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1.【インディヴァニア】
「クラーケンの干足が一本、グリズリーの毛皮が三枚、雪獅子の大腿骨が四本、マンドラゴラの根が三本、精霊石の原石が一つと、マジックアップリキッドが二瓶……。これで全部ね。」
メガネを掛けた若い女性店員は、紙に書かれた注文品のリストとカウンターに並べられた商品を一つ一つ丁寧に見比べ、最後にカウンター越しに立っている若い男性に目を向けた。
「ありがとう。ちょうど在庫を切らしててね。助かるよ、エナ。」
その若い男性、カマルは、エナと呼ばれた女性店員に向かって微笑む。
エナにとってはカマルの笑顔も報酬の一つだ。
「いつでも喜んで! それにしてもずいぶん大量ね。」
エナが心配するのも無理はない。カマルの華奢な体つきでは、苦労するのは目に見えていた。
「王宮まで手伝おうか? 私もう休憩に……。」
気持ちのこもったエナの言葉を最後まで聞かずにカマルは、
「大丈夫。重力魔法を使うから。上司が早く持って帰れってうるさくてね。」
と、毛皮と骨、干足を床に置き、ロープで縛ったカマルは右手をかざして短く呪文を唱えた。荷物は重力から解き放たれた。
「さっすが、魔術師の名家。」
うらめしそうなエナに、そんなことない、という言葉を飲み込むカマル。代わりに「それじゃ」と声をかけ、荷物を軽々と両手に抱えて店を出る。
店を出たカマルの前に広がるのは、レンガ造りの賑やかな城下町。三方を山に囲まれ、西側が海に面している国、インディヴァニア。自然の防壁が敵を阻む環境にあったこともあって、長く繁栄を保っていた。
午後の明るい日差しが街を照らし、穏やかな気候も後押しして、街は今日一番の活気を見せていた。
「あ、おかーさん! りゅーきし! ほらあれ! おーい!」
最初に気付いたのは、カマルとすれちがった小さな少年だった。少年は空を指差すと、その先には青く澄み切った空を駆るドラゴンの編隊があった。
少年は全身全霊で編隊にアピールすると、次第に周りの群衆達も気付き、思い思いに歓声を上げはじめた。
王立竜騎士団。飛行タイプの中型翼竜を使役し、空から国土を守る軍備の要であり花形。四匹のドラゴンが雄々しく北へと飛び去っていく。
少年は母親の制止も聞かず、空を見上げながらドラゴンと同じ方向に走り出した。視線を空に置いたままの危なっかしい走りで大通りへと飛び出す。
「どけぇ!」
突然の恫喝で金縛りにあう少年。突っ込んでくる馬車。母親の悲鳴。
間に合わない――。
誰もがそう思った。だが次の瞬間、少年の足元から青白い無数の刃が天に向かって生えた! 水晶柱のような神秘的な刃が馬車の行く手を遮ったのだ。馬車馬は前足を上げて嘶いた。最悪の事態だけは免れ、その場にいた全員が大きく息をつく。
呆然とする少年を母親は力の限り抱きよせた。その様子を離れ他場所から見るカマル。膝を付き、ピッタリと両手が付いた地面からは、少年を守った光の刃と同じ色のオーラが広がっていた。次元の壁を超え、魔力を別の場所へ通す次元魔法。唯一の特技だ。
ゆっくりと立ち上がり、助かった母子の様子を微笑ましく見つめていると、突然背中に衝撃が走った。情けない悲鳴ともにすっ転び、荷物をぶちまけてしまう。
「ぼーっとすんな!」という背中に受けながら、おっしゃる通りで、と思いつつ体を起こすのだった。
城下町を抜けた王立龍騎士団。北の国境付近に不穏な動きがあるという情報を察知した部隊長のルビーと以下三名は、偵察へと向かっているところだった。
軍の中では紅一点のルビー。女性ということで受けるハンデを実力で片っ端からねじ伏せ、隊長の地位にまで上り詰めた。今ではその名前にふさわしい真紅のドラゴンにまたがり、愛馬のごとく操る。
インディヴァニアにとってドラゴンはなくてはならない存在だ。軍事はもちろんのこと、長距離輸送や局地開発、さらには愛玩用など、あらゆるところにいる。
騎士団の行く手を阻むかのようにして、敵の竜騎士団が国境上に現れた。緊張が走る。
だがその中で一人だけ、敵との対峙に狂喜乱舞する若い男がいた。
「隊長、撃墜数勝負しましょうよ! 今度は負けないっすよオレ。」
ヘリオスは騎士団の有望株で、その自信に裏打ちされた確かな実力もある。だが戦いを軽んじているような発言もあり、その危なっかしさを懸念する者も少なくなかった。ルビーはそんなヘリオスの批判に耳を傾けながらも、将来性に強く期待していた。
「遊びじゃないぞヘリオス。敵の数は?」
「約十五!すべて中型竜です!」
ヘリオスと反対側を飛んでいた隊員が、双眼鏡を覗きながら答えた。
「十五……か。」
少し考えるルビー。
「間もなく会敵します!」
隊員が叫んで急かす。
「ヘリオス、お前本当に勝てると思っているのか?」
思わぬルビーの返しに一瞬驚きながらも、ヘリオスは手にした槍をルビーに向けながら、
「あったり前っすよ! 勝ったら晩飯!」
「いいだろう! だが揺動かもしれん。気を抜くな!」
「さすが! 話が分かる上司って最高!」
「気を抜くなと言ったばかりだろ。全員戦闘態勢!」
騎士団員は全員槍を構え、敵軍の竜兵の群れに突っ込んでいく。
敵のドラゴンは隊列を組み、騎士団に向けて一斉に火球を吐いてきた。
騎士団はそれをかわしながら距離を詰めていく。
ヘリオスは急上昇して太陽を背負い、狙いを定めて急降下攻撃を仕掛けた。太陽と重なったヘリオスの姿に敵はなす術もない。
「まず一人!」
すぐに反転し、一番の持ち味であるスピードを活かして次々に槍で仕留めていく。電光石火。あっという間に三体のドラゴンが落ちていった。
雷光のヘリオス――。
まるで瞬間移動のような戦いっぷりに付けられた異名。敬意と嫉妬が生んだ名前だが、ヘリオスはそれを気に入り、その栄誉をも力に変えて戦果を伸ばしていった。
「次の獲物は?」とヘリオスが周囲に目をやると、同じ目の高さにルビー。彼女は四匹のドラゴンに囲まれていた。一匹のドラゴンの首に槍を突き立てると、そのまま思いっきり槍を薙ぎ払った。一匹、二匹、三匹。まるで団子のようにドラゴンが次々に重なって、遠心力ではるか彼方へと飛んで行った。
「さすがは紅蓮のルビー様。」
ルビーの姿にヘリオスの心は燃えた。
「一気に殲滅するぞ!」
ルビーの号令がかかるやいなや、次の敵を落としにかかった。
竜騎士団の凱旋に街は沸いていた。畏怖の象徴でもあるドラゴンを従えているという騎士団への尊敬と同時に、彼らがいればこの先も安泰だという安心感からくるものだった。
インディヴァニア王宮、ドラゴン発着施設。周囲を高い城壁に囲まれ、空だけを見上げることができるここに、四匹のドラゴンが悠々と舞い降りた。
国王グラニス五世、王妃であるメルティナ、大臣のベルド、そして従者が待ち受けていた。
降りた四人の騎士団員を、王と王妃が祝福の抱擁で出迎える。ピンチを退けた四匹のドラゴンにも感謝の祈りを捧げた。この出迎えはドラゴンを重んじるインディヴァニアにおける重要な儀式の一つ。王と王妃は特別なことがない限り、戦いから戻った兵達にこのような労いを行っており、ドラゴンへの敬意も忘れない。この姿勢が兵士達の士気を高め、王国への忠誠をより一層高めていた。
「急な出動にもかかわらず見事であった。礼を言う。」
グラニスはから降りたルビーに向けて凛々しい顔つきでそう言った。
「は! ありがたきお言葉、ありがとうございます。」
ルビーは右手の拳を左胸に当てながら、一礼して王の感謝に応えた。
「皆怪我がなくて良かったわ。アイナ、皆様に癒しを。」
ルビーの前に立ったメルティナが、後ろに控えていた従者のアイナに指示を出した。アイナは「はい」と静かに従い、持参していたバスケットの中から小さなグラスを差し出し、メルティナに手渡した。
メルティナはそれを受け取り、「神の祝福を。」という言葉を添えて今度はルビーに捧げる。
祈りが込められた聖水をルビーはそれを飲み干す。
「アイナ、他の皆様にも。」
メルティナのグラスを受け取ったアイナは、一礼すると他の騎士団員にも癒しの水を配り始めた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
真っ先にヘリオスの元へ向かったアイナは、うつむきがちにグラスを渡した。頬が紅揚している。
ヘリオスは一気に飲み干すと、すぐに空のグラスを返した。アイナとヘリオスはお互いの姿をそれぞれの瞳の中に映して無事を確かめ合った。
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