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第七章『一瞬と永遠との小さな違い』
病院に戻ると、当たり前だけど、岩咲さんを連れ出したことはとっくにバレて問題になっていた。彼女はすぐに病室へと運び込まれ、僕は看護師によって別の部屋へと連れていかれた。
そこには、ふくれっ面の新山が先に座らされていた。そして僕は、もうすぐ担当医の先生と、彼女の両親がやって来るから、この部屋で待つようにと言われた。看護師が出て行くと新山はすぐに聞いてきた。
「どうだった?」
「うん。ラスボス、倒せたよ」
「この惑星の未来は守られたわけだ」
新山が満足そうに、微笑んだ。
「新山のおかげだよ」
「で、ラスボスを倒して、あんたはちゃんと告白したの?」
「したよ」
「そう」
新山は、それだけ言うと、つまらなそうに横を向いた。
やがて担当医と彼女の両親とが部屋に入ってきた。
「本当にご迷惑をおかけしてすいませんでした」
今の僕に出来るのは謝罪しかなかった。彼女の担当医の先生が感情を押さえながら口を開く。
「謝って済む問題じゃない。君たちは自分がしたことの重大性をちゃんと理解しているのか。今の状態の彼女を外に連れ出すことは、そのまま彼女の命を直接、危険にさらす行為だ。最悪の結果が訪れる危険にね。今回、無事に帰ってこられたのは偶然にすぎない。君たちは、彼女の命がどうなってもいいと思っているのか?」
「そんなこと思ってるわけないでしょ。ふざけないでよ」
新山が立ち上がり、声を上げる。
「新山。僕たちが悪いんだよ。どんな言い訳もできない。それは新山だって分かってるだろ」
「私だって分かってるわよ。でもさ、言い方ってもんがあるでしょ」
ふてくされた顔で新山が椅子に座る。
「すいません。彼女なりに一応、反省はしてるんです」
「そう言う風には見えないがね。まあ、いい。まずは君たちが、自分たちがしてしまったことの危険性を理解してくれれば……」
「理解しました」
「私も」僕が視線を送ると渋々と言った感じで新山が言った。
「二人とも理解してくれたようだね。それじゃあ、私のお説教は、これですべて終わりだ」
そこまで言い終えた先生は、初めて表情を和らげた。
「すべて終わりって、どういうことですか?」
「二人とも、もう帰ってかまわないと言う意味だよ」
「でも……」僕は何か肩透かしを食らったようになる。
「よかった。やっと帰れる」新山の方は、特に疑問なくさっそく僕の横で伸びをしてる。
「君は、不服のようだね」先生が僕に聞いた。
「本当にいいんですか」
「何故そう思う?」
「僕は自分のしたことが責められるべきことだと思っています。だから、どんな罰でも甘んじて受け入れるつもりでした。それなのに、これじゃ何の罰も与えられないのと一緒です」
「君は罰を受けたいのかね」
「いえ、そういう訳ではありませんけど……」
「罪悪感が残ると」
「そうです」
「しかし、それは君が解決すべき問題で、私が関与することではない」
「分かっています。でもせめて理由を聞かせてください。僕たちに罰が与えられない理由です」
「それが約束だからだ。ここにいるサユリさんのご両親と、私の間でのね」
「どういうことです?」
どうやら岩咲さんのお母さんは病室の前で僕たちとすれ違った時に、娘の変装に気づいていたらしい。その上で気づかないふりをして僕たちを、行かせてくれたのだ。
彼女のお父さんが僕たちに話してくれた。
「私にもあの子の望むようにしてあげたい気持ちがありました。それは、あの子の命そのものが危険な状態であるからこそです。けれど、その選択は私たちには選ぶことのできない選択でもありました。それは私たちが、常識や規則の中で生きる大人にカテゴライズされる存在であるからです。妻から、君が娘を連れ出しと聞いた時は、もちろん驚いたし、憤りも感じた。けれど、心のどこかで喝采を送り、感謝をしている自分がいたのは否定できない。妻も私と似たような気持ちだったでしょう」
岩崎さんご夫妻は担当医に状況を説明し、事を荒立てないようにと嘆願した。しかし外部の人間によって、死期の近い患者が連れ出されてしまった事実は変わらない。警察に誘拐事件として届けられても不思議はないし、実際にそういう話は、岩咲夫妻と病院側との話し合いで出されもした。しかし最終的に岩咲夫妻の熱意が病院を押し切った。最悪の事が起こってしまったとしても、病院の管理体制を責めることは決してしないという言質と引き換えにだ。
僕と新山は、先生に挨拶をし、岩咲夫妻と一緒にその部屋を出た。病院のロビーを通り抜け、外へ出たところで彼女のお母さんが言った。
「これで、もうあの子は宇宙怪人の妄想に苦しまなくてもいいのね」
「はい。でも宇宙怪人は妄想なんかじゃありませんでした」
「どういうこと?」
「地球を支配しようとする宇宙怪人は本当に実在したんです。僕は、この目ではっきりと見たんです。彼女の、サユリさんの話していたことは全部、本当だったんです。彼女の精神は病んでなかった、異常なんかじゃなかった。正常だったんです」
「ありがとう。でも、もういいんだよ」
そういって僕をたしなめる彼女のお父さんは、僕の言うことを信じていない。僕が彼女の名誉のためにウソを言ってると思っている。
「ホントなんです。信じてください。彼女は、本当にこの惑星を守るためにやってきた宇宙人だったんです」
「永瀬君。本当にもういいんだよ」
「よくないですよ。そうだ。彼女だけじゃない。僕も宇宙人だったんです。ずっと自分のことを地球人だって思ってたけど、今日、やっと思い出したんです。それでラスボスを倒した時は、仲間のUFOがたくさん駆けつけてくれて……」
「ちょっと永瀬、落ち着いて」
興奮気味に話す僕の肩を新山が乱暴に押さえた。
「離してくれ。新山まで、何でそんな目で僕を見るんだ? 信じてくれないのか?」
「信じられるわけないよ。宇宙怪人なんているわけないでしょ。ねえ、しっかりしてよ!」
「僕はしっかりしてる。本当なんだよ。彼女は本当に宇宙からやってきて、この星を守るためにたくさん宇宙怪人と戦ったんだ。ウソじゃない。信じてくれ、新山」
「……」
「何で黙ったまま、何も言ってくれないんだ?」
「……」
「ねえ、新山。何か言ってくれ」
「……」
「それじゃあ。最後に質問するよ。君は何人かな?」
「地球人です」
「宇宙人じゃない?」
「はい」
僕の答えを聞いた担当医の先生が、パソコンのキーボードに指を走らせる
「オーケー。じゃあ予定通り、今日でカウンセリングは終了だ」
「今まで、ありがとうございました」
僕は丁寧に頭を下げて部屋を後にした。病院を出ると白熱の八月の陽射しに、思わず目を伏せる。例年にくらべれば記録的に長引いた梅雨が明けてから、今年の夏は一気に猛暑が加速した。お天気ニュースでは酷暑なんて言葉をアナウンサーがさかんに口にしている。
駅前についた僕は腕時計に目をやり、時間を確認する。カウンセリングが思っていたよりも早く終わったので、新山との待ち合わせまでは少し時間があった。
熱気の中で体の輪郭も曖昧になるくらい、そんなうんざりする暑さだったけど、今日でカウンセリングが終わった解放感のおかげでここまでの足取りは軽めだった。
とは言え、時刻は午後一時半、35℃を超える気温の中で後二十分、外で新山を待つことを考えると憂鬱になる。だいたい新山が時間通りにちゃんと来るかなんて、分かったもんじゃない。
僕は駅前のドトールに入ってアイスコーヒーを頼む。そして新山にドトールにいることをメールで送った。
結局、新山から駅前に到着したと連絡があったのは、約束の時間から三十分近くが過ぎた頃だった。別に腹は立たない。新山のそういうところに馴れているのもあるが、これから新山と向かう場所が、そういう気持ちを僕に起こさせなかった。
僕と新山は、真夏の光の下で並んで手を合わせていた僕たちの前には岩咲家代々の墓と刻まれた墓石が立っている。今日は彼女の月命日だ。
僕と彼女がラスボスを倒したあの日から、もう三ヶ月以上が過ぎていた。彼女が地上に別れを告げたのは、それから二週間後の酷い雨の日のことだった。
「カウセリング。今日で終わりだって」
「自分のこと地球人だって認めたんだ」
「まあね」
僕は、あの日から、今日まで彼女を担当していた神経科の先生にカウンセリングを受けていた。自分が宇宙人だって本気で言い出せば、それは当然の流れだった。
「でも、永瀬って、まだ本当は自分のこと宇宙人だって思ってんじゃない?」
「そんなことあるわけないだろ。でも、あの夜、確かに僕はラスボスである冷蔵庫の宇宙怪人の姿をはっきり見たし、夜空に無数のUFOを見たのは本当なんだ。それが幻覚とか妄想だって言われれば、反論のしようがないけど」
お墓参りを終えて帰る途中で、やはり月命日のお参り来た彼女の両親と会った。二人にも、今日でカウンセリングを終了したことを報告すると、喜んでくれた。僕たちは、少しの彼女の思い出を話し、そして別れた。
「今度、みんなで花火大会にいくから、永瀬も誘ってやるよ」
「何、その言い方?」
「イヤなら、いいよ」
「分かったよ。行くよ」
新山はあの後、間もなくして青木ともう一度、付き合いだしていた。新山の結論として僕より、全然使える忠犬らしい。藤川と楠木は、何だかんだで上手くいっているようだ。
新山の言う『みんな』はきっとその四人に竹内とその彼氏を加えた六人だ。そこに一人だけアローン状態の僕を誘う新山の神経は、相変らずだが、それも新山なりの思いやりの形なのだろう。
その帰り道、僕は小金井公園によって彼女と初めて会ったベンチに座った。夏休みの公園はたくさんの子どもたちが遊んでいた。
僕は二人の子どもが「じゃあ、また明日」「うん。明日、また遊ぼうね」そう言って手を振り別れるのを見た。
僕は思う。なあ、君たちは知らないだろうけど、君たちの約束がどうか守られますようにって、この星に明日が来ますようにって、必死で戦った一人の女の子がいたんだよ。
僕はベンチから立ち上がり、そろそろ夕暮れの準備を始めようとする空を見上げると、両手を目いっぱいに伸ばした後で、歩き出した。
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