親愛なる、世界一嫌いな弟へ

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 要は、元々おかしかったバランスが、どうにか正しい状態になろうとしているのだ。  ほとんど同時に、わずかに先に生まれた僕が兄。そういうことになってはいるけれど。  こうなるまでに、二十数年間もかかってしまったものだから、お互いがお互いの時間で、それぞれの生活を持つところまで来てしまった。  とにかく、この身体の本当の持ち主は弟だ。僕は何年か前から、それを知っていた。  なんとなく居心地が良かったものだから、気づかないフリをしてきただけだ。  兆候はいくつかあった。  使える時間が、弟の方が多いこと。  無理のきく範囲が、弟の方が広いこと。  僕が何をしているか、弟はすべてわかっているのに、僕は弟がしていることの、一部しか把握できていないこと。  そしていよいよ、僕の残り時間が少なくなってきた。そういうこと。  奇妙な喧嘩もたくさんしたけれど、楽しかったよな、と弟の思考に混ざって、僕は言う。  起きたばかりだというのに、眠くて眠くてたまらない。 「寝るな、バカ兄貴」  泣くな、バカ弟。  言い返してやってから、頭を振って意識にしがみつく。  このまま眠ってしまったら、本当にバカ兄貴だ。  なんでもない風を装って、まあお前なら大丈夫だ、しっかりやれよと呟いた。 「ふざけんな。何にも知らないくせに、なんでも知った風にしやがって。俺は、兄貴のそういうところが嫌いなんだ」  それはちょうど良かった。  僕も、自由にこの身体のポテンシャルを発揮できるお前が、嫌いだったんだ。一人になってせいせいするだろ。 「そうだな、ああそうだ。せいせいする。もう起きてくんな、この」  バカ兄貴、とおそらくもう一度言おうとして、弟はいよいよ泣き出した。  それを子守唄にして、頭の中にもやがかかり始める。  やっぱり待てだの、どうしてこんな、だのあれこれと喚く弟を無視して、そういえばと思い出す。  好きな子できたって言ってたあれ、どうなった? 「……付き合ってるよ、今度紹介してやる」  なんだ、そうか。  やっぱり、お前なら大丈夫じゃないか。  嫉妬まじりにほっとして、今度こそ目を閉じた。  きっともうじき、窓の外が白み始める。  濃いめのコーヒーをすすって、少しだけ言葉をかわして、それから。それから。
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