第2話 5月、スパイスの夜とカレーの中村

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 ちょうどビールを口に含んだところだった僕はブハァっと吹き出した。せっかくのサモサにビール味が加わってしまった。 「アァ、もったいない。ごめん。中村、こっち側食べていいよ」  中村はサモサに見向きもせずに続ける。 「俺ずっと、じいちゃんみたいに料理の仕事をやるのが夢なんだけどさ、どうしてもお前の家で食べたカレーが俺の中のベースになってるんだよ。だから、お前とカレー屋やりたいんだけど、どう?」 「いや・・・。どうって・・・」  小学生だったあの日、うちでカレーを食べさせてくれと訴えてきたときと同じ表情を中村はしていた。確かに僕もスパイス料理は好きだし、小さい頃に母さんに教えてもらった程度のカレーは自分で作ることもできる。だからと言って・・・。 「バイトとかでいい?」 「お前が一緒に作ってくれるなら」 「いやいや・・いきなり人に出すのとかってさすがにハードル高すぎるだろ?店のランニングコストとかだってとんでもないだろうし」  中村がにんまりと笑った。 「いやいや、俺だって最初からいきなり自分の店を持とうとは考えてないよ」 「そうなの?誰かの店の手伝いとか?」  それなら少しハードルがさがりそうだ。 「これだよこれ」  そう言って中村がガサゴソと鞄の中からチラシを取り出した。 「なんだよこれ。間借りカレー?」  写真映えのする色鮮やかなアチャールが添えられたカレーとお店の情報が載っている。 「そ。俺の友達がやっている店で定期的に間借りイベントを開催してるんだよ。このチラシに載っているチームが今月で解散するらしくてさ。とりあえず、試しに1回だけトライしてみるのはどうだい?」  店の熱気を逃がすために店員さんが窓を開けた。  涼やかな夜風がするりと窓から流れ込み、僕の火照った頬をなでた。なぜだか公園で出会った白い猫を思い出した。白いしっぽを振ってにゃーと鳴いていた。あの時の心をなでるような柔らかさがよみがえり、頭がふっと軽くなった瞬間に言葉が口をついた。 「試すだけなら」  よっしゃぁー、と両手を上げてガッツポーズをした中村の底抜けに明るい笑顔はこの前の公園で浴びた朝の光のように爽やかだった。
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