7人が本棚に入れています
本棚に追加
住民税減税のお知らせ
某年三月--。
金曜日の夜はツラい。一週間分の仕事の疲れが溜まり、くたくたになりながら夕飯が終わった後の食器を洗っていると、子供達を寝かしつけた夫がリビング・ダイニングへ戻ってきた。
「おい、これ見てみろよ」
と見ていたスマホの画面を見せてくれる。
それは市のHPだった。
『住民税減税のお知らせ』という見出しに、洗う手を止め、スマホを受け取る。
そこにはこう書かれていた。
『あなたがパートナーを嫌いな理由を1000文字程度書いて投書して下さい。市のHP掲載のフォーマットからでも受け付けます。厳選なる審査の上、対象者については、住民税を減税致します』
「……で、締め切りは……来週の月曜日!? なんなの、コレ!」
子供達が眠っているというのに思わず大きな声を上げてしまう。
しーっ、と夫に窘められ、口元を両手で被う。隣の和室に耳をそばだてると、聴こえてきたのはかすかな寝息。どうやらぐっすりと眠っているようだ。
ダイニングテーブルにお茶を持っていくと、ありがとうと受け取りながら、夫は私のいる対面キッチンの方を向いて座った。
「でもさぁ、住民税減税だぜ? 魅力的だよなぁ……」
「……って、あなたは書く気なの!?」
「おまえは書かないの? 減税されるのに?」
「……減税は魅力だけど……内容が……」
『パートナーを嫌いな理由』を書けと言われて急に書けるものでもない。ましてやそれを書いたことにより今後の家族の生活に影響が出るのではないかと思うと、書くのも躊躇われる。
「私は……ちょっと考えてからにするよ」
「そっか……。まぁ、一応知らせただけだから」
何か腑に落ちないものを感じながら、食器洗いを再開する。
夫はきっと書くつもりなのだろう。減税の為に。私を嫌いな理由を。
春先の水はまだ冷たい。すっかり冷えてしまった指先よりも少しだけ、心が冷たく固まるのを感じた。
最初のコメントを投稿しよう!