5.【覚醒】

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5.【覚醒】

「分からないって、貴様それでも本職か!」 「ですから、あの程度の量では判断できないんですよ!」 「それをなんとかしろと頼んだんじゃないか!」  魔法研究所・備品管理部。カマルが籍を置いている部署のデスクで、ハゲ上司とルビーがやりあっていた。そこへちょうどカマルが駆け込んで来る。ふたりともカマルの姿を見て、 「聞いてくれカマル!」 「おい助けろカマル!」  と、声を揃えてカマルに訴えた。 「ちょうどいいところに。この男が例の液体が何なのか分からないとゴネていてだな。」 「無茶言いなさんな。たとえ竜騎士団の団長さんであっても、できんもんはできんですよ!」  すぐに状況を理解したカマルは、 「それ、僕に預からせてください。一つだけ方法があります!」 と告げてすぐに二人を黙らせた。  王立魔法研究所、第一研究室。ドーム状の、白く大きな建物であるここは、礼拝堂という言葉の方がしっくりくるような出で立ちをしている。  ここは魔法研究最大の拠点。軍事だけでなく一般生活にも役立てるための研究を行っている。第一研究室はその中でもトップの施設であり国内のエリート魔法使いが集まり、日々研究に勤しんでいる。王宮に勤める者でも、許可無く立ち入ることはできない秘匿機関だ。  カマルとルビーは受付で許可証を提示し、「ゼロア・ストラウスに面会したい」と申し出た。  受付のオペレーターは許可証と来訪目的を確認すると、手元にあった水晶玉に手をかざし、語りかけた。 「ゼロア様、面会希望の方がいらっしゃっています。」 「……分かった。すぐいく。」  どうやら魔法を使って通信できる技術らしい。装置からゼロアの声が聞こえた。これもまた、研究所の成果の一つ。  ルビーが物珍しそうに眺めているところでゼロアが姿を現した。カマルは自らゼロアのそばに行き、 「ゼロア所長。いや兄さん。頼みがあって来た。」 「藪から棒になんだ?手短に頼むぞ。」 「『ミスリルブースター』を使わせてほしい。」 「何のことだ。そんな物はここにはない。」  強い口調で一蹴するゼロア。だがカマルは食い下がった。 「お願いだ。助けたい人がいるんだ!」 「何度も言わせるな。そんな物はない。」 「希少金属ミスリルを用いた、超高度魔力増殖装置。体内の気の流れに気化させた高濃度ミスリルを流し込んで人の限界以上の能力を引き出す装置、でしょ? 魔術に携わる者なら知ってて当然だよ。」  今までにないカマルの気迫は、ゼロアにも当然伝わってきていた。それでもゼロアには曲げられない信念があった。  受付の者に知られてはならないと、ゼロアは二人を人影のないと頃へいざない、声のトーンを落とす。 「駄目だ。あれはまだ人体への安全性が確保されていない。許可できない。」 「だったら僕で実験すればいい。噂ではもう臨床試験はほぼ終わってると聞いてる。だったら人一人くらい大丈夫だろう?」 「駄目だ。非公式な実験など認められるか。分かったらもう帰れ。いいな」  二人をあきらめさせる意味も込めて、ゼロアは背を向ける。  以前のカマルだったらここで引き下がっていただろう。だが今の彼は違う。感情だけでゼロアに交渉することなど、最初から無理だと分かっていた。 「そうか、残念だよ兄さん。これは兄さんにとっても大きなメリットのある話なのにね。」  その言葉に興味を示したのか、動きが止まるゼロア。耳の向きが変わったのをカマルは見逃さない。 「今僕らがやろうとしていることは、治療中の王妃様、メルティナ様を助ける事につながるんだ。これでもしメルティナ様が助かったら、僕は兄さんの協力があったことを、メルティナ様はもちろん、グラニス様にだって喜んで伝えるね。そうすれば兄さんの評価だけじゃなくて、ここの予算ももっと回してもらえるだろう。ストラウス家の歴史にも、兄さんの偉業は後世まで語り継がれるだろうね。」 「……驚いたな。お前がそんなことまで考えていたなんて。」  あと一息。 「そうさ、大切なものができたからね。それに、非公式なら好都合じゃないか。何かあったら記録に残さないで済む。兄さんが損をすることはもちろん、家に泥を塗る要素は一つもないよ。」  ゼロアの答えを待った。それはカマルが今まで経験してきた中で一番長い待ち時間だったかもしれない。 「……分かった。だがこれはあくまで非公式の使用だ。それを忘れるな。」  ゼロアが落ちた。 「こっちだ。付いてこい。」  ゼロアが顎でカマルを促した。後についていこうとしたカマルの背中に衝撃が走る。 「やるじゃないかお前。見直したぞ!」  背中を嬉しそうに叩いたルビーであった。  カマルにスポットライトが当たる。徐々に照明がつき、明るさを増していく室内。窓はなく、外からの音も遮断されている。足元には魔法陣、そして四方に文様が施された柱が立っていた。柱は天井まで届き、柱と柱の間には虹色の壁がカマルを遮断していた。シャボン玉を作る液体が、光に照らされて独特の模様を描くように、美しく、幻想的な壁がそこにあった。  壁の外ではゼロアとルビーが操作盤の前に立ち、カマルを見つめている。 「準備は良いか? これから気化ミスリルをそっちに送り込む。足元の魔法陣がそれを体内へと運ぶんだ。被験者の話では全身にしびれるような感覚の拒絶反応があるらしい。無理はするな。」  ゼロアの忠告に対しうなずくカマル。口元から木製の簡易なマウスピースが覗く。  カマルの合図を確認し、操作盤のレバーを上げるゼロア。  ミスリルブースターが起動する。低く重厚な、機械特有の音を立てて。  カマルのいる空間に、霧状のものが散布される。同時に、足元の魔法陣が光り出し、気化したミスリルをカマルの全身へと導いていく。カマルは全身で気化ミスリルを取り込み始めた。  30秒が経った。変化なし。 「少し出力を上げるぞ。」  その言葉に続けてゼロアが操作盤のダイヤルを回すと、気化ミスリルがさらに強く噴出し始め、カマルは霧に包まれたようになっていった。  最初の変化はその直後だった。  カマルが、まるで何者かに槍で突かれたような動きをし始めたのだ。苦悶の表情で、拒絶反応が始まったことを全員が認識していた。  ゼロアは一度目のサインを出す。両手で大きくバツの字を作り、カマルに見せた。カマルは首を横に振る。  今度は人差し指だけを立てて見せた。カマルは首を縦に振る。  事前に二人で決めた簡単なサインだった。ゼロアが出すバツ印に首を縦に振ればその場で実験終了。立てた人差し指に対して首を縦に振れば出力増幅。そのような約束だった。  その後もカマルはバツ印に対しては首を横に振り、立てた人差し指には頷き続けた。  カマルの苦悶は表情だけでなく、マウスピースから漏れる声にも伝わっていった。 「おい、そろそろヤバいんじゃないか?」  見かねたルビーが実験の中断を進言してきた。むろんゼロアもこれまで何度も実験に立ち会ってきたのでそれはよく分かっている。 「ああ、もちろん分かっているとも。だが、だがな……。」  弟は何か別のものと戦っている。この実験を自分から志望してきた時から、ゼロアはそれを感じていた。ゼロアに見せた目つきと顔つき……。それはここ数年見ていなかった、いや、初めて見るかのような印象を与えていたのだった。  見たい……。  弟が限界を突破しようとしている瞬間を見たい……。ゼロアの中に、そんな想いが誕生していた。気が付くとミスリルの噴出レベルを最大にまで高めていた。そしてそれは、これまで誰も耐えることができなかったレベルでもあった。  だが弟なら……。  ゼロアもまた、自分と向き合い始めていた……。  六歳年下のカマルには、魔術にかけて非凡な才能の片鱗があった。ゼロアが何年もかけて習得した時魔法や、何度も失敗を繰り返して叱責まで受けた重力魔法。それをいとも簡単に発動させたのだった。  まだ幼かったカマル本人は、それがどれほどの偉業なのか全く気づいておらず、その片鱗を目撃したのもゼロアだけだった。  多感な時期に黒い感情が芽生えるのは珍しい話ではない。それはゼロアも例外ではなかった。以来、カマルの自信を喪失させるような言動や行動を繰り返し、魔法から遠ざけようとした。幸い、カマルは魔法以外の才能はからきしだった。  過去に自分がしてきたカマルへの仕打ちが、こんな形で返ってくるなんて。因果、しっぺ返し、罪悪感。しまっておいたはずの感情が目頭までこみ上げてきくる。  カマルもまた、初めての感覚を味わっていた。誰から言われたものでもなく、真に自分の意志で動き、苦痛を味わっているこの今。その痛みの中には、喜びと解放感が確かに存在していた。そしてその感覚は、やがて内からみなぎるエネルギーへと変化していった。  くわえていた木製のマウスピースを噛みちぎった次の瞬間! 突然カマルの全身が金色に光り始めた。光は瞬く間にカマルの全身を包み込み、その姿は見えなった。閃光は実験室の壁、天井へと突き刺さり、部屋全体を飲み込んでいく。  ゼロアとルビーは手で目を覆ってその眩しさをしのいだ。やがてまぶたの向こうの輝きが収まったような感じがして目を開けると、そこにはカマルの姿があった。しかもほんの数分前とは全くの別人のよう。  魔力に鈍感なルビーにも、カマルがまとっている魔力が桁違いであることはすぐに分かった。  涼しげな顔でゆっくりと装置から降りてくるカマル。最初に声を発したのはルビーだったが、ゼロアの声量にかき消された。 「成功……、成功だ!」  ゼロアはカマルのそばへと近寄る。 「いや、大成功だよ、兄さん。」 「どこか気分の悪いところはないか?」 「大丈夫。これならいける。」  大量の魔力を全身からほとばしらせているカマルの口調は、自信を感じさせるものがあった。 「ルビーさん、瓶を。」 「お、おう。」  性格の変化に若干の戸惑いを抱きながらも、ルビーはカマルへ瓶を渡した。 「この瓶に宿る記憶を、辿ります。」  カマルは瓶を右手で持ち、頭の高さにまで掲げた。 「在りし日の記憶……、ここに示したまえ……。」  酒場の裏で唱えたのと同じ呪文をそっと唱えると、実験室は再び神秘空間に包まれた。  そこに映し出されたのは、メガネを掛けた若い女性、エナの立体映像だった。  エナは透明な液体を小瓶に入れて、どこかへ歩いていく。歩いていった先にはカウンターが有り、そこには数々のマジックアイテムが並んでいた。 「クラーケンの干足が一本、グリズリーの毛皮が三枚、雪獅子の大腿骨が四本、マンドラゴラの根が三本、精霊石の原石が一つと、マジックアップリキッドが二瓶……。これで全部ね。」 「いつもありがとう。助かるよ、エナ。」  映像のエナが笑顔を向けたその先には……。  カマルの立体映像があった。 「なんでお前が……。」  真っ先に口を出したのはもちろんルビー。 「続きがあります。おそらくそこに真実が隠されているかと。」  冷静な口調で続きを見守るカマル。  映像に映し出されたカマルは受け取った商品を持ち、店を出る。そして子供の声につられて天を仰いだその後だった……。  フードをかぶった小柄な男がカマルに突進して突き飛ばし、その拍子に荷物は地面に散らばってしまう。フードの男はすかさず二つの小瓶をくすねると、そそくさと人混みの中へと消えていった。それに合わせるかのように、映像もここで消えた。 「ここまでか……。だがよく頑張ったなカマル。あの男はやはり酒場の男と同じやつだろう。やつの足取りを追えば……。」  ルビーはそうつぶやいてカマルの方を向くと、先程まで自信いっぱいだったカマルが肩を落とし、うつむいている。 「おい、カマル……?」 察したゼロアは、カマルの肩に手を置き、 「お前にはまだやることがあるだろう。違うか?」  その言葉にカマルの目は光を取り戻していった。
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