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「ね、実に……笑い話でしょう?」
リアナがそう話しかけると、いえ、とエスメアは困惑したように曖昧に首を振った。
町を一望できる王宮のテラス。今回リアナが“任務”を任せた優秀な少尉が彼だった。褐色の肌に紫の髪、というのはテラの民共通の容姿であるが――それでも肌の色にも髪の色にも微細な違いはあるものだ。
例えばリアナは王族特有の殆ど黒に近い紫の髪であるのに比べて、彼はもう少し明るい髪色をしている。眼鏡の奥には、鋭く精悍ながら知的な色をも兼ね備えた瞳が光っていた。
「王であるならば、正しい教養を磨くのが当然。幼い頃はまだ一般教養のレベルでいいとしても、私ときたらその程度の勉学さえサボりがちだったのです。何故自分がそのようなものを学ばなければならないのかと本気で思っていましたよ。私は将来自分が王になることをわかっていながら、正しい自覚など何もなかったわけです。王というのは玉座にふんぞりかえって、他の“そういうこと”が得意な者達に仕事を割り振っていればいいはずだとまで考えていたのですよ」
「しかし、リアナ様のお父上……先代王様は……」
「わかっています。父上はいつも忙しそうに走り回っていました。なのに私は、父が忙しい理由を正しく理解する努力さえ怠り、ただただ遊んでくれない父上に不満を募らせるばかり。あげくエルザの言葉を鵜呑みにしていたのでは世話がありません」
父上の側近であり、リアナの母がわりであったエルザは――実のところ本当に忠誠を誓っていたのは父ではなく祖父の方だったのだった。彼女は祖父が亡くなり代替わりした父が――祖父とはまるで違う政治を行おうとしたことに、内心で酷く腹を立てていたのである。
だからリアナにもひそかに吹き込んだのだった。
『お父上は、国民が本当に望む政治というものがわかってらっしゃらないのです。リアナ様のお祖父様は、大変優秀でお強い方でございました。強いテラとは何か、どうすれば人々のためを思った政策ができるのか、誰よりも真剣に考えて戦ってらっしゃったのです。にも関わらず、お父上は先々代王のやり方を認めてはくださらなかった。多くの人々に愛され、支持され、その生活を豊かにした政策を突然転換させては不満が爆発するのもやむないのこと……リアナ様はどうか、間違えてはなりませぬぞ。お父上のように、毎日疲れるまで走り回って家族にも会えない、楽しいこともできないような王様にはなりたくないでございましょう?』
エルザの最もズル賢いところは――強ちその言葉が嘘でもなかったということだろう。
むしろ彼女は肝心なことを語らなかっただけで、殆ど真実を伝えたと言っても過言ではないのだ。
「ファラビア・テラは……銀河でも最も大きな惑星です。しかし、それでも何十兆もに膨れ上がった人口を養うのは、並大抵のことではありませんでした」
呻くように、エスメアが語る。
「人々が住む土地を確保するため、そして安定した経済発展を遂げるため、環境保全は悉く後回しにされてきました。結果待っていたのは深刻な環境汚染問題と食料不足です。テラは既に全ての海が埋め立てられ、あるいは干上がっている状況。自然に生える植物の一本もない。解決するには早急な環境改善策を打ち出すか……他の惑星の助力を求めるか、それしかなかったわけですね」
「助力を求める、と言えば随分聞こえはいいですけれどね。ようは、他の惑星から食べ物や資源を、侵略によって奪い取ろうというのでしょう?」
リアナは皮肉げに口許を歪める。
「長年ファラビアそうやって侵略をすることで生き長らえてきた惑星でした……祖父の代まではずっと。私はそれさえも知らぬ愚かな女王だったというわけです。確かに、環境対策を行うより遥かに他の惑星から資源を奪い取った方が早く、効率的だったのでしょう。人々の不満を、王家ではなく異星人に向けさせることもできますしね。ですが……父は戦争をすることを拒み、結果この惑星は一時的に資源不足で困窮し……多くの人々に不満を与える結果となってしまいました」
今だからわかる。父がどれほど貴い理想を貫こうとしたのかが。
そして同時に――どれだけその見通しが甘かったのかということが。
彼が思っていたよりこの惑星は追い詰められていたし、人々は――戦争をすることを当たり前の権利だと信じるようになってしまっていたのである。
庶民からも先々代王の信望者達からも憎まれるようになってしまったリアナの父は、結果としてその望みを叶えるにはあまりにも早くこの世を去ってしまうことになったのだった。表向きは事故であったがあれはどう見ても――何者かの暗殺、である。
「私は幼くして、女王に。それが今から三年ほど前のことです」
リアナは苦笑いして、続けた。
「しかし、勉強もまともにせず、この惑星の実情など何も知らない私に……まともな政治などできるはずもなかった。私の代わりにエルザが政治を行うようになり、私はお飾りの女王になりました。……でも、私にはけしてエルザを、彼女を憎む権利などないのです。女王がこの体たらくでは、知識のある誰かが代わりに舵取りをしなければならないのは、紛れもない事実だったでしょうから」
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