第1話 5月の朝のモラトリアム

2/8
前へ
/206ページ
次へ
 ちょうど1ヶ月前に僕は会社をやめた。  仕事は結構充実していたし、決して嫌いではなかった。だけど、クライアント先から戻って来る途中の3月の木曜日の昼下がりだった。  その日は暖かくて、初夏を思わせるような爽やかな優しい風が僕の脇を通り過ぎて行った。風の軌跡をたどるように僕は思わず振り向いた。そこには僕と同じようにスーツをきた大人たちがたくさんいて、皆各自の目的を持ってしっかりと前を向いて進んでいるように見えた。  もう一度優しい風が僕の脇を通り抜けて行った。僕はその日上司に会社を辞める旨を伝えた。今の仕事に対して、なんの目的も僕は持っていないのだとわかったからだ。なんの目的も持たずに漠然と仕事をしていることがふと怖くなった。  何よりも、僕が目的もなく漂うようにして過ごしていることを、彼女に見透かされていたんじゃないかと怖くなった。  
/206ページ

最初のコメントを投稿しよう!

340人が本棚に入れています
本棚に追加