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寺に女を住まわせるのはよいが、食い扶持≪ぶち≫が増えるということを弘観はすっかり忘れていた。その他にも一人で暮らしていたようには行かないだろうと考えた。
今のままではやっていけない。だからと言って、弔いが増える訳ではない。当たり前だが弘観が多く人を斬って、弔いが増えても懐に銭は入らない。
座禅を組んで懊悩≪おうのう≫を払おうとしたが、その必要はなくなった。
お邑≪くに≫と名乗ったその女は器量も気立てもよく、近所で評判になった。来客が無い日も多かった寺に、野次馬の男たちが来るようになった。
動く不動様とまで言われていた弘観は、今では陰で色坊主なんて呼ばれている。
男だけでなく、女にもお邑の評判はよかった。軽い医術の覚えがあるようで、長屋を出入りして病人の手当をして、僅かながら銭をもらっていた。銭のないものにも手当をしてやり、代わりに米や野菜をもらって帰った。
弘観と自分の三食の精進料理をきっちりと作る。袈裟が破れれば繕うといった具合で、弘観はただ坊主としての仕事をこなすだけでよかった。
やることが減って暇を持て余すのじゃないかと、また別の心配ができたがそれさえも杞憂に終わった。
弘観とお邑の話は巷≪ちまた≫の噂となって、弔いの依頼が増えたのだ。
「一人口は食えぬが二人口は食える」とはよく言ったものだ。福の神がこの寺に舞い込んだのかと弘観は思った。
しかしお邑の口から出る言葉は「あなたをお恨み申し上げます」と決まっている。
気にならなかったその言葉が、月日を重ねる度に弘観の胸を突き刺した。お邑の美しくほほえむ顔から、そんな憎しみの言葉が吐き出されていることが信じらないのだ。
斬り殺してきた人の魂がお邑の身体を借りて、弘観に呪詛≪じゅそ≫をかけているのではないか。
「斬り合う方が楽なんじゃなくて?」
あの言葉が蘇ってくる。ひと思いに弘観が斬られて死んでしまう方が、このまま呪われ続けるよりも楽なのではないか。
差し向かいでお邑の作った料理を食べる。恨みを抱えている者が作ったとは思えないほどに美味い。毒が入っていようと食べる覚悟の弘観は、お邑の作る料理を食べるのが辛くなっていた。
「……なぜ私のことを恨むのだ。恨みながら、なぜ私の世話をする。寝首を掻けば良いだけの話だ」
「そんなことをしたところで栓のないことでしょう? あなたを恨むことがあたしのやることであって、殺すことではないもの。それともなに? あたしといるのが辛くなった?」
「そうではない」
考える前に言っていた。本当のことだからだった。
呪いをかけられるのは辛いが、お邑のことを疎ましく思ったことはなかった。
お邑はまた妖艶に笑う。
「大丈夫よ。あたしはどこにも行きやしない。お前さんと同じで、どこにも行くあてなんてありゃしないんだからね。死ぬまであたしはお前さんを恨み続けるよ。だから、先に死ぬのは許さないよ。ちゃんとあたしの弔いをしてから死ぬんだよ。わかった?」
頷くことはできなかった。人はいつ死ぬかわからないのだ。弘観は数え切れない人の仇となっている。いつかは殺されるだろうから、長生きはできない。
誰が弘観を殺すのだろうか。自分が斬られる姿を思い浮かべることは、弘観にはできなかった。
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