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『貧乏神』という翁
「ではまず『貧乏神』、貴様がどれだけ嫌われているか店主に聞かせてやれ」
相変わらずの不遜さで、『死神』は言い放つ。
味噌に夢中になっていた『貧乏神』は派手に咽た。
「それじゃあ駄目よ『死神』。自分で自分がどれだけ嫌われているかなんて、言えるわけが無いじゃない。ここは私達が、どれだけ『貧乏神』が嫌われ者かを、おじ様に教えてあげるべきじゃない?」
「ふむ、それも然り」
頷き合う『疱瘡神』と『死神』に、『貧乏神』は青白かった顔色を更に無くし、「ひえぇ」と悲鳴を上げた。
その様に、『疱瘡神』は楽しそうに袖を揺らす。
「人や店に取り憑いて、貧乏にしてしまうのがこの『貧乏神』よ。
彼に取り憑かれると、何もかもが上手く立ちいかなくなるの。
特に店に取り憑くと、その店の店主や、やり手の番頭に何がしか不幸が降りかかったり、取り引き先が支払いもせずに夜逃げしたり。
最近じゃ貴方、取り憑いた先を貰い火で財産丸ごと焼失させたんじゃなくて?」
「うむ、何とも非道な事よ。流石『貧乏神』、見事な嫌われ者の振舞い」
『死神』と『疱瘡神』が得意げに語るのを、身を縮こまらせていた『貧乏神』だったが、店主の視線に意を決したように顔を上げた。
「で、ですが店主、聞いてください。わたし、ただ不幸を呼ぶだけの神ではございません。先程、少しばかり申しましたが、恵みを与える事もできるのです」
『貧乏神』は空になった味噌の皿をべろりと舐めると、薄い胸を『死神』よろしく反らしてみせた。
「この前ちょいと顔を出しました京の都で、桔梗屋という染物屋に取り憑きましたらば、そこの店主が厚く祀って下さったのです。
わたし、そんな事をされたのが初めてで、嬉しくて、嬉しくて。
――『この恩賞忘れ難し、忽ちに繁盛さすべし』と、これより先人気が出るであろう染色を教えて差し上げました。これでも全国渡り歩いておりますので、流行の先はちょいとばかり解ります」
「でもそれ、貴方が店を去った後で繁盛したのよね」
反らした胸は『疱瘡神』の言葉でぐるんと丸まった。『死神』が更に追い打ちをかける。
「だいたい貴様はその在り方からして情けない。
襤褸を纏った骨皮筋衛門。住み込む先は取り憑いた家の押入れ。
味噌と見れば家も店も放り出してそちらに取り憑き、毎月性懲りも無く味噌ごと川に流される。いやはや…」
『貧乏神』はもごもごと口の中で何事か繰り返していたが、結局言葉にならず、更に体を丸め込んだ。
あまりに哀れな様に、店主が「味噌のお代わりは?」と新たに味噌の乗った小皿を差し出せば「頂きますっ!」と、『貧乏神』はあっさり身を起こした。
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