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彼のことを愛しているかと問われると、そうではない。ただ夫では得ることのできない充足感を彼が与えてくれるのは疑いようがなかった。 二度目に会うとき私はあえて結婚指輪をはめていった。 彼の気持ちを確かめたかったというのもあったが、それ以上にやはり夫への罪悪感がそうさせたのだろう。 彼を騙すつもりもなかったし、既婚者だと知って離れて行くならそれでもよかった。 その場合、彼のことをよりいっそう気に入っていたかもしれないけれど、離れてくれるならそれきりなのだから。 彼は指輪をはめた私の手を優しく握って、キスをした。 遊びでもいいの? という私の無言の問いかけに、これが答えだ、とでもいうように。 それからは何度も会った。私から誘ったことは一度もなかったけれど、彼の誘いを断ることもまた一度もなかったような気がする。 夫が仕事に出かけるのを見送ったあと、今日会いたいな、と彼からのメッセージが届いた。 お昼頃に行くね、と返すと慌てて洗濯機を回した。掃除をして、洗濯物を干し終わる頃にはちょうど良い時間になっていた。 化粧をして、彼の家に向かう。電車で三十分程かけて降りた駅には彼が待っていてくれた。 「ありがとう」と礼を言うと、「近くまで迎えに行くのに」といつものように頬をふくらます。 「いいの、電車好きだから」 彼には自宅の場所を教えていない。家に来たいと言われるのが面倒だし、これくらいの距離感を保っていたかったからだ。 彼の家に着くと、玄関でどちらからともなくキスをする。 夕方までには帰らないといけないことを彼も知っているから。無駄な時間は使わない。 そのまま部屋に移動してベッドに倒れこむ。 「ねえ、俺の名前呼んで?」 彼は行為の最中もあまえた口調でせがむ。 「呼ばない」私はいつものように断る。 「俺の名前を呼ばないのは、帰れなくなるから?」 家に、という意味だろうか、それとも……。 私はその問い掛けには答えず、彼の身体にだけ応える。 終わると彼はいつも眠りにつく。その子供みたいな寝顔を見るのが好きだった。 彼の部屋の枕は高くて寝心地が悪いから、腕枕をしてもらいながら、彼の胸の中で私も目を瞑る。 「起きなくていいの?」 彼の声で自分が眠っていたことに気付いた。 「今、何時?」 「十七時半」 「うそっ」 急いで時計を見ると、十六時半を過ぎたところだった。 「うそだよ」彼はいたずらな表情を浮かべて、キスをする。 「もう、どうしてうそつくのよ」それに応えながら怒ったふりをした。 「焦った顔がかわいいから」彼の舌が粘ついた私の口内に侵入する。 「だめだよ。帰らないと」 「まだ大丈夫でしょ?」 彼の手が無防備な私の胸を掴んだ。 「だめだって。ご飯作らないといけないから。間に合わなかったら会えなくなっちゃうよ?」  私の言葉に彼の手がぴたりと止まる。 「それは嫌だ。早く帰って」彼は真面目な顔でそう言った。 「早く帰ってはないでしょ。ひどすぎるよ」私が笑うと、そういう意味じゃない、と彼はまた頬を膨らました。
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