忌まわしき門出

19/61
90人が本棚に入れています
本棚に追加
/61ページ
「外傷があると言ってましたけど、おそらく、遠野香奈恵には砂か何かがついてたんじゃないでしょうか? なぜか。ごみステーションに被害者をいれてから袋詰めしたため。砂はごみステーション内のものとも考えられるが、あり得ません。ごみステーションの広さは、人が二人も入って大きな動きをしようとするには狭い。どれかしら近くのゴミ袋をひっくり返す」  視線の先はごみステーションへと向けられている。 「人間一人を運びいれるのは難しい。ごみステーションと地面とは一段分離れてますし。犯人は少なくとももう一人はいると見ます。そうなればもう、人口密度はひどい。よって一度殴られて外で放置され、袋にいれられてまた中で放置された。砂は外でついたものです。死因は窒息死あたりですか。わざわざ袋にいれて密閉してるくらいですし。でも袋の空気は、完全には抜いてないんじゃないですか? おれが見たときには死体は片づけられてましたけど」  鋭い眼光で目前の刑事を改めて見る。 「と、ここまで想像してみましたが、合ってるならいれてもらえませんか? なんたって今回は、一人の人間の人生がかかってるんですよ」薄気味悪い笑みが口元に展開する。どうせあんたはこちらの人生のことなど、考えてないだろうに。思ってから、違うと否定する。彼自身のことだ。  立花さんの反応で、無作法な探偵志望の「想像」があたっていることを察した。今までに聞いてきたことを思い出す。内田君とは情報量でいえば、さして変わらないはずだ。この場にくる前に、共有までしている。  中学二年生で初めてまともに彼と話したときのことを思い出す。当時もクラスメイトの絵がなくなって、どこに行ってしまったのか推理して探し出した。自分では犯人はわかっていたものの、目的と隠した場所に皆目見当がつかなかった。周りは犯人すらまともにわかっていない。様々な憶測が教室内を飛び交っていた。しかし一人だけ、周りに含まれなかった人物がいる。  内田幸助。  ちょうど彼の眼鏡を踏み壊したのは、この頃だった。発言の裏を読み取り、散々に指摘され出したのはこの事件が始まりだ。内田君には、こちらがクラスメイトに好印象を与えるために、事件までもを利用していることをつきつけてきた。彼はこちらが犯人の正体に気がついていることを察していた。同時に、こちらに指摘してくるくらいなのだから、内田幸助はもしかしたら事件の全容を掴んでいるのではないか、と感じていた。  内田君のすみか同然の図書室で尋ねると、自らがその日に読んでいたギルバート・キース・チェスタトン「ブラウン神父の童心」に収録されている「折れた剣」の名言をヒントとして与えてくれた。  あのときのことは今でも忘れられない。のちほど知ったのだが、彼の小説の中で一番嫌いなジャンルはミステリー。普段ならば絶対に近寄ろうともしない、と司書の先生は言っていた。尋ねられることを予期して、わざと伏線のごとく嫌いなジャンルに手を出していたのだ。  だが、ヒントを与えられても言葉の意味はわかるのだが、ヒントとしての使い方は少しもわからなかった。結局、推理の披露は全面的に彼に任せることになった。  浮かべそうになる笑みをやっとの思いで抑え込む。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!