイフをもう一本取り出した。ルビーも覚悟を決め、眼差しの鋭さが増した。  二人の間合いが詰まる――。  ヒスイにまたがり、カマルは夜空を疾駆していた。乗り慣れないラゴンから落ちまいと、普段は使わない内腿の筋肉に力が入っていた。それだけではない。妙な胸騒ぎが収まらず、それは表情にも現れていた。  手の甲に書き記したボストフの住所。眼前にその居住区が見えてくると、ドラゴンの手綱を操作し急降下した。吸い込まれるようにしてヒスイは 地面へと降りていき、ボストフの家の近くにある空き地に着地した。ヒスイの足が地に着くかどうかのタイミングで、カマルはもう走り出していた。  ホームレスや酔っ払いが地べたに座し、ゴミが散らかる様子が日常風景の居住区。あたりをキョロキョロしながらボストフの家を見つけると、部屋の明かりを見て駆け上がった。  部屋のドアがわずかに空いており、隙間から中を覗くと誰かが倒れていた。 「ルビーさん!」  血相を変えて飛び込んだカマルの目に飛び込んできたのは、ルビーではなく黒ずくめの男だった。 「……じゃない……。」 「バカ野郎!中に敵がいたらどうするんだ。」  怒鳴られた方に向くと、壁を背にし、脇腹を押さえながら苦悶の表情を浮かべるルビーの姿があった。 「ルビーさん!」  カマルは再びルビーの名を叫んで側へと駆け寄った。おさえる脇腹からはおびただしい量の血が流れている。 「何があったんですか! こんな……。」 カマルはすぐに、ルビーの脇腹に両手をかざして回復魔法を施し始めた。 「私はかすり傷だ……。それよりも……。」 「こんな時に強がりなんて止めてくださいよ!」 「いいから聞けカマル!」 カマルの腕を掴んだルビーの握力が、全てを物語っていた。 「……大臣だ……。ベルドが国家転覆を狙ってる……。」 「やっぱり。ヒスイのビジョンで僕も見ました。」 「ボストフは……、金で、利用されたんだ……。ヘリオスは……禁呪の…実験台にされた。」 ルビーはカマルの手首を強く掴むと、 「急げ! ベルドはヘリオスの処刑に乗じてとんでもないことをやらかす気だ。私のことはいいからアイツを……。」 「ルビーさん……。」  カマルは目を見開くと、気合を入れて両手に力を込めた。両手から放たれている鮮やかな緑色のオーラが更に輝きを増し、ルビーの傷を見る見るうちに塞いでいく。やがて完全に塞がった。  体力を大きく消耗し、肩で息をつくカマル。 「ここで死んでもらっては困ります。一緒にヘリオスを助けましょう。そこの男は刺客ですか?」 「ああ……。おそらくボストフを殺ったのもそいつだろう。頭を打ってはいるが、気を失ってるだけのはずだ。」 「それは好都合ですね。こいつを人目のつかないところに運んで匿いましょう。幸いヒスイもいます。三人くらいならなんとか運べるでしょう。情報を引き出すのは難しいかもしれませんが、敵がこちらに気付くのを遅らせられるはずです。」  カマル急成長に目を見張るばかりのルビー。 「お前……。」 「さあ、ひと泡吹かせますよ。」
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