ちょっとした疑問

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ちょっとした疑問

 保が去って行ってから、しばらくして、ようやく一人の部員が口を開いた。 「はー、度胆抜かれたー。めっちゃ綺麗な男の子だったなー」 「言えてる言えてるー。入ってきた瞬間、えっ? って思ったもん。女子陸上部と間違えたんじゃね? ってさぁ」  一人が話し出すと次から次へと、みなが口々に参加し始める。 「芸能界でも通用しそうな感じだったよな」 「そこらの芸能人よりかわいいんじゃね? いるんだなー、世の中にはあんな男も」 「でも、橘は、全然普通に接していたよな?」 「え?」  いきなり話を振られて、橘は少し戸惑った。 「びっくりしなかった? 突然あんなに綺麗な子が入ってきてさ」 「……あー、うん。まあ。でも、男の子だし」  自分はすでに昨日に保を見ていると、言いそびれて、橘は曖昧に言葉を濁す。 「橘とはまた違うタイプの美形だよな。おまえはかっこいい、さっきの子はかわいいって感じ?」 「あの子が入部したら、陸上部の顔面偏差値がまたあがるぞ」 「だな。橘と二人いれば、もうこわいものなしだ」  周りの部員たちが盛り上がっている中、橘はふと気づいた。  そういえば、あの子……、どうしてオレの名前、知ってるんだろう?  名乗った覚えはないし、あの子のほうは、オレとは初対面のはずなのに。 『あの、保って、呼んでください。橘先輩』  ??? と橘は首を傾げた。    翌日の放課後。  保はさっそく必要事項を書いた入部希望用紙を持って、部室へやって来て、晴れて陸上部の一員となった。  自己紹介のあと、 「練習に参加するのはいつからでもいいよ。なんなら二、三日はどんな活動しているか見学しててもいいし」  部長は保へそう言った。  しかし、保はやる気に満ち溢れている様子で、小さなウサギのマスコットがぶらさがっているスポーツバッグから、真新しい体操着を取り出す。 「今日から参加させてくださいっ。体操着も持ってきましたし」  保は緊張しながらも、そう強く主張した。  橘はそんな彼を少々不思議な気持ちで見つめていた。  高校生活が始まって、入学式を入れて、まだ三日目。授業が始まったのは今日からだ。  体操着の真新しさから言って、まだ体育の授業さえ受けていないように思える。  なのに、いったいこのはりきりようは、なんなのだろう?  今のところ、新入部員は保だけなので、二人一組になって行う柔軟体操は、橘が彼と組むことになった。 「あの、よろしくお願いしますっ。橘先輩」  保は昨日と同じく深々とお辞儀をする。  ずいぶん緊張しているので、 「そんなに緊張しないで、もっと気楽にしたらいいよ、浜下」  橘がそう声をかけると、 「は、はい。……あの、橘先輩、僕のことは、保でいいですから……」  昨日と同じくそんなことを言ってきた。 「分かった。……じゃ、保」 「はい」 「あのさ、オレ、一つ聞きたいことがあるんだけど」  柔軟体操を始めながら問う。 「なんですか?」 「保さ、なんで、オレの名前、知ってたの?」  華奢な背中を押しながら問いかけると、保が一瞬絶句して、体が緊張で強張るのが伝わってきた。  そして、刹那の沈黙のあと、消え入りそうな声で答える。 「ずっと憧れていましたから……」  ……ずっと憧れて?  でもオレと保が会ったのは、昨日が初めてのはずなんだけど。  入学式の日に窓から見ていたことは知らないだろうし。  ここまで綺麗な子と過去に会ってたら、記憶から抜け落ちるはずもない。  橘はもう少し詳しいことを聞きたかったのだが、保は顔を真っ赤にしており、これ以上突っ込んだことを聞くと、体操中に心臓が止まりそうにさえ見えたので、やめておいた。
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