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 綾子は困惑していた。次会ったらとっ捕まえてやろうとは思っていたが、一日経たないでの再会は予想外だったからだ。  横断歩道の向こう側には、赤色に光る信号機、それに阻まれて立ち尽くす人々、そして、あの女。女は黒いハイヒールを身に着けて、じっとこちら側を見つめていた。  綾子はそれを見ると静かにほくそ笑んだ。ここまでされると、苛立ちを通り越して感心する。同時に綾子は、女に物申すのは止めてやろうと思った。この単調なストレス社会に生きる身としては、これくらいの余興はむしろ刺激的でありがたい。  さあ、来るなら来い。  信号が青になった。人々は一斉に横断歩道へと足を踏み入れ、目の前はあっという間に人混みで埋め尽くされた。綾子もそれに負けじと、彼らに紛れ込む。  二人は昨日のように、二・三メートルの距離までぐんぐん接近した。二人はお互い、決して目を合わせない。その視線は、全て足元に注がれていた。  先手を打ったのは女の方だった。女のハイヒールはそれとなく、綾子の右足の真上へと移動した。それに対して綾子は、浮かせた右足を少し左側に移動させ、歩行ルートを僅かに左に逸らす形で回避する。    綾子はひそかに勝利を確信した。ヒールでアスファルトを思い切り踏みつけたあと、静かに悔しがる女の顔が浮かぶ。  ところが、女はこれにも迅速に対応した。右足首を大きく捻ったのだ。まずいと思う間もなく、綾子の右足は女のつま先によって押さえつけられる。    まさか、ヒールの部分を使わないとは。恐らく女も、元々そのつもりでハイヒールを履いてきたのだろう。しかしそれを綾子に回避された。そこで女は咄嗟に最善手を打ったのだ。  綾子は衝撃を受けた。周囲の人々に怪しまれることなく、スムーズに作戦を実行し、不測の事態にも一瞬で最適な判断を下す。  普通の人間に、これほど無駄に神がかった芸当が出来るはずがない。あの足さばきは、人並以上の頭の良さと、磨かれた技術が為すものだ。  それこそまるで、今までいくつもの足を踏んできたかのような……。  気が付けば女は颯爽と綾子を通り過ぎ、何事もなかったかのように去っていった。綾子の中で、何かがめらめらと湧き立った。昨日のそれとは少し違う、苛立ち。  綾子は唇を噛み締め、横断歩道を渡り切る。そうして二人は、人混みの中へと消えていった。
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