隣の絵描きは憎い

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 絵を描くことは好きだったけれど、本気で絵を描いてみんなに見せようとか、そういうことは考えられなかった。そういう空気じゃなかったから。「あなたの好きな道」をテーマに絵を描きましょう。そう美術の授業で言われて最初に思い浮かんだのは、近所の川沿いで、夕日がきれいに反射して見える道だったけど、なんだか「ガチ」だと思われそうで、無難に学校の正門から校舎に向かう道を選んだ。授業で習った技法をきちんと使って、色づくりに人よりも長い時間をかけて完成した絵はきれいにまとまっていて、先生の勧めでコンクールに応募することになった。  その後とくに大きなニュースもなく夏休みに入って、俺は17歳の夏を満喫するべく部活で汗をかき、彼女と夏祭りに出かけた。夏休みも後半に差し掛かろうかというころ、数学のプリントを一枚教室に忘れていたことに気づいて、部活の休憩時間に取りに行くと、途中にある美術室が目に入った。  そこで絵を描いているのがクラスメイトだと気づくには、少し時間がかかった。クラスのノリに置いてかれて寝たふりをする男子と、真剣な表情でキャンバスに向き合う絵描きは、とても同一人物とは思えなかった。同じクラスなのになぜ今まで知らなかったのか。こんなに本気で絵を描いているのに。  一筆ごとに命を吹き込まれるその絵は、素人からすればただただ暗くて、わかりにくいものだったけど、それだけ自分の好きなように描いていることが伝わってきた。それは、とてもうらやましいことだと思った。
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