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4.【希望の灯火】
穏やかな風が吹き込む窓辺。カーテンが揺れ、眠っているアイナの頬を撫でる。その風は、その傍らに肩を落として座っているカマルにも届いていた。
酒蔵を調べてから数日。ルビーは小瓶の調査を王立魔法研究所に依頼したが、その結果はまだ出ていない。
カマルは気が気でなく、仕事も手につかないまま時間だけが過ぎ、セミの抜け殻のような状態になっていた。その様子は厳しかったあの上司でさえも見るに見かね、一週間の特別休暇を許すほどだった。
アイナのベッドは鮮やかな緑色のオーラに包まれている。カマルが施したのと同じ、回復魔法が施された特別製だ。しかしその魔法は、カマルの心までは癒してはくれなかった。
だが人生は時に思いがけないギフトをくれる。病室の扉が開くと、国王グラニス五世と大臣のベルドがその顔を覗かせた。
カマルは二人に気づくと急いで立って向き直った。
「君は……。」
「はい!王立第二魔法研究所所属、カマル・ストラウスです。」
「ストラウス……。そうか、君が……。おっと、お邪魔だったかね。」
「いえ、大丈夫です。」
「どうかね。ご友人の様子は。」
穏やかなアイナの顔を見たグラニスが尋ねる。
「はい、外傷はもう完治しているそうです。ただ意識だけが戻らなくて……。」
「そう、か……。家内も一緒だ。」
「そういえば礼がまだだったな。あの時家内に治癒魔法をかけてくれたと聞いた。ありがとう。君がいなかったらきっととっくに……。」
穏やかな声色で話すグラニスだったが、
「いえ、力及ばず……。」
と、顔を背けるカマル。しかし何かを思い出したかのようにグラニスの顔を真っ直ぐに見つめ、
「あの……。あの、お話した…したいことが……!」
と、しどろもどろになりながら訴えた。
グラニスはしばらくカマルの顔を見つめ、その瞳から全てを悟ると「分かった。聞こう。」と呟いた。
「できれば二人きりで」というカマルの申し出も受け入れ、ベルドを病室から払う。
グラニスは窓辺に立ち、
「良いだろう、この病院は。病室から海が見える。私の祖父のアイデアだそうだ。祖父は子供の頃からやんちゃでね。閉ざされた王宮暮らしは退屈でならなかったそうだ。だから数少ない外出の機会は本当に嬉しかったらしい。特に海を愛していた。病を患った人もきっと同じ気持ちの人が多いだろうと考えたようでね。このような場所にここを建てたと聞いている。」
気を和らげようとしてくれているグラニスの優しさは、カマルの心にも染みていた。その優しさが、カマルの心の扉をゆっくりと開かせていく。
「王様……。僕は、大変な過ちをしてしまったのかもしれません……。」
「ほう、過ちとな……。」
「まだ確証は持てませんが、僕のミスが大切な友人達、そして王妃様の不幸を招いたかもしれないのです……。大変申し訳なく、どうすれば良いのか……。」
うなだれていた首をさらにうなだれるカマル。
「そう、か……。もし君が、本当に妻や部下を最初から傷つけるつもりで動いていたならば、私は絶対に許さない。それは王としても、人としてもね。だが君は、そんなつもりではないはずだ。違うかね?」
「はい、おっしゃる通りです。でもどうして……。」
「そのくらい分からなければ王としては失格だ。君の目に嘘がないことくらい分かる。」
「さすが…ですね。それに比べて僕は……。どうすれば良いのか。いえ、どうすれば良いのか分かっているのか、もう分かっているのかもしれません。ただ、自信がないんです……。」
救いを求めるような目で、グラニスを見つめる。グラニスは再び窓の外に広がる海を眺めながら、
「自信なんてものは、持てと言われても、経験や結果を積まなければ、そう簡単に生まれるものではない。」
その言葉に再びうなだれるカマル。
「しかしな、君が求めているのは、本当に自信なのかい? それよりももっと大切なものがあるのではないかね?」
「もっと、大切なもの……。」
「落ち込む気持ちも分かる。けれど今は、そこに気持ちを向けている時かな? 君のことを待っている、君を必要としている人が、いるのではないかね?」
カマルは思わず立ち上がった。
「不安は誰の心にもある。だが、君にしか出来ないことがまだあるのではないか? 自信を理由に物事を諦めてはいけない。道が完全に閉ざされるまで進んでみてはどうかのう?」
「自分にしか、出来ないこと……。」
「そうだ。自信なんてものはな、意外と後から付いてきたりするものじゃ。」
カマルは、自分心を覆っていた霧が晴れていくような感覚に襲われていた。小刻みに震える体。けれどそれは、恐怖や不安から来るものではなかった。
「行くがいい、カマル・ストラウスよ。大切なもののために。」
椅子に足を引っ掛け、大きな音を立てながら病室を飛び出していくカマル。心と体がまだ噛み合っていない。
その様子に、グラニスは微笑みで見送りの言葉に代えた。
「いい息子じゃないか。見てるか、相棒……。」
窓の向こうの海を見つめながら、そうつぶやいた。
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