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闇夜
静まり返った夜の街。人っ子一人出歩かぬこの時刻。
周囲は暗く、昏く、町全体に覆い被さるような深い闇に包まれている。
――――丑三つ時である。
そんな静寂の中、狭く入り組んだ路地裏を着流し姿の男が悠々と歩いていた。
長髪を首元で束ね、脇には一本差し。身に纏う着物はところどころ破れ、どことなく貧相な出で立ちである。時代が時代であれば、粋な遊び人、もしくは外れた浪人か。誰が見たとて時代錯誤も甚だしいと言うだろう、そんな風貌の男であった。
しかし不思議なことに、そんな不自然な風貌でありながら――――この男はそれを感じさせない。自信に満ちた立ち振る舞いゆえだろうか、まるでそうあるのが当然であるかのような印象を与えられる。
草履の底を擦らせるようにして歩を進めながら、男は口元に薄く笑みを浮かべる。
「良い夜だ」
その顔は若干赤味を帯びていて、微かに酒気を漂わせていた。
紐でくくった小さな瓢箪型の酒入れを肩にかけ、男は堂々とした足取りで街を練り歩く。
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