0人が本棚に入れています
本棚に追加
「実は、好きな子ができたんだ」
目を覚ましたばかりの僕に、弟が話しかけてきた。
狭い部屋で、二人して寝転がって、天井を見つめている。
辺りはまだ暗く、日も出ていない。
目を覚ました僕と、眠る間際の弟との、一時の家族団らんというやつだ。
味気なく見えるかもしれないけれど、僕にとっては大事な時間。
弟の申し訳なさそうな告白に、へえ、とだけ答える。
何食わぬ様子にしてみても、僕の好奇心は伝わってしまっているに違いない。
「バイト先のさ」
その一言だけでわかった。
弟の話に出てくるバイト先の女の子は、何人かいるが、その中の一人がお気に入りであることは、なんとなく感じ取っていた。
早々に気づいた僕の様子に、「なんだ。お見通しか」と弟が悔しそうにする。
僕たちはほとんど同時に生まれてきた。
だから、お互いのことはほとんど知っているし、注意していれば、大抵のことはなんとなくわかる。
細心の注意を払って、隠そうとすれば、お互いに隠せないこともないだろうけれど。
二人で相談して、協力したほうが、はるかに物事が上手くいく。
それを僕たちは知っていた。
上手くいくといいな。まあまた今度、ゆっくり聞かせてくれ。そろそろ仕事の時間だ。
返事はない。自分から改まって切り出したくせに、眠ってしまったらしい。
どうやら、気付かれずにすんだようだと、胸をなでおろす。
好奇心といっしょに染み出した、もうひとつの感情。
言葉を当てはめるのならそれは、嫉妬だった。
最初のコメントを投稿しよう!