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携帯のバイブ音で目が覚めた。机につっ伏して寝てしまったらしい。閉めきられたカーテンの隙間から、日の光が差し込んでいる。いったい、今は何時なんだ。真っ先に頭の中に浮かぶ。スタンドの電気を消すために伸ばした腕が痛い。一気に血液が流れていくのがわかった。携帯を手に取り、画面を起こす。液晶画面の明るさに目を細め、表示を確認。大吾からの電話だった。
「もしもし、どうかしたの?」肩に携帯を挟み、カーテンを開ける。外の明るさにベッドの時計へ目を移す。口が開いたまま止まってしまった。十四時を回っている。
『それはこっちのセリフだ。変なうわさが横行してるぞ』
「変なうわさ?」
『お前の様子が変で心配だって話と、犯人説だ。教室で何かやらかしたって聞いたが』
ああ、やっぱりか。自嘲気味の笑みを漏らす。吹聴した犯人が目に見えてわかる。昨日の放課後のことを話す。ため息が聞こえてきた。『確かにらしくない反応だな。いつもはもっと冷静なのに』
携帯越しに苦笑する。平生の対応は、冷静なのとはまた別ものだ。だが確かに昨日は、思い返しても異常だった。香奈恵が亡くなり、なぜか犯人として疑われてもおかしくない身に覚えのない証拠が出てきた。教室に戻れば鋭い攻撃を受ける。駐輪場では八つあたりされる。ため息をつきかけてやめた。
「僕が犯人だって話は、かなり有力視されているの?」
『堤くらいだろ。あいつを敵に回すのが面倒だから、真相が明らかにされるまでとりあえず合わせておくってやつも少なくない』
「あ、そっか。よかった」安堵したように息をつく。やはりうわさを拡散した犯人は彼女か。警察もまさか、キーホルダーの存在を公開したはずがない。若高の生徒には永井聡太郎に公式の疑いがかかっていることはばれていない。一応県内屈指の進学校だから、頭の弱い集団じゃない。証拠がなければ容易に疑うようなことはしないだろう。ただ集団の悪いくせで、長い者に巻かれる。
――おれが、こいつが犯人じゃないって証明したら。
不意に内田君の言葉が脳裏をよぎる。もし真犯人が見つからなければ、うわさは真実味を帯びてくる。犯人をつき出したいところだが、一人ではとうていできそうにない。香奈恵の殺人犯は、現場をきちんと見ていないから詳しいことはわからないが、頭がよい。協力をするのなら、自分よりも頭脳が上の人間でなければならない。学力でいえば、校内に自分を追い抜かした人間はいなかった。
だが、知っている。学校のテストでは計れない分野で、上をいっている人物がいることを。
『永井、聞いてるか?』
はっとして慌てて反応する。謝った。別にいいけど、ちゃんと休めよ。お前が犯人じゃないことは知ってるから。平たんなしゃべり方だったが、面と向かって話していたら目を逸らしている姿を見ることができただろう。
ありがとう。言う。間を置いてから、あと、一ついいかな。質問の前置きを続ける。
「僕って、案外わかりやすいのかな」
『はあ?』間抜けた声になった。『どういう意味だ』
「そのままの意味なんだけれど」指先で頬をかく。「京子に言われたからさ」
ああ、と受話器越しに納得される。あれ、本当なんだな。つぶやかれて、あっ、と漏らした。唇が引きつる。
『まあなんにせよ、俺は知らなかった。そういうことに敏感なやつは気がついてたんじゃないか。俺はそういうことにうといからな』
そっか、ありがとう。二度目の礼を言っておく。
『そうだ、これはどうでもいいが、受かってたよ』
瞬く。口元が緩んだ。「おめでとう。あとは綾香だけだね。今日、か」
ああ。電話越しの相づちは少し硬くなっていた。下手に大丈夫だよ、とは言えない。
互いに黙り込んでいると、階下でチャイムの音がした。両親共に仕事でいない。弟は学校だ。もう一度礼を言ってから通話を終了する。
一階に下りた。
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