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玄関のドアを開けると、立っていたのは内田君だった。声も出なかった。インターフォンのモニターを確認してから出ればよかったと後悔する。耳あて、マフラー、高い襟のベージュのロングコート、手袋に身を覆っている同級生は、出ろ。低く命じ、顎で背後の道路を指した。自転車が置いてある。我に返った。
「出ろって、どこに? それに、僕の家の場所、教えたことがあったっけ?」
眼鏡フレームの上で眉が微動した。
「そんなことはどうだっていい。あんたの嫌疑を晴らさないと、おれが探偵にしてもらえない。早くしろ」
リビングで待っていてもらい、自室で制服に着替えて身なりを整える。椅子の背もたれにかかっているコートをはおる。一階に下り、ブロックタイプの栄養補助食品を口にする。内田君にも手渡しておく。餌づけか。飽き飽きしたようにつぶやきながらもきちんと受け取ってくれた。
自転車で学校まで行く。三年生の駐輪場に置かれている自転車は、まばらになっていた。卒業したのだと実感する。
あんた、この事件どう思ってる? 駐輪場に自転車のスタンドを下ろしてから、内田君が尋ねてきた。
少し迷ってから、犯行は僕が香奈恵と別れてからすぐだったと思う。ありのままに話した。「定期を取りに生徒会室に行く途中で、何かあったのかな」
へえ。反応を見せたが、仏頂面は崩れない。逆に内田君はどう思っているのか尋ねる。
「さあ、どうだろうな」歩き出した。ついていく。「ただあんたが知ってる情報よりは、多く知ってることがあるのは確かだ」
「例えば?」
「鍵を確認してる事務員の話」
南校舎と別館をつなぐ外通路を横切る。別館とは、一階には食堂や文化部の部室、二階には第二体育館という、ほとんどバドミントン部と体操部しか使っていない小さな体育館を収めている館だ。
「鍵の確認? ごみステーションの鍵とか?」
「ああ。最後に事務室を出た事務員は、完全下校時刻が終了してすぐに帰った。そのとき、鍵が全部そろったのを確認してから帰った、と」校舎に沿って、校庭を横断する。
「じゃあ、閉めないで返したってことはないのかな?」
「返した人物が誰だか知ってるか?」横目でこちらを振り返る。「現生徒会長だ」
言葉が出なかった。内田君は続ける。
「ごみステーションは普通なら、掃除が終わってすぐに用務員が鍵を閉めることになってる。だが事件の日は、現生徒会長が壮行会をやるからたくさんごみが出ると思うので、放課後に一度鍵を貸してくれ、と事務員に申し出たらしい」校庭の端まできた。校舎の裏へと回る。「あと、最近受験生のために自習室が二十時まで開いてるだろ。そのために正門は閉めるが、北門は開けっ放しにされてる」正門は北門と真逆の南にあり、南門とも呼ばれる。駅からまっすぐ歩くと南門につくので、生徒の利用頻度で言えば南門が多い。
まだ何か言ったが、幸助と聡太郎じゃねえか。立花さんの脱力した声にかき消された。前方にはごみステーションがある。開け放たれていた。駆け寄ってきた刑事は、片手でぼさぼさの髪に拍車をかけながら、なんの用だ。尋ねてきた。
「昨日宣言したことを果たすために、証拠を集めにきました」
「あー、そりゃあ殊勝なもんだが」両手を腰にあてる。目をしばたたかせる。「今の自分の立場、わかってんのか?」
「こいつの弁護人」親指の先を向けてくる。
「ああ、そいつはわかってる。幸助、お前の身分の話だ」
感情のなかった顔の中で、ほんの一瞬だったが眉がかすかに上下した。「一般高校生には持て余す現場だ、と?」
「もちろん、幸助の力量はわかっちゃいるつもりだ。けど今までだって、第一発見者になったとか、そういう特別なことがなけりゃあ、現場にいれてやんなかった。今回はなんも特別なことは起きてねえ。いれらんねえよ」じゃあ、と言って片手を上げてひらひらと手を振る。
あーあ。内心でせせら笑う。そんな言い方では内田君を追い返すことはできない。むしろ今のは、逆鱗に触れた。
「死亡推定時刻は、二十時から二十二時。外で部活してる生徒がはけて、自習室で勉強してる生徒か、職員室で最後に鍵を閉める係にあたってた先生も帰った頃合い」
きびすを返そうとした立花さんの動きが止まった。
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