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エピローグ
だが次の瞬間、予想外なことが起きた。左足が、正面から踏まれたのだ。綾子が驚いて顔を上げると、そこにはサラリーマンらしき中年男の顔があった。男は綾子の左足につまずいて少しよろめくと、分かりやすく舌打ちをし、駅の方向へと行ってしまった。
綾子は中年男が去っていった方を振り返った。ところが、女もこちらを振り返っていたらしく、ここで初めて、女と直接目が合った。
女は少し口角を上げて、意地悪な笑みを浮かべていた。そしてそれを見た綾子も、自然と怪しい笑顔を作っていた。
綾子はすぐに前を向いて歩き出した。きっと女も、もう歩き出しているだろう。綾子はあの一瞬で、女の気持ちが少し分かった気がした。それと同時に、心の中で何かがめらめらと燃え上がっていくのを感じた。
小太り、少しきつそうなスーツ、ダサいネクタイ、茶色い革靴。ターゲットの特徴は掴んでいる。
綾子は腹を立てていた。だが、いつものように機嫌が悪いわけではなかった。あの女もあの中年男も、明日の朝にはまた、しれっとした顔で人混みに紛れているはずだ。だから明日は、ハイヒールを履いてこよう。
綾子が日曜日以外の日を待ち遠しく思ったのは、久しぶりだった。
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