親愛なる、世界一嫌いな弟へ

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 数重にかけられたロックを解除してノートPCを開き、新着メッセージに目をとおし、今日のタスクを確認する。  即席で組まれたチームに所属し、クライアントの希望を聞き、ウェブの開発を行うのが僕の仕事だ。  やりとりはチャットかメール、場合によっては通話や、カメラ越しだけれど対面で行う。  正式な従業員としての契約ではなく、リモートの環境も整っているため、出勤する必要はほぼない。  滞りなく担当の業務をこなせるのなら、勤務時間は一時間でも、三十分でも構わない。自由と責任のある暮らしというやつだ。  かたや弟は、アルバイトをしながら、バックパッカーをやったり、幅の広い趣味に没頭していて、僕とは違う意味で自由を謳歌している。  どことかの山頂で撮影したという、壁に貼り付けられた写真に少しだけ視線をやり、濃いめに淹れたコーヒーをすすって、キーボードを叩いた。  音楽はかけない方が集中できる質なので、しんとした部屋にタイプ音のみが響く。  空が白んできたら窓を開け、朝焼けに向かって思いきりのびをして、朝食をとる。  雨の日でも、雨音がそっと入ってくる程度には窓を開け、同じように身体を伸ばすのが習慣だった。  特別に大変な案件でなければ、一時間とは言わないまでも、午前中には仕事に一区切りがつく。  出勤してきたばかりであろう、チームの仲間に挨拶をして、あとは何かあれば対応する形で、のんびりと過ごす。  午後になれば、起きだしてきた弟とぽつりぽつりと会話をかわす。そうしている内に、意識がすうと引っ張られていくのだ。朝が早い分、僕は眠るのも早い。  これからバイトに行ってくるだとか、バイトのあとはどこそこで飲み会があるのだとか、そんな弟の話が、ゆっくり引き延ばされるように遠くなり、僕の一日は終わる。  今朝、弟が言いかけていた好きな子の話の詳細を、聞きそびれてしまった。ぼんやりとそんなことを頭に浮かべたまま、意識を手放した。
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