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木枯らしのエチュード
コンクールの本番当日、会場は満員御礼。
前列に審査員が並び、同年代の男女や演奏者の親族たちで観客席が賑わってる。
僕は綾瀬さんと連絡が取れないままで、すごい不安と心配に押しつぶされそうになっていた。
そんな時、師事してる井隅先生が会場に姿を表す。
「先生、実家の母親はいいんですか?」
「ええ、だいじょうぶよ。それより、大切な時期に迷惑かけたわね」
「いえ、綾瀬さんに教わっていたので」
「そのことなんだけど・・・・・・」
僕は先生から話を聞いて、衝撃を受けた。
綾瀬さんが昨日の早朝に呼吸困難で倒れ、救急車で病院に緊急搬送されたというもの。
予選会に出向く直前、自宅での出来事だという。
病名は、急性喉頭蓋炎。
病院のベッドで横になり眠ったまま点滴の抗癌剤治療を受け入院してるらしい。
コンクールなんて無視して今すぐにでも病院に駆けつけたいけど、そんな事をしたら嫌われるのは目に見えてる。
だったら結果を出して賞状と楯かトロフィーを綾瀬さんに渡せたらと考えた。
控え室に繋がる長い廊下の壁に、演奏順が書かれた張り紙がある。
僕は後ろから三人手前の位置、アイツは余裕の最終奏者。
相葉真琴は予選でもトップの成績で、王者の風格を見せつけてる。
でも負ける気はしない、綾瀬さんに指導された通り演奏すれば上位は狙えるはず。
絶対条件はノーミス、そして目を瞑ってでも鍵盤の上に指先を乗せれば自動演奏のように完璧に弾ける自信。
本当は綾瀬さんが会場にいてくれたら・・・・・・
直前の演奏者が曲を弾き終え、舞台袖に下がってくる。
入れ替わるように僕がステージ上へ向かう。
この日のために新調した衣装は、何だかぎこちないけど無視する。
ステージマナーと立ち姿に気をつけて歩き進み、立ち止まって観客に礼を終えると椅子に腰を下ろして座高を調整、深呼吸をして顔を上げスポットライトを見つめる。
漆黒に輝くグランドピアノを前に、緊張で胸が押しつぶされそう。
意を決して演奏を始めようと、指先を鍵盤の上に置く。
気のせいか、周囲にフローラルの香りが・・・・・・
そうだ、僕は一人じゃないんだ。
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