340人が本棚に入れています
本棚に追加
僕がとても小さかった頃はこうして母さんと歩いたのだろうかと、ちっとも記憶に残っていないのに、なんだか勝手に懐かしさを覚える。今までそんなことを考えようとしなかったのに、不思議と記憶は自分の一番深いところに戻っていく。
僕の記憶の一番古い場所に居座る母さんは、父の実家の弁当屋を手伝って大きな鍋と格闘するように料理をしている姿だ。味噌汁、サバ味噌、唐揚げ、そんな誰もがふと食べたくなるメニュー。そして、金曜日だけのスペシャルカレー。好みで選べるスープ付き。
カレーを作っている姿は小さな僕から見たら魔法使いのようだった。良い意味で。黄色、赤、不思議な種・・・それらをパラパラと魔法をかけるように鍋に入れていく。それだけでカレーができるなんて、母さんにしかできなかった。魔法のような色とりどりが魅惑的すぎて、僕はいつの間にかカレーの作り方だけはすっかり覚えてしまった。
そして、母さんのことを考えると美味しそうにカレーを食べる彼女の姿が浮かんでくる。彼女の笑顔を懐かしんでいたら、今度は僕のカレーを食べたもう一人の懐かしい人物の顔が頭の中をよぎった。
なんで今出てくるんだよ、僕が勝手に思い出したくせに、頭の中の彼に文句を言う。彼の底抜けに明るい笑顔が少し懐かしくて、連絡を取ってみようかと思った。もう何年も会っていない彼も彼女のように明確な目的を持っていた。
彼女たちは未来に対して明確な目的を持っていて、僕の入る隙間は1mmもなかったのかもしれない。ごめんね、と言いながら僕を通り越えてずっと先を見ていた彼女のまっすぐな笑顔。
今まで感じたことのない焦燥感をその時覚えた。
最初のコメントを投稿しよう!