【三】連鎖(れんさ)

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【三】連鎖(れんさ)

 しっかりものの長女。奔放な次女。変わり者の三女。  我慢強い長女。乱暴な次女。余り者の三女。  独善的な長女。我儘な次女。出来損ないの三女。  化け物の長女。化け物の次女。化け物の三女。  化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 『レオナール殿下の護衛は全員殉職。女王とアマーリエ殿下は、公務の途中で襲撃に遭いましたが難を逃れました。そして他の青バラたちも……』 『そんな』  ティアは絶句した。そして先刻ロータリーで見た、国民たちの痛ましい態度に納得してしまった。  第二王女死亡の報道は、前回の王位継承の儀式で起きたテロと暗殺(惨劇)を想起させるものだ。通常の国ならば、入国制限をかける事態だというのに、テロに屈した弱気な態度は論外――この国では許されない。  これでは国民は板挟みだ。オルテの国民としてのプライド、第二王女を失った悲しみ、未だテロの痛みから癒えていないだろう過去の傷跡、我が身の可愛さ、大切なものを失うかもしれない恐怖。  暴力的なまでの不確定要素の連続に、国民の心が疲弊してお通夜のごとく顔を伏せるのも納得できる。  さらに彼らの精神的よりどころである、青バラたちがほとんど残っていないのだとしたら……。 『しかもカルティゴの法務局から、クラウディア殿下の身柄を拘束する要請を受けました。が、安心してください。こちらで現在食い止めております。このタイミングで殿下に殺人容疑とは、途端にキナ臭くなりましたな』 「……っ」  ドンッ! と、後頭部を不意打ちで殴られたような衝撃が走り、ゆっくりと疼くような寒気が全身に広がっていく。 『もし私に何かあったら、なにがなんでもこの国から出るんだ』  ヘルメス教授と交わした最後の言葉が、ティアの耳の奥で木霊する。  教授が殺害される数時間前、初めて学会で論文を発表したものの、散々叩かれて、逆切れして、暴れて、警備員につまみ出されて途方に暮れてしまった。教授になんと説明すればいいのか、【文明社会学】(ゼミ)の仲間たちにどう申し開きをすればいいのか、そんなことを考えながら扉を開けた先で、教授は冷たくなっていた。……今おもえば、仕組まれていたのかもしれない。  カルティゴは勇者【アレン】が生まれた国。表面上はオルテと友好国であるものの、勇者の血筋を他国に取られ、血筋がオルテの道具のごとくいいように扱われていることに対し、複雑な感情を抱いている。  だからティアの存在は最初から面白くない。特に、はじめて彼女の姿を見たカルティエゴ人は、自分たちのプライドを傷つけられたと感じるだろう。  勇者アレンも彼女と同じ、マンダリンオレンジの髪と紫の瞳を持っていたのだから。  世界を救った勇者の血を引く他国の王族。  本来ならば自分たちが、手元に置いていたであろう珠玉(しゅぎょく)を他国に奪われた。そのことを改めて突きつけられて、カルティエゴ人はティアを攻撃せずにはいられなくなる。  特に学会という、世間の一般常識から離れた世界では悪い方向に働いた。  学者というものは常人よりも知識があり、知見があり、学術を極めているというのに、一旦嫌悪の対象になれば、例え王族だろうとも平気で口撃(こうげき)をする。不敬という概念も、パワハラ、モラハラをしているつもりも毛頭なく、男尊女卑の思想が色濃く残っているのもティアにとって、不幸中の不幸だった。  ヘルメス教授は実情を知っていたからこそ、大切な生徒(ティア)を守ろうとしたのだが、ティアはこの学会にクロノス商会の重役たちが出席すると訊いて、居ても立ってもいられなかった。  彼らに世界の危機を伝えて、少しでも人の心があるのなら現状を憂慮して欲しかったのだ。 ――このまま土壌汚染が進めば取り返しがつかなくなる。  。と。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  緊張の糸が切れる。 「――……ぁっ」  かすれた声が細い喉を震わせた。小さな唇に歯を立てて、紫の瞳から次々と涙がこぼれる。  ボロボロと零される大粒の涙は水で出来た(つぶて)のようで、まるで彼女の悲しみの大きさを物語り、鼻水を垂らしてぐしゃぐしゃに赤く泣きはらす姿は17歳の少女そのものだった。 「ご、ごめんなさい、わた、し、わたし」  ヘルメス教授が死んだ時、どこかで覚悟をしてきた部分があった。ヘルメス教授自身も覚悟を決めていた。  自分たち二人だけじゃない、メルメス教授の教え子たち――【文明社会学】のゼミ生たちも、自分たちのしていることが下手をしたら権力者に不興をかい、死を覚悟する事態に陥ることを理解していた。  魔法と科学の垣根が融解したことによる産業革命。魔媒晶(マテリアル・ストーン)を用いたブレイクスルーは、新時代の希望の光だったのだから。 「わたじ、じぶん、のごど、ばっがりで……っ」  だが自分のあずかり知らないところで、身近な人間が次々と傷つけられて殺されている事態は想定外だ。はたして学会の発表と関係があるのか、それともないのかは定かではないが、死角から襲撃をかけられてきたようなショックと罪悪感が、嵐のごとく渦を巻いて膨張し、嫌な想像が次から次へと頭の中で再生される。  わたしは馬鹿だ。大馬鹿だ。  彼女の中では、王位継承の儀式――アステリアの鎖は攻略できる確信があった。うまくいけば女王も姉たちも、ほかの人たちも犠牲にならずに済み、アステリアの知識を手に入れることができる――楽観的で都合の良い想像力が働いていたのだ。  それは十代特有の根拠のない万能感が由来となっているのだが、まだ人生経験の浅いティアにとってはなんの慰めにもなっていない。ただただ自分の思い上がりと、愚かさと軽挙に羞恥と怒りがこみあげて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。そして、大切な恩師と姉がもう生きていない現実に打ちのめされて、自分の中にある故人の思い出がガラスのように砕け散って、体中が、魂が、返してくれ、戻してくれ、助けてくれと振り絞るように叫ぶのだ。  悲しい、悔しい、寂しい、辛い、痛い……。  体中が軋み、痺れるような痛みと熱を感じるほどに、負の感情が容赦なく全身をズタズタにする。  鼻が痛み、喉が痛み、耳が痛み、眼が痛み、握りしめた拳が悲鳴を上げながら、血の涙を流している。  許さない、ゆるさない、ユルサナイ、ユruさ那i、揄Rウ僻なゐ――っ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  どす黒い怒りが炎のごとく燃え上がる。  赤く染まる視界の中で、慌ててティアに駆け寄ろうとする三人と、視界の端で飛びまわる小さな蠅。  窓から見える落下する太陽が、まるで自分たちを嘲笑っているように見えた。  わたしたちのやっていることは、すべて滑稽だといわんばかりに。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  遠くから声が聞こえる。  ――ィ……ア……ティア、ティアっ! ティーアっ! 「うっ」  体が重くて身動きできないのに、頭の中がフワフワしている。  なぜか目の前に、死んだ姉であるレオナールが頬杖をついてティアの顔を覗き込み、黄色の瞳に困惑する妹の顔をしっかりと映しこんでいた。  やや釣り目がちの姉の瞳からあふれる妹に対する愛情と暖かさ、熱を測るように妹の額に手のひらを当てて、やや太めの金色の眉をハの字に曲げる。 「少し熱があるじゃない。最近、ちゃんと寝ているの?」  ここはネイリス学院の学生寮にあるカフェテラスで、最近の流行を取り入れた小洒落(こじゃれ)た休憩スペースには、自分と姉しかいない。  普段なら学生たちで賑わっているにも関わらず、こんな状況がおかしいと感じない現実感の乏しさ、水の中に潜ったような感覚の鈍さ、自分の身体が向こう側にある感覚から、ティアは自分が夢を見ているのだと自覚する。 「レオナ姉さん……」 「なぁに?」  にっこりと笑う姉の姿に既視感を覚えて、ティアは思い出した。今見ている夢は、去年の秋ぐらい、姉たちがカルティゴに来てくれた時を(もと)にしているのだ。  あぁ、なんて夢なんだろう。  実際は、学生たちが真夏の蝉ぐらいに賑わって、異国で生活する妹の様子を見に来た姉たちを、こっちが恥ずかしくなるレベルで遠巻きで眺めていたのに、夢の中では姉と二人っきり――まさに、己の望みが反映された状況であり、ティアは胸の奥をざわつかせるような居心地の悪さを覚える。 ……けれど。 「姉さん、姉さんっ!」  続く言葉が見つからない。思い出の中で生きている姉の姿は、妹を見つめる眼差しは、ティアの心を温かく満たしつつ、死の喪失感で傷ついた心を不穏にざわつかせる。 「姉さんは、じつは、死んでいないん……ですよね?」  実際に自分は、姉の死体を見ていない。レオナールが酷い状態で見つかり、国民たちが不安と悲しみで顔を俯かせて、ティアとカーラを出迎えてきたのは警視総監と警視総監補佐。  状況だけが姉の死を物語るだけで、未だ身近な人間の死に納得できない不公平感が、黒い靄として自分の中でわだかまっている。 「なーにいっているのよ。やっぱり、ちゃんと寝ていないんでしょう」  妹の額から手を離した姉は、「もう」と言ってそのままデコピンする。 「イタッ」    そうだ。あの時も、姉さんにデコピンされて……。 「こら、レオナ。ティアをいじめるんじゃありません」  一番上の姉がレオナを(とが)めたのだ。  いつの間にか丸テーブルの空いているスペースに、一番上の姉【アマーリエ】が座って優雅にエスプレッソをすすっている。  整った東洋系の顔立ちに、瞳の上が赤く、下にいくほどにトパーズ色に変わっていくバイカラーの瞳。ハーフエルフの証である尖り耳が隠れないように、青みがかった銀色の長髪を真珠の髪留めで編み上げているせいか、白いうなじが艶めかしくあらわになっている。  その当時のアマーリエは、まだ23歳だというのに彼女にはすでに人の心を惑わせる魔性めいたものを持っていた。 「ちぇっ、姉様(あねさま)はいつもそうだ。あたしを悪者にして、そこまでしてティアの関心が欲しいんだ」  拗ねたような口調のレオナに、アマーリエはため息をついた。  二人ともお忍び用のラフな格好であるが、レオナの立派な体躯とアマーリエのワンピースから伺える、凹凸は嫌でも周囲の人間の関心をひいた。(※カーラほどではないが) 「バカ言いなさい、私は貴女(あなた)を心配しているのよ。ほら、ティアの額に青タンが出来ている。もうちょっと自分の力に自覚を持って欲しいわね。あなたのデコピンは普通の人間なら致命傷なのよ」 「あ、本当だ。ごめん、ティア。痛かったよな? ごめんな、ごめんなっ!」  姉の指摘と青く腫れ始めた妹の額に、レオナの顔がさっと青くなった。  慌てて謝罪する姉の姿にティアは胸を締め付けられる。ずっと身を委ねたくなる残酷で優しい夢は、在りし日を鮮烈に美しく再現していた。 「だ、大丈夫です。あとでカーラに回復魔法をかけてもらいますから……」 「……まったく、身体だけ無駄に立派に育って、かんじんの学習能力が育ってないじゃない。ティアが三歳の時だったわね。貴女が乱暴にティアを抱っこしたら、なぜか首の骨を折って殺しかけて。反省したと思ったら、一週間後にはティアにふざけて間接技をきめて、複雑骨折。スイカ割りの時はスイカとティアを間違えて、こん棒で思いっきりぶっ叩いて脳挫傷……。ねぇ、本当にワザとじゃないの? 今日までよく」 「う"っ、う"う"う"う"う"う"う"う"……」   あぁ、始まってしまった。  説教を始める長女と頭を抱えて唸る次女、末っ子であるティアの役割は上二人の不毛な無限ループを解除させることだ。 「あの、それで、アメリーお姉さまっ、わたしたちがここに集まったのは、もしかしてオルテ側でなにかあったのですか……?」  急な話題転換(わだいてんかん)だったが、その時、一番上の姉はためらうように顔を俯かせた。悲しむように目を伏せて、無理やり出した声のか細さを覚えている。 「母上が、この前、黒い血を吐いたわ。早くて三ヶ月後に、オルテは世界中へ王位継承の儀式を公布するでしょう。私は儀式に参加します」  500年も続く王位継承の儀式で、膨大なスキルと魔力を受け継ぐデメリット。  肉体が受け継いだ力に耐え切れず、限界を迎えた頃には黒い血が出る。  一番上の姉は二人の妹に配慮して、口から血を吐いたように言っているが、父と王家の回顧録を閲覧したことがあるティアは、姉が凄絶な光景を目の当たりにしたことを態度で察した。  膨大な力に耐え切れなくなった肉体は、体中のありとあらゆる穴から黒い血をまき散らして生きた抜け殻となる。吐き出された血は、まるで林檎を腐らせた甘い匂いがする、腐汁のような黒い血だと。  魔導王国オルテュギアーの王家は、元は純粋な人類種(じんるいしゅ)であったが、王位継承の儀式を導入してから多民族・多種族からなる混血国家となった。王族は様々な種族の血をとり入れたことにより、寿命がそこそこ延びたものの、王位継承の儀式で膨大な力を受け継いだ場合、寿命がおそろしいほど極端に減る。王位継承の儀式からその翌年に、再び王位継承の儀式をやるハメになったケースもある。 「私がダメだった場合、貴女たちが次の世代の【尊き青バラの血(ブルーローズブラッド)】を生むのよ。私達の代で絶やすわけにはいかないわ」  世界平和の為に、永遠に咲き続けないといけないバラ。  魔王が復活したとして、その青バラがなんの役に立つのだろう。  過去の出来事を思い出している、醒めた意識が姉に問いかける。  実際に訊けなかった質問を、それがどれだけ姉を傷つけるのか分かりきっている質問を。 「アメリーお姉さま、その青いバラは、ずっと咲き続けないといけないのですか?」 「……」  夢の中の姉は答えない。バイカラーの瞳を悲し気に妹へ向けるだけだ。秋の日差しが差し込む、あたたかなカフェテリアの中で、ティアたちの間だけ真冬の気温まで下がり、心なしか吐く息も白く見えている。 「ティア、レオナ、私は――」  姉が口を開きかけた、その時――。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「――っ、きゃあっ!」  背中に走る強い衝撃でティアは目が覚めた。  耳をつんざくブレーキ音とともに、車体が上下にバウンドして末姫(すえひめ)の小さな体が、シートからずるりと転がり落ちる。 「ティア様、大丈夫ですかっ!?」  前方からカーラの切羽詰まった声が聞こえた。痛みで目が覚めたティアは、よろよろと身体を起こして、なにが起こったのかを視認(しにん)する。  三列シートのワゴンで、ティアはどうやら後部座席に寝かされていたらしい。一番前の運転席にプルートス、隣にファウスト。二番目の座席にカーラと荷物が置かれている。 「姫様、伏せてください! 敵襲ですっ!!!」  叫ぶファウストの声が聞こえたと同時に、フロントガラスの向こう側で、血の飛沫のような火花が散った。 【つづく】
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