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第5話 巡り会いの街
恵美子の話を聞き終えた市郎は、
「なるほど……。最近よく聞く話だ」
と苦々しい表情で言い、コーヒーをすすった。加奈子も「つまらない迷信のせいで、かわいそうにねぇ……」と気の毒そうに恵美子を見つめている。
東吾は相変わらずのしかめっ面なので何を考えているか不明だが、いつも持ち歩いている小さな手帖を取り出して何やら書き記していた。
今は大正十三年(一九二四)の八月。ちょうど、十八年前の丙午年(明治三十九年)に生まれた女性が年頃の娘になっている時期だ。新聞記者の市郎は、「丙午生まれの少女が、縁談が破談になったことを嘆いて自殺した」というニュースをいくつも耳にしている。
「まったく……。どれだけ外面を西洋化しても、中身が江戸時代の人間のままじゃ、文明開化の意味がないぜ。こんなにも可愛らしい娘さんを嫁にもらいたくないだぁ? なんてもったいないことをする奴らだ」
「そやろ? そやろ? 世の中、理不尽やわ!」
自分語りをしている間にまたもや感情が昂ってきた恵美子は、方言丸出しで叫んだ。
「ようやく憧れの東京に来たと思ったのに、有り金を全部盗まれてしまうし……。本当に私は不幸な女や! うわぁぁぁん!」
「お、おいおい。そんなに泣くなって。人間、生きていたらいいことはいくらでも……」
「私はこれからどうしたらええのぉ~? 私の明日はどこなん? 神様に教えてもらいたいわぁ~! びえぇぇぇん!」
恵美子は、烈火のごとく再び泣き出した。これには市郎も参ってしまい、どう慰めたものかと困り顔になる。
ちなみに、恵美子が「神様に教えてもらいたいわぁ~!」とわめいている横で、望子は客からチップをまたもらって「ぐへへぇ~。銭や、銭や~」と怪しげに笑っていた。おい、呼んでるぞ、自称神様。
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