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こーちゃんの心揺れるもの
「こーちゃんてさ、人好きよネ」
とある日の夜、何故かちらし寿司が食いたいと言って夕飯を作りに来た凌太は、今現在我が家のソファにごろりと長い手足を投げ出してTVを見ている。
彼曰く、一人じゃ美味しくないからという理由でわざわざ他人の家に寿司を作りに来たらしかった。
「……は?」
が、唐突に何か妄想をはじめやがったらしい。
俺はキッチンで二人分の食器を食洗機に放り込みながら、遠巻きにTVをBGMにしてコーヒーが出来上がるのを待っていた。
「何、お前眠いの?」
「違うよぉー。俺、今すげーいいこと言った!」
「……風呂湧いてっから」
ソファの背に肘を掛けてこちらを向いたコイツは、少しむくれた声でドヤァと効果音がついていそうに満面の笑みを携えていた。
いや、意味がわかんねぇから……。
「あー!俺眠くないってば!きーてって!」
「いや聞いてっから。お前の寝言に律儀に返事してる俺すげぇ優しいから」
「寝言じゃねーけどありがと!こーちゃんきっと菩薩になれんよ!」
「お前……菩薩とかわかんのな」
「んっとねぇ、パァーとしてる大仏!」
「仏像な?」
「そうそれ!サイズ間違えちった。えへへ」
間違えてるのはサイズの問題ではないと思うのだが……などというコイツと話していると際限なく湧いてくるツッコミ所は適度に、というか俺が付き合い飽きてきた頃合いでやめることにしている。
「で?」
「ん?菩薩?」
「ちげぇわ」
誰が菩薩の説明しろっつったよ。んなもんググればわかるし知りたいとも思ってねぇよ……。
思考回路がだんだんコイツにつられて意味のわからない回転をし始め、俺は頭を振って現実に戻って来る。
とはいえ、戻って来た先はコイツの不思議言語と向き合うという意味のわからない現実なんだけども。
「へへ。あんね、こーちゃんいっつも人混みとか人とお話しすんのとか、疲れるぅーやだぁーきらぁーいって言うでしょ?」
「いやお前に俺ってどう映ってんだよ。こえぇわ」
「言い方はいいのー。んでもこーちゃんは可愛いーく俺の目には映ってんよ!にゃははー」
くだらない問答をしてる間に出来上がったコーヒーを持ってソファへと座ると、両手を広げて真っ直ぐにこちらを見るコイツの攻撃を食らう。
「で、それが?事実嫌いだしな」
大型犬の好き好きダイブの手をとり、両手にしっかりとマグカップを握らせることで丁重にお断りを入れてやる。
「んっとねぇ、こーちゃんは人が好きだから嫌いなんだなぁーって」
「おい迷子、とっとと戻って来い」
「んにゃぁっ!んーっとねぇ……あちっ」
大人しくコーヒーを受け取るこの犬っころは、異議を申し立てる鳴き声をあげて、そして舌を盛大に火傷しているらしかった。
赤い舌をピッと出している様は、舌をしまい忘れた犬猫のようで……アホ可愛いって思ってしまうのは飼い主の親バカ思考なんだろうか。
「お前のその見切り発車なんなの……脳みそ経由しろちゃんと」
「へへ、ハートとお口直通でぇーす!」
「急行は当駅には停車いたしません。黄色い線の内側に下がってお待ちしておりまーす」
「んー…考えて喋ってんだけどなぁ……こーちゃんだと緩むっつーか。んむぅー」
俺はご丁寧にお待ちしてやっているので、コイツの思考が山の手よろしく内回りを一周して当駅に戻ってくるまでの時間を有効に活用して、お気に入りのコーヒーを堪能することにした。
今日はカフェオレ用のディープローストだ。
ミルクに負けない香り高さ、スッキリとした後味がミルクの風味を引き立てる……うん、我ながら今日のコーヒーも美味い。
「んっと、んっとぉー……。んにゃにゃっ」
がしがしと髪を掻いて畝るコイツは見ていて面白いので、さして待つのも悪くはない。
学生とはいえ、成人男子が何故(なにゆえ)にゃあにゃあと鳴いているのか彼の遍歴は気になるところではあるのだが、あまりにもナチュラルにそうしている彼にそれは愚問なのだろう。
きっと彼自身、ナチュラルに鳴いているのだろうから。
「えっっとね!」
お、来た。
「んと、こーちゃんはぁ」
ようやく一周してきたらしい。まぁ、今回はそう遅くなかったんじゃないか?と、勝手に脳内で採点してやりながら、先の言葉を待つ。
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