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エピローグ
あれから一ヶ月後、綾瀬さんはすっかり完治して東京に戻りピアノデモンストレーターの活動を再開している。
今日は久々に浜松市へ帰郷するらしく、元気な姿を見せてくれると井隅先生から教えてもらい、この場へ駆けつけた。
地元で一番大きなショッピングモールのセンターコートに僕はいる。
目の前には特設ステージがあり、その中央には漆黒に光るグランドピアノが置かれていた。
買い物帰りや食事を済ませた客たちが、設置された椅子に座り演奏が始まるのを待っている。
見上げると三階まで吹き抜けの天井は迫力があり、二階と三階の手すりに掴まった子供や家族、大人たちが隙間無く並んでステージを見下ろしていた。
午後二時からの演奏開始予定だけど、コンサート会場と違ってマナーが悪い。
私語やスマホの着信音、ビニール袋のガサガサ、館内放送で迷子のお知らせまで聞こえてくる始末。
そんな中、綾瀬美里さんがステージに上がる。
きらびやかな衣装、白いドレス姿で歩く姿も美しい。
グランドピアノを背にして両手を前に合わせ、軽く礼をする。
顔を上げて長い髪の毛先を手で後ろに払い、客席を見つめた綾瀬さんは怒りで目尻をヒクヒク吊り上げていた。
百戦錬磨のデモンストレーターさん、気にせずグランドピアノに近づき椅子に腰を下ろす。
背筋を正し、鍵盤に細くて秀美な指先を添える。
ショパン バラード 第一番 ト短調 作品23
有名な男性フィギアスケーターが冬季オリンピックで金メダルを取った時の曲だ。
弾き初めてすぐフォルテピアノ、相変わらずのスタイルだが客席で騒いでた人たちが口を閉じて綾瀬さんの演奏を見つめてる。
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