親愛なる、世界一嫌いな弟へ

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 弟は以前のような自由奔放さが薄まり、心配そうな声ばかり出すようになった。  なんて、弟のせいのようにしてみても、理由はわかりきっている。もちろん僕のせいだ。  あれから、起きていられない時間が増え、生活も弟に頼るようになっていた。  抱えていた仕事はどうにかやりきり、いったん離れることにした。  幸い、蓄えはそれなりにある。弟のアルバイトだけでも、しばらくは大丈夫のはずだ。  それに本当にいざとなれば、弟は僕とほとんど同じスキルを備えているのだから、心配は要らない。  心配すべきは、明らかに気持ちが落ち込んでいる弟に、僕の状態をどう伝えるか。それだけだ。 「おはよう。な、これ見てくれよ。ちょっといいだろ? 兄貴が、元気になったらさ」  いつものように、起き抜けに弟が声をかけてくる。  見てくれと言ってきたのは旅行のパンフレットだった。  広がる海。真っ青な空と眩しい日差し。常夏の楽園。  思わず笑ってしまい、「なんだよ」と弟がふくれっ面になる。  喜ばせようとしてくれているのだろうけれど、あいにく僕は、常夏の楽園を裸足で走りまわるのは苦手なのだ。  どうせ旅行に行くのなら、博物館や歴史的な建造物を見て回りたい。  ひとしきり笑ってから、僕は弟に、話があると切り出した。 「聞きたくない」  声を被せてきた弟も、気づいているのだろう。  僕の時間が終わりに近づいていることに。  聞いてくれ、兄貴としての最初で最後の命令だ。  あまりやらない上から目線で、少しおどけてみる。 「聞いてくれ、命令だってのは、なんかおかしい」  でも兄貴らしいっちゃらしいかもな。  弟の笑顔は明らかに無理やり作ったものだったけれど、それには何も言わず、僕は伝えるべき言葉を、きちんとした言葉を探し始めた。
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