熱情と輝き

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 父さんが彫刻を生業(なりわい)にしていたので、家には仕事場になるアトリエがあった。一階の西側、家の中で一番大きな部屋で、天井まで届く窓があり、床は分厚い板張りになっていた。壁は全面が棚になっていて、父さんの作品や制作に使ういろんな道具や材料が並んでいた。  板張りの床は歩いても寝転んでも心地よく、そして置いてあるいろんな道具がとても珍しかったので、あたしと姉さんは幼い頃から多くの時間をアトリエで過ごしてきた。父さんはアトリエで仕事をする時に、あたしたちが隅で遊んでいても気にする素振りは無かった。あたしと姉さんは、アトリエにあった粘土で動物やお料理を作ったり、木の棒にまかれた麻糸をほどいて綾取りをしたりもしたけど、一番のお気に入りは棚にたくさんあった大きな画用紙に、鉛筆のような黒い棒で絵を描くことだった。  順番にモデルになって、あたしは姉さんを描き、姉さんはあたしを描いた。描いた絵を父さんのところへ持っていくと、父さんは目を細めて、上手に描けたねと褒めてくれた。それがとてもうれしくて、あたしと姉さんのお絵描きはずっと続いていった。  学校に行くようになっても、あたしたちのアトリエでのお絵描きは続いた。毎日描き続けたおかげなのか、あたしも姉さんも図工や美術の出来はよくて、一番上の成績以外をもらったことは無かった。  だけど、中学に上がった頃からあたしは口惜しい思いをするようになった。どれだけ一所懸命に描いても、姉さんの絵に(かな)わなくなってきたからだった。  姉さんが、ためらいなくすらりと描いた曲線はその瞬間、立体の一部を形づくり、紙から浮き上がって見えた。平面のはずの画面に奥行きが生まれ、画像は生命力を発散し始める。そんな線が描きたくて、あたしは対象をとことん見つめ、正しいと見極めた線を丁寧に引いた。でもそうして描いた線は画面にとどまったままで、立体的に見えたりはしなかった。父さんはあたしの絵も褒めてくれたけど、あたしは少しずつ自信を無くしていった。  それでも、あたしは絵を描くことが好きだった。一日中絵を描き続けても飽きることは無かった。そして、絵を一生の仕事にしたいと思った。だから、あたしは姉さんと同じ美大に進学し、絵を描き続けた。同じクラスの人たちの描く絵には負けていないと思う。でも、姉さんの絵と比べると……。  そんなある日、黒田画廊の慎一さんがあたしたち二人の元へ訪れて来た。
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